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走るメタファー(2)


『どこの企業のものかは知らないが、あなたの搭乗しているそれは、道路交通法で認可の下りていない明らかな違反車両です』

 国道線。合計七車線の幅広いこの幹線道路は今、厳重な交通規制がかけられていた。原因は他でもない。アスファルト舗装された車道の上に、突如として降り立った灰色の巨大な人型ロボット。直立するそれを取り囲むように、機動隊と思しき十数台の警備車両と、多くの隊員がにらみを利かせて対峙している。

『直ちにその車体から降りてきて身分証明書の提示を――、』

 無機質な駆動音。凝集された粒子の銃弾が放たれる。刹那、爆発。拡声器を片手に声を張り上げる隊員の、傍らに留めていた無人の警備車両が一瞬にして蒸発する。巻き起こる悲鳴と怒号。爆風で吹き飛ばされた隊員が地面に叩きつけられた。彼の名前を叫びながら駆け寄る同僚。幸いまだ息はあるようだ。

 激情と恐怖が場をはしり交う。

「周辺住民の避難と誘導を最優先しろっ!」

「本部に連絡。至急応援の要請と発砲の許可を」

「信じられん……! あの右腕に抱えた大きな銃器、実弾、いや、本物の武器なのか」

「悪夢だ。あんな冗談みたいな機械が、日本の国内で戦争を始めるなど」

「発砲許可が下りた、総員構え」

 数十丁に及ぶハンドガンとライフルの黒光りした銃口がロボットに向けられ、照準を合わせる――――「撃て!」という号令の直後、一斉に発砲。怒涛どとうなる実弾の嵐は、しかしロボットの装甲に弾き返されて甲高い金属音を響かせるだけであった。ロボットの右脚がゆっくりと持ち上がる。バリケートとなっていた警備車両を踏み潰して、巨大な機人が前進を開始した。

「後退、後退だ!」

 ロボットが、再び右手に握る巨大な銃身を下方へ構えた次の瞬間、上空より新たな機影が路面に旋風を吹きつけながら飛来する。


 前方一〇〇メートルの距離に存在する機体を【DGI―024】〈ミシア〉のカスタム機と断定。戦闘システム及び全兵装、アクティブモードを維持。

「試作のエネルギーライフルを携行したチューン機か」

 ユイは外部スピーカーをONにした。さらにもう一体のロボットが出現したことで、大きなどよめきと動揺が広がっている機動隊に向かって声を張り上げる。

「周辺に集まっている保安部の皆さんは一刻も早くここから退避して下さい」

 突然〈ジールヴェン〉から発せられたユイの声に、不審感をあらわにする機動隊の面々。指向性マイクが彼らの声を拾う。

『女性の声? しかもずいぶんと若い』

『保安部って俺たちのことか?』

「これから目前の機体を制圧します。あなたたちがいるとはっきり言って足手まといです。邪魔です」

『な――』

『我々からみればお前も充分警戒対象だ!』

「そんな貧弱な対人武装でいったい何が出来るんですかっ? ここは私に任せてとっとと一般市民の安全確保と警護に向かってください!」

『ぬぅ』という唸り声。〈ジールヴェン〉を警戒しながら機体の足元を横切ってじりじりと後方に下がる警備車両と機動隊員。一時撤退の構えだろう。コックピットのレーダーに映る生体反応がまばらに散っていく。と、ここでレーダーを映したディスプレイにノイズが走る。

「敵のジャミング。至近距離限定だろうけど、かなりレベルの高い電子戦装備ね。こちらが取れる戦術は……」

〈ジールヴェン〉が搭載する動力部は準永久機関である。供給される出力は無尽蔵だがコンデンサー容量に限界がある為、エネルギーの大幅な連続使用は機体と火器の稼働時間に如何ともし難い制限をかけてしまう。反面、以前の戦闘においてパワーダウンした武装は、動力炉直結のエネルギー兵器に限り補給なしでの自動充填を可能にしている。現在使用可能な兵装は、右腕可変式のビームランチャーと、マニピュレーター携行型のプラズマソード、両肩部展開型の防御フィールドのみ。

「あいつには訊きたいことが山ほどある。パイロットを殺さずに機体を無力化、それも、周囲に気を配って市街地への被害を最小限に抑えながら」

 操縦桿のグリップを握り直す。

「ウォーミングアップにしては少しきつめかな……でも、私と〈ジールヴェン〉ならやれる!」

 自分の駆る〈ジールヴェン〉が着陸してから数分、ことの成り行きを静観していた〈ミシア〉がついに動きを見せる。右手に握る大型のエネルギーライフルをこちらに向け、その砲身を左手で支える――命中補正を重視した発砲態勢。〈ジールヴェン〉に対処行動を入力、フィールドジェネレーターが起動した。大きく盛り上がった両肩部を外側にスライドして放熱機構が出現、琥珀色の微粒子を散布する。

〈ミシア〉のライフルからエネルギー弾が一条を描いて発射された。〈ジールヴェン〉の放つ微粒子の膜が急激に濃度を上げて機体前面に安定還流し、防御力場を展開する。力場に干渉したライフルのエネルギー弾が霧散、原子レベルに分解されて消滅した。

 ライフルを連射しながら前進する敵機。横目でサブモニターを確認。そこには現在の機体周囲の熱量と、防御フィールドが耐えうる熱量の限界値が表示されていた。前者の数値が上昇し、後者の数値を肉迫する。〈ミシア〉が放つエネルギー弾の連続砲火にフィールドが耐え続けている証拠である。回避運動を取って砲撃をかわすことは可能だが、それでは市街地の建造物に被害が及ぶ。

「まずはあのライフルを黙らせる」

〈ジールヴェン〉の腰部両側面の上端には、左右のマニピュレーターが携行する二種の武器にそれぞれ対応したハードポイントが存在する。左のハードポイントにマウントしていたプラズマソードを、左マニピュレーターで保持して引き抜く。刃渡り七メートルに達する電流刀を形成。先の戦闘で発振装置の一部が欠損した為に放電が減衰しているが、この状態で手段は選べない。メインスラスターを出力。フィールドを展開しながら〈ジールヴェン〉が〈ミシア〉に向かって突進する。

 交錯は一瞬。

 防御フィールドの熱量が限界を超える直前の、機体同士がすれ違う瞬間、プラズマソードによる斬撃を繰り出す。金属が切り裂かれる音。中空を舞ったのは、エネルギーライフルを握ったままの〈ミシア〉の右腕。ライフルの暴発を避ける為に右腕の関節部を切断したのだ。その右腕が地面へ落下するのと同時に両者二機の位置が入れ替わる。振り向きざま〈ミシア〉の左腕甲部が展開、そこからビームを放出して収束。刀身状に固定された。

「ビームブレード! あの〈ミシア〉、新兵装の試験運用機なの?」

 敵機が白兵戦術に切り替えて突進、粒子の凝集した刀身を振りかぶる。あれほどの出力を持つ斬撃兵器ならば、厚い装甲に覆われた〈ジールヴェン〉の胸部すら容易く切り裂くだろう。機体各部のスラスターを噴かせる俊敏かつ小刻みな機動で、ビームブレードによる怒涛の切り払いを躱し続ける。

「まだ……!」

 ユイの発したその言葉と同時に〈ジールヴェン〉はプラズマソードを投擲とうてき、〈ミシア〉の左肩関節に突き刺さった。これによりビームブレードの剣閃が大きく逸れ、その隙をついて〈ジールヴェン〉の右手が〈ミシア〉の左腕を掴み上げる。

 右マニピュレーターの握力リミッターを解除。右腕部へ送る出力を一時的に全開に。一気に〈ミシア〉左腕部を握り締める。細やかな雷電が走った。左腕部の配線及び配管を握り潰され、エネルギーの供給を断たれたビームブレードが粒子の放出と刀身の固定を維持できずに霧散した。肩部に突き刺さったプラズマソードを引き抜こうとした次の瞬間、〈ミシア〉が〈ジールヴェン〉に組み付いて動きを封じてくる。

「こいつ、」

 恐らく後方のビルにこちらを叩きつけようというのだ。〈ジールヴェン〉のパワーを以てすれば振り解くことは可能である。

 しかし。

 敵の〈ミシア〉が機体を接触させる際にジャミングを切ったのだろう。ユイが全身のスラスターを出力させようとしたその時、復活したレーダーが周囲に生体反応を捉えた。慌てて頭部カメラと指向性マイクを反応のあった方角へ向ける。

『うわぁん、お母さぁぁぁあん!』

 二機が押し合いをしている地点から五〇メートルほど離れた横断歩道の真ん中で、五歳前後の男の子が泣きじゃくりながら立ち尽くしていた。

「あんなところに子供がっ。保安部の人達は何をしているのよ全く!」

 このままスラスターを出力すれば、敵の〈ミシア〉もこれに対抗して推力を限界まで上げてくるだろう。そうなれば互いに反発し合う慣性を与えられた二機の機体が、周囲の道路を踊り回ることになる。

「あの子を巻き込んでしまう」

 どうすれば……。

 そのとき、コックピットに通信が入った。

「この周波数、明美?」

『ユイ聞こえる? 実はさ、ケンがそっちに走って行っちゃったみたいなんだけど』

「いいえ見てないわ。それより今はそれどころじゃ、」

 ――あ。

 気がつけば、レーダーに反応がもうひとつ。


「こら子供っ。俺と一緒に来い」

 相原健吾一九歳彼女いない歴一九年。彼は、小さな男の子の手を引っ張ってぜぇぜぇ言いながら今まさに奮闘している。傍目からは間抜けな誘拐犯か変質者に見えなくもないが、そんなことを気にしていられる状況ではない。街道まで走り着いたときの息切れが激しく、二機のロボットが望める建物の影で小休憩を取ろうとしたところ、歩道にこの子の姿を見つけたのだ。

「お母さんじゃなきゃやだ」

 かたくなにその場を踏ん張り、ぷくぅとほっぺを膨らませてかぶりを振る男の子。いじらしくてなかなか可愛い。

「何だよ、聞き分けのないやつ」

 ぷくぅとほっぺを膨らませて対抗する健吾。こっちは可愛くない。

 そこへ〈ジールヴェン〉の外部スピーカーからユイの大声が飛んでくる。

『健吾、早くその子をここから離れた場所に連れて行って!』

 その言い方に何だかカチンときたので怒鳴り返す。

「今やってるだろ? 見て分かんないのかよバカっ」

 一瞬の間があって。

『どうして、来たの?』

「俺にもそれが分からないから困ってんだろ。ここまで走ってくるの、しんどかったんだぞ!」

『そんなこと私に怒鳴らないでっ。……恐い思いするから避難してって言ったのに』

「もうしてるよ、足がガクガク震えて今にもチビりそうじゃボケ」

『あなたね、さっきから聞いてれば人のことバカとかボケとか、』

「つべこべ言ってないで、お前は目の前の如何にも量産型なショボメカを抑えてろ!」

『今やってるでしょ? あなたこそ見て分からないのかしらっ』

 外部スピーカーから『うわー、痴話喧嘩ー』という明美の声が漏れてきた。

「この人もこわいよおかあさぁぁあん!」

 余計に泣き出した男の子に面をくらいながら健吾は頭を悩ませる。うーん。俺がこれくらいの年齢のころっていつもどんなこと考えてたっけ?

 ――あ。

 ふと、頭に降りてきたアイデア。この歳でロボットが嫌いな男の子なんて滅多にいないだろう。文字通りの子供だましではあるが、胸を痛めて反省するなんてことは、この場から生き延びれさえすればいくらでも出来るのだ。試してみる価値はある。

「君は何とか戦隊何とかレンジャーを知ってるか?」

「えぐ、えぐ、電脳戦隊デジタルレンジャーのことぉ?」

 肝心な部分は全て「何とか」でぼやかす、という酷いレベルの出たとこ勝負だったものの、どうやら脈あり。男の子が嗚咽おえつしながらも興味を示した表情でこちらを見上げてくる。

「そうそれ、あれにロボット出てくるだろ? 今向こうで戦ってる青いのがそのロボだ」

「ちがうよぉ、超電脳合体ロボ、デジタルグレートEXはあんなんじゃないもん」

「なかなか手強いな。いいだろう、よく聞くんだ。実は……」

 もったいぶるように含みを持たせ、

「あれはまだテレビには登場していない新ロボット、ジルハムグレートなんだ!」

 如何にも胡散臭い大仰なリアクションで健吾はついに言い放った。無駄にノリノリである。

「ほんとぅ?」

「ホントホント、再来週辺り登場予定だ」

 同じことを二回繰り返して言う人は信じてはいけないと何かのCMでやっていたような気がするが、純真無垢な五歳の男の子は瞳を輝かせて泣き止んだ。

「だから坊や。悪のロボットを撃退する為に俺たち、いや、我々、えと、そう、地球防衛軍に協力しておくれ」

「きょうりょくするっ」 

 大粒の涙を小さな握り拳で拭い、男の子が興奮気味にほっぺを紅潮させてそう言った。やはり可愛い子だ。健吾はますます調子づいていく。

「いい子だ。よし俺について来い!」

 重ねて言うが、無駄にノリノリである。


 コックピット脇の小さなディスプレイに映る健吾が、男の子の手を引いて意気揚々と横断歩道から離れていく。その光景を見て取ったユイは、すぐさまフットペダルを力強く踏み込んで〈ジールヴェン〉のスラスターを出力。予測通りこれに反応した〈ミシア〉が、推力を増加させ肉迫してくる。

「いつまでもベタベタと――」

 路面を抉りながら国道線上を組み合った状態で乱舞する二機のNFA。

「私の〈ジールヴェン〉に触らないでぇぇ!」

〈ジールヴェン〉が右脚部後面に展開した光圧スラスターを全開にし、〈ミシア〉の胸部に膝蹴りを見舞う。強力な肉弾攻撃を与えられた〈ミシア〉が、〈ジールヴェン〉から吹っ飛ばされて仰向けの状態で路面に叩きつけられた。コックピット外郭に活きる衝撃緩和機構ショックアブソーバーの許容を遥かに凌駕する烈蹴れっしゅうとアスファルトへの衝突。パイロットは脳震盪のうしんとうを起こして気を失ったと見て間違いないだろう。

 ――敵性機体〈ミシア〉、制圧完了。

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