5頁目 「アイリス城壁都市」
日は登り、時間は昼頃に入ろうとしていた。
〈ウルスリ〉との戦闘からしばらく、木々の向こうにアイリス城壁都市の城壁の上部が段々と見えてきた。
道も芝の道から舗装された道へと変わっていく。
「もう少しでアイリス城壁都市ですね」
そう歩き続ける二人の目の前に一軒の建物が見えてきた。
城門が閉まる時間に間に合わず、城壁の外に取り残された人がそこで一夜を過ごす“セーフハウス”と呼ばれるものだ。
窓に結露が発生していて中は見えない。
「変だな...」
そこでスフイドが口を開いた。
「何がですか?」
「結露は室内の空気が外から冷やされて、水蒸気が窓につく事を言うんだ。こんな春に起こるなんて滅多にない。しかも今の時間は昼頃になろうとしている。本来ならとっくに蒸発しているハズだろ?」
確かに、とフェルトは思う。
もし誰かがセーフハウスを使用して無くても断熱性はある程度保たれ中は暖かいハズだ。だとすると...
「外の気温が下がっている...のかな…?」
実際、朝に比べたら少し肌寒く、心なしか空気も澄んで思える。
「...とりあえず、アイリスの中に入りましょう?」
「あぁ...」
スフイドは立ち去りがたく返事をした。
何か思う節があるのか…?
二人はそのまま歩を進め、城壁都市へと向かう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
アイリス城壁都市
中央病院のとある一室にて
一人の青年が病室の外を見ていた。
その青年はかつてソレイユエレメントの兵士だった。しかしパーティングソウルとの戦闘で身体と精神を損傷し、傷痍軍人としアイリス城壁都市に運ばれてきた。
今はもう、闘うことはできない。
青年は毎日窓の外を眺め、食事を口に運ぶだけの日々を過ごしていた。
そして今日も、流れる雲を見つめるだけの1日を過ごすつもりだった。
だが、その時
彼の身体に戦慄が走った。
青年はその感覚に覚えがあった。
青年は発狂し、ベッドで暴れ始める。
医者がそれに気がつき、駆けつけて取り押さえるが彼は抵抗し続けた。
そんな中、青年の手はただ窓の外を指していたがその意味が医者に伝わるはずがなかった。
もし青年が、言葉を伝える術を持っていたらこう言っていただろう。
『あいつだ』と。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「っ...!」
「これは...」
二人は言葉を失った。
アイリス城壁都市城門。
本来なら衛兵が出入り口に立ち、持ち物検査をした後に壁内へ通す仕組みになっているのだが、その肝心の衛兵は居なかった。
不思議に思い、恐る恐る壁内へ入ると広がっていたのは
「何なんですかこれは...!?」
それは文字通り、凍り付いた街並みだった。
家の壁や窓には大量の霜が貼り付いており、誰かが落としたのだろうか、地面に転がる水筒から出た水は、石畳に薄い氷を張っていた。
城壁の外に居た時はあまり寒さを感じなかったが中に入った途端急激に気温が低下したみたいだ。
フェルトは思わず二の腕をさそう。
「大丈夫か?フェルト」
スフイドが兵団のマントを取り出し、被せてくれた。
「ありがとう、ございます...」
流石兵団の備品というべきか、断熱性が保たれ幾分か寒さがマシになった気がする。
改めて周りを見渡し
「ところでスフイドさん...これって...」
「あぁ…俺も過去にこんな状況に遭遇した事がある。これはおそらく...」
その時
「キャァァアアアア!」と女性の悲鳴が聞こえた。
「...っ!話は後だ!とりあえず行くぞ!」
「は、はい!」
声のする方向へ駆け出す。
二人は凍った家々の間を走り抜ける。
スフイドはフェルトにマントを貸したため鋼の鎧身一つという格好だ。
思わず、寒くないんだろうか、と考える。
「居た!あそこだ!」
スフイドの叫び声で我に返り、指をさす先を見るとそこには複数の〈ヴォルグ〉に襲われている一人の女性がいた。
スフイドは荷物を投げ捨て、鞘から両手剣を抜くと、女性に噛みつこうと大きく牙を見せているヴォルグに垂直斬り。
ヴォルグ達の注意がスフイドに向いているうちにフェルトは女性を避難させ自分も剣を抜いた
「グアアアアアアッ!!」
スフイドに飛びかかる〈ヴォルグ〉に精霊剣術式によって刀身を紅く染めた両手剣が襲いかかる。
袈裟斬りをした後右に払い、さらに刃を叩きつける。
殴打されふっ飛んだ〈ヴォルグ〉に変わり、新たな一匹が襲いかかるがスフイドの精霊剣術式はまだ終わっていない。
剣を少し引き、最後の攻撃を腹に突き刺すと同時に、殴打によって吹き飛んだヴォルグと共に脱力し、灰になった。
なんと四連撃だ。
先程のウルスリとの戦闘にも使った技、あの時に教えてもらった名前はたしか《バグラー・バン》だったはずだ。
フェルトも負け時と、女性を守りながら獣に《エザラント》を叩き込む。
前にフェルトが戦闘した時のように次々と入れ替わるヴォルグ達を二人は一匹ずつ確実に斬り刻んで行く。
「下がって!」
そう叫び両手剣を左に構えると刀身に緑の光が宿る。両手剣のリーチを生かし、そのまま大きく右へ薙ぎ払うと手首を返し左へもう一打叩き込む。
精霊剣術式二連撃技、《ウインドミル》。
身体を分断された獣達はその姿を灰へと変えた。
周りの安全を確認し、フェルトは剣を収めながら
「大丈夫ですか?」
「どうも助かりました...ありがとうございます」
「いえ、お礼ならスフイドさんに言ってください...私はなにも...」
女性が深々と頭を下げるのをスフイドは手で制し
「他の人たちは?どうしてあなたはこんな所に?」
「他の人たちは中央病院に...衛兵さんが早く避難しろって言って...一緒に避難してたら転けてしまって、その時に足を怪我しました...」
女性は冷たい地面に座りながら真っ赤になった右足首を見せた。
「おそらく捻挫だと思うけど、それ以外の可能性もかるかもしれない。とりあえず中央病院に向かおう。フェルト、精霊術式は出来るか?」
私はうなづき、失礼します、と断りを入れて女性の足に掌を近づける。
精霊剣術式は技ごとの最初の構えとその軌道をイメージ-想像-する事によって精霊が剣に力を宿わせる。
精霊術式も同じようなもので発動の際には強い想像力が要となる。
《ファーストエイド》によって腫れを引かせたフェルトは念のため女性の体調を確認し、顔を上げた。
「中央病院ですよね?」
「ああ、すぐに行こう。着いてこれるか?」
女性は立ち上がり「なんとか...」と処置を受けた足の調子を確かめながら答える。
「よし、行くぞ。何か異変があったらすぐに言ってください。フェルトはその人の後ろについてあげて。」
フェルトはいつでも剣を抜けるようにしながら、共に目的地へと向けて凍った街を移動する。
「そういえばスフイドさん、さっきこの状況に心当たりがあるって言ってましたよね?これは一体、何が原因なんですか?」
スフイドは移動しながら、こちらを真っ直ぐ見て言った。
「パーティングソウルだ。」
その瞳には不安と焦りが混じっていた。