1頁目 「日記」
「天暦658年 4月15日
こんにちは。
今日から新しい日記をつける事にしました。
これが記念すべき1ページ目です。
日記は毎日書く予定だけど、ときどき書けない日もあるかも。頑張って毎日書けるようにするね。
そうだ、せっかくだしあなたに名前をつけよう!
そうだね...あなたの名前は...『メアリー』
表紙に書いてある「メモリー」から取ったの。
素敵な名前でしょ?
それじゃあ、今日は遅いからもう寝るね。
また今度。
おやすみ。」
朝方混んでいた客は時間が経つごとにだんだんと引いていき、昼に差し掛かる頃にはその道具屋の店内には数名しか残っていなかった。
「ありがとうございました!」
と最後の客へと頭を下げた後、桜色の肩までおろしている髪を右で一つにまとめ、まだ少女を思わせる幼い顔に小ぶりの鼻筋、そして大きな灰色の瞳を持つ彼女は顔を上げた。
彼女の名はフェルト。
この『ミスト道具店』の看板娘だ。
店主は現在留守中である。
そして、フェルトは誰もいない店内で大きく伸びをした。
先程、外から鐘が鳴ったので時間は12時を過ぎた頃だろう。
本来ならこのまま昼食をとり午後の商売のため商品を補充したりする所だが、フェルトは入り口に掛かっているプレートを「Close」へとひっくり返し、そのまま店じまいを始めた。
この後隣街の病院へ友人のお見舞いに行く予定があるのだ。
自室に戻りタンスからバックパックを取り出し、準備を始める。
ちょっとした食料に着替え、貴重品、そして剣。
他に必要な物をバックパックやポーチに積め剣を腰にさした後、店の戸締りを確認しフェルトは表へと出た。
フェルトが住処を構える「スリジエ城壁都市」のやかましい空気が彼女を包む。
お祭りをやっているらしく、楽器を演奏する音が聞こえる。露店も多く出ていた。
フェルトはそのまま城壁都市の城門へ向かおうとしたが、風に運ばれた露店の料理の匂いが鼻腔をくすぐり、思わずお腹がくぅ、と間抜けな音を立てる。
「…何か食べようかしら」
宝石に陶器、串焼きなどそれぞれ異なる顔を持つ露店をめぐり、やがてフェルトは野菜や鳥肉を小麦粉の生地で包んだ「串巻き」というものを購入した。
生地がもちもちしており、酸味が効いたソースがとても美味しい。
昼食がてら、それを頬張りながら歩いていると、彼女の目に幼い男の子が蹲っている姿が飛び込んできた。
「こんにちは」
昼間からこんな大通りで男の子を一人、放っておく訳にはいかない。
膝をつき、男の子と同じ目線の高さにするとフェルトは話しかけた。
「私の名前はフェルト。君、蹲ってどうしたの?」
「うん…さっきね、ここで、ころんだの…」
男の子は涙を堪え目が真っ赤になった顔を上げ、両手で抑えていた膝をこちらに見せてくれた。
皮膚が広く削れ、赤い鮮血がそこからじんわりと出ていた。
「ありゃー…これは痛かったねぇ…でもよく泣かなかったね。えらいえらい!」
頭を撫でてあげると、男の子はえへへと、頬を緩ませた。
私は「すぐ治してあげるからね」と、手を男の子の膝に近づけた。
掌を向け精霊術式によって修復する部位を指定…
そして傷口が塞がる光景をイメージをしながら祈りを込める。
私の手と男の子の膝を、柔らかい光が包み込む。
光が収まった瞬間には、男の子の怪我は綺麗さっぱりなくなっていた。
精霊術式を学ぶ上で初めに教わる術式、〈ファーストエイド〉だ。
「わぁ…!ありがとうおねぇちゃん!」
男の子は元気に立ち上がると、お礼を言って走り出した。
「今度は転ばないように気をつけるんだよ!」
男の子の後ろ姿にそう叫ぶと、城壁都市の城門に向かうため彼女は再び歩き始めた。
風が吹き桜の花弁が宙を舞う。
暖かい空気を感じる彼女の腰でその剣はずっと揺れていた。