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蒼穹の平和(1)




 腹部に感じた激しい熱は鳴りを潜め、自分を包み込む青白い閃光がもはや収まっていたことに気がついた時には、全く知らない場所へ飛ばされていた。

 直前に起こった戦闘システムやモニターの異常も今は見られない。戦闘行動に備えてとっさに左右のグリップを握り締めるも、交戦していたはずの敵機は一機も見当たらず、ポインターはレーダーから完全に消失している。システムが制御不能に陥り機体から閃光を放った原因を突き止めようと、あらゆるコンソールとタッチパネルを操作するが、目ぼしい手掛かりは得られなかった。

 モニターに映し出された前方の光景は、微風に揺れる草木と背景のまばらな街明かり。慌てて現在地を確認しようとするが、どういう訳かGPSが反応しない。敵の電波攪乱を疑うも、広範囲レーダーが生きていることからその線は弱いと推測できる。周囲に通信可能な味方はいないかと周波数をいじるが応答はない。

 乾ききったのどを潤そうにも、パイロットシートの脇に収納された容量五リットルの給水パックはもうとっくの昔に空っぽである。このままではらちがあかない。機体を寝かせるように背部をゆっくりと慎重に接地させ、意を決してコックピットハッチの開閉装置に手を伸ばす。

 地面に足をついたところで、

「あ」自分の体力が限界を超えていることに気づく。足がもつれてうつ伏せに倒れ込んだ。体が言うことを聞かない。

 ――ほんの僅かな時間、自分は気を失っていたんだと思う。目覚めた意識が次に捉えたのは、見慣れない靴を履いた誰かの足元と、先端部の尖った何かで首周りをつつかれている感覚。

「う、……いたい」

“見慣れない靴を履いた誰か”が仰け反る気配。敵かもしれない。しかしどの道逃げられないのならば、僅かな救援の可能性に賭けてみるのもいいだろう。こんな形で命乞いをするのはいささか屈辱的ではあるが、この状況で他に手はない。

 声を絞り出す。

「み……ず、お、願い、水を、」

 こうしてユイは、民間人の見ず知らない兄妹に命を救われることとなる。


 小鳥のさえずりが聴こえてゆっくりとまぶたをあげる。見慣れない天井。ああそうか、と明美の部屋で寝床を拝借して一夜を過ごした記憶が蘇る。

「ふぁ」

 欠伸あくびと背伸びを同時に行いながら上半身を起こす。こんなに深い眠りをむさぼったのはいつ以来だろうか。信じられない。生きて朝を迎えられるとは思わなかった。隣のベッドでは、明美がお腹を僅かに上下させて健やかに眠っている。

 昨晩のシャワー上がりに明美は、愛用の水玉模様のパジャマをユイに着せた。さらにそのあと彼女は、自分にベッドを使うよう進言してくれたのだが、さすがにそこまで尽くされるのは心苦しいのでユイは慎んでこれを辞退した。

 今さらだが……もし睡眠中に彼女の両親が部屋の扉を開けたら、一体どう誤魔化すつもりだったのか少し気になる。

「ん。うぅん」

 借りた布団を丁寧に畳んでいたら、明美が眠い目を擦りながら起き上がった。

「あ、ごめんなさい。起こしてしまったかしら」

「おはよー。ふぁぁー」

「おはよう明美。昨日は色々とありがとう」

「ほわぁ。いいよん、何かパジャマパーティーみたいで楽しかったし」

 そう言いながら明美が窓のカーテンを開ける。眩い朝の日差しが部屋いっぱいに入ってきて。

「うそ。どうして?」

 それを見たユイは、驚愕して瞳を見開いた。

「今日は高校休みだし。うちの両親共働きでたぶんもういないから、リビングでゆっくり朝食……、ってあれ。ユイ?」

 全力を奮って窓際に走り寄り、ガラス戸を開け放つ。窓枠に掴まると、落ちてしまいそうなくらい身を乗り出して空を見上げる。

「この空は、コンピューターグラフィックスじゃない……!」

「え、え、ちょっとユイってば突然どうしたの、」

 ユイはそのまま勢い良く部屋を飛び出した。


「起きてケン、大変。てかパジャマの下だけ脱いで何やってんの? そんなことよりユイがっ、」

 何ってお前これから朝勃ちの処理をだな……、てユイが?

「どうした何があった!」

 途中まで下げていたズボンをもの凄い勢いで引っ張り上げると、健吾は男前に怒鳴り返した。

「よく分かんないんだけど、外を見たら急に驚きだして――」

 階段をドタバタと駆け上がる騒がしい音が聞こえてくる。あっという間に健吾の部屋に飛び込んできたユイが、窓を指さしながら血相を変えてこう叫ぶ。

「空が、空が青いのっ! どこまでも続いているかのように澄み渡ってて。空が青いなんて、信じられない!」

「何を、言ってるの」

 常軌を逸した言動に唖然となる明美。しかし健吾は、緊張感ゼロな水玉模様のパジャマを着たままとんでもないことを口走るユイも、それはそれで萌えるな、とかどうでもいいことを考えていた――。

「落ち着いた?」

「少し。まだ頭の整理はついていないけれど」

 相原邸一階のリビング。小首を傾げて顔をのぞき込んでくる明美から、ユイはモーニングコーヒーを手渡される。

「もう一度確認するけど、ずっと地下で暮らしてきたとか、そんなんじゃないんだよね?」

 質問に対してユイは、ゆっくりとしかし大きく頷いて、

「……お願いがあるんだけど」

 神妙な面持ちでこう言葉を掛けてくる。

「少し力仕事を手伝ってほしいの。もちろん無理にとは言わないわ」


「ちょっと、いったい何なのこれ」

 明美が頬をつねっている。どうやら現実らしい。裏山の林の、中ほど。昨晩ははっきりと確認出来なかったあの物体の全容が今ここに明らかになった。

 巨大な人型ロボットが、無造作に横たわっている。

 そんなまさか、と万人が思うだろう。でもこれ以外に説明のしようがない。プラモデルやアクションフィギュアをプロモーションするイベントで、大きなロボットの模型が飾られているのを幾度か見たことがある。だがしかし、今ここにあるこれは。大きさも、質感も、重量感も、そして何より存在感が、玩具のそれとは全くの別次元であり、見紛うことなき実体として健吾の視界を掌握している。

「ねぇケンってば聞いてる?」

 健吾は叫び出したい衝動に駆られた。

「まあ言葉を失うのも分かるけどさ、もしかしたら遊園地にあるようなアトラクションの――」

 妹の両肩をぐわぁっしと掴み、

「ちょ、何?」

 一気にまくし立てる。

「聞いてくれ妹よ。今この瞬間、お兄ちゃんにセカイ系の主人公フラグが成立した!」

「離して、」

 そこはかとなく嫌な予感がしたのか肩の手を振りほどく明美だが、健吾の熱弁はさらに続く。

「きっとユイはエイリアンからの知られざる地球侵略に対抗するため、超科学をもつ秘密結社から人体改造を受けた最終兵器的なあれこれで、」

「?」

 明美から借りたTシャツとジーンズという普段着姿でロボットの脚部を弄っていたユイが、何事かと怪訝な顔をしてこちらに近寄ってくるが、しかし健吾の熱弁は止まることを知らない。

「戦いに傷つき、疲れきっていたユイは偶然にもある青年、つまり俺と出逢って恋に落ち、人を愛する幸せと安らぎを知ってしまう」

「もしもーし」

 半眼になった妹の呼び掛けを聞かずにひとり白熱する。

「ずっと俺の傍にいたいからと、戦いを拒否し始めるユイ。しかしエイリアンは悠長に待っちゃくれないのだ。次々に人類の主要都市が破壊され人口が減っていく! ユイは選択を迫られる。愛を取るか人類を救うか」

「……」

「しかしユイは決意する。愛するたった一人の俺を救うためだけに自分の身を犠牲にエイリアンと戦う運命を選んだ。しかーし!」

「しかしが多い。どうせ語り切るんならもう少し整理してしゃべってよ」

 すでに憐憫の眼差しを寄越してくる明美の的確な突っ込みにも負けず、健吾は尚も熱弁を振るう。

「愛するユイを守るため俺はエスパー的な特殊能力を覚醒させる。そこで登場するのがこの戦闘ロボだ!」

 横たわるロボットをビシッと指差す。

「俺の思念波を取り込んで不思議なパワーを叩き出すこの戦闘ロボに乗り込み、ユイとそのついでに人類を守るべく立ち上がる俺!」

「うわ、途中から別モノになってるし。人類ついでかよ」

 気が触れたように熱狂する健吾を見て、ユイが眉間に皺を寄せる。

「彼、さっきから何を言っているの?」

「受信しないほうがいいよ。タチの悪い怪電波だから」

 健吾の発する怪電波は、そのあと一五分ほど続くのだった。

「そろそろ手を貸してほしいんだけど。いいかしら」

「んー。それは構わないけどさ、ユイ。ずばりこれってなんなの? 差し支えなければ教えてほしいなぁーなんて」

「もしかしてあなたたち、NFAを知らないの……? でもそんなはずは、」 ユイの驚愕の表情。

 目を丸くする明美。

「えぬえふ、えー?」

「そう。人型兵装端末の総称。本当に見たことないの? 世界中の、八割以上の戦場に投入されているのに」

「あ、もしかしてゲームとかマンガの話? 私そういうの分かんないんだ。ゴメンね、ノリが悪くて……」

 茶化すことなく本当に申し訳なさそうに明美が答える。冗談ではない様子を見て取ったらしいユイは、心の底から恐ろしくなった、というように顔面を蒼白させた。

「私は、いったいどこに来てしまったの――?」

 暫くのあいだ呆然としていたユイだったが、かぶりを振って立ち直るとロボットのもとへ。

 無言の作業が始まる。彼女がロボットの脚部から細かい網状のシートを取り出す。それを機体に被せ、上から大量の纏まった枝葉や草木を載せていく。三人掛かりでも結構な手間だった。

 ロボットの頭部にシートを被せようとしたユイの手が、ふと止まる。

「見て」

 彼女は確かにそう言って空を見上げた。健吾たちに向かって小さく言葉を発したのではなく、そっとロボットに語りかけたのだ。

「あの青い空。すごいよね。綺麗で、清々しくて。私達の知っている空とは大違い」

 視線をロボットに戻し、柔らかく微笑む。

「何故だか分からないけど、ここにはまだ戦火が広がってないみたい。すごく平和で穏やかなところ」

 そこで一転、寂しそうな笑みへと変わる。

「ほんの少しの間、あなたはここで休んで。メンテナンスもなしにこんなところにいるのは窮屈だろうけど、ごめんなさい」

 頭部にゆっくりとシートを被せた。

「お休み。〈ジールヴェン〉」

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