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最前線(4)

 不思議と瞳を閉じなかった。故にはっきりと見えた。〈リンドエア〉が、マイクロミサイルを発射することが出来ずに天の藻屑となって炎と散っていく瞬間を――。

 上空に友軍機反応。

『メファ、無事か』

 バイザーディスプレイに映った男、戦場で自分の命を預けるに足る優秀な兵士。往年のハリウッドスターにも匹敵するその端麗な目鼻立ちを認めて、メファーナは静かに驚嘆する。

「フランツ……!」

 NFA〈ウィングラッサ〉

 日暮れと共に藍色の帯が滲み始めた暁の空を、敢然と裂いて飛翔する漆黒の機体。〈ソルダーニャ〉と比較すれば遥かに細身だが、軸に対して水平に展開した両翼は、一四基もの小型スタビライザーを内蔵する。通常はバックパックと肩部を、ミサイルポットをはじめとする無数のウェポンコンテナで武装している為、翼部が外見に与える印象はそれほど大きくない。だが本作戦の遂行中に弾を撃ち尽くしたそれらをパージしたのだろう。現在は翼部のシルエットが浮き彫りになり、そのシンプルなラインが如何に無駄のないデザインであるかを聢と伝えていた。

 腕部は右マニピュレーターにプラズマライフルを、左マニピュレーターにレールガンをそれぞれ携える。そして本来二本の脚部があって然るべき下半身は、その全てを大型ブースターによって構成していた――高機動戦闘を想定して設計された、完全なる空戦NFA。

『最後まで気を抜くな。体は、どこも負傷してないか?』

 無愛想なので分かり難いが、エメラルドグリーンの瞳が微かに揺れていた。本当に、心配してくれている。嬉しい。感謝の気持ちで胸が一杯になる。

「はい。大丈夫です。助けてくれてありがとう」

『なら、いい』

 メファーナの笑顔に面と向かうのが気恥ずかしいのか照れ臭いのか、フランツはすぐに視線を逸らしてばつが悪そうにむっつりと黙った。こういうところが彼のチャームポイントなのだとメファーナは思う。あとほんの少しだけ心を開けば、きっといい友人も出来るだろうし、素敵な恋愛だって出来るはずなのに。

〈ウィングラッサ〉の機体が飛行速度を上げながら、紫色の微粒子を焚いて垂直に翻る。慣性法則に逆らったかのような軌道修正。〈ウィングラッサ〉は背部バーニアの一部に試作型の反重力推進機構、通称ディーンドライブβを搭載している。これによって他のNFAが追随出来ない変則的な機動性能を獲得した。

 そんな機体の動きを眺めながら、メファーナはハッと我に返る。九死に一生を得た反動で思考が浮いて気づくのが遅れた。作戦の性質上は現在の時刻にフランツの〈ウィングラッサ〉が、このポイントで自分の〈ソルダーニャ〉と合流しているのは不自然だ。

「フランツ、どうしてここに?」

 彼は疑問の答えを至極簡潔に、無愛想にこう告げる。

『敵軍が撤退を始めた。この戦いは一先ず、俺たちの勝ちだ』

 バイザーディスプレイの端に、〈クインハルト〉からの通信を示すランプが点灯していた。


「〈イーグリッド〉軍の艦隊が、戦闘エリアから離脱していきます」

「被害状況確認。後衛のNFA部隊を収容しつつ友軍の救援活動にあたれ」

 時雨は艦長シートに深く背中を預けながら両腕を組み、「撤退、ね」と唸ってみせる。この〈クインハルト〉が前線へ出ることなく戦闘に勝利したのはまさしく僥倖ぎょうこうと言えるが、どうもこの結末は腑に落ちない。

「てっきり“FFA”の一機や二機は平然と投入してくるもんかと思っていたが」

「もぅキャプテン、縁起でもないこと言わないで下さい。メファは今回かなり危なかったんですから!」

「ああすまない。〈ソルダーニャ〉の動力は、飽くまで“準”永久機関。出力と限界値をもう少し考慮すべきだった。攻防進退の最終的な判断はパイロットに一任しているとはいえ、ちょっと無茶をさせたかな」

 本当ですよ全く、とぷんすか怒り始めた愛子に対して平謝りと言い訳をしつつ、時雨は今次の戦いを反芻する。

 本作戦――メファーナの〈ソルダーニャ〉が突破力を生かして最前線の敵部隊を真っ向から斬り崩し、フランツの〈ウィングラッサ〉が航行力を生かして可能な限り艦隊に接近、高度からミサイルをぶち込む。結果、敵の旗艦を叩く前に勝敗が決してしまった。

〈クインハルト〉が参戦して以降、〈解放軍〉が戦局を持ち直したのは事実。だが敵の全艦隊を撤退に追い込むほど壊滅的な打撃を与えた訳ではない。長距離戦闘に秀でた〈ウィングラッサ〉も、流石にそれほど大量のミサイルを一度に装備することは不可能だ。弾切れと同時に戦線を速やかに離脱し、〈ソルダーニャ〉とは別ルートで帰還。早急に補給を受け、第三派として再び出撃してもらう手筈だった。

「妙だな」

「妙ですね」

〈イーグリッド〉が取った「撤退」という選択は妙だ。

 現在の勢力図から見て確かに奴らは、追い詰められている自分たち〈解放軍〉と比べ遥かに余裕のある戦い方が出来るだろう。そこまで必死になる必要はない。しかし支配領域を拡大する上で、今回の制圧戦がこのように軽視される理由もないと時雨は考える。

 煮え切らない。ねっとりと思考に絡み付いて尾を引く妙な感覚。胸騒ぎがする。「嫌な予感」の一言で片づけるにはあまりにも危うい。〈イーグリッド〉はまだ重要な手札を隠し持っている。

「何だろうな」

「何でしょうね」

「……愛子君、俺の懸念に興味がないからって、さっきっからテキトーに相槌打ってるだろ」

「ええまあ。よく分かりましたね」

 なかなか切なくなってくるじゃないか。こんなときは、そう。さっさと部屋に戻り、貴重な高級竹で作られた秘蔵コレクションの割り箸を一本だけ割って心を慰めよう。うん。それがいい。

「部屋帰って割り箸割るのは構いませんけど、部隊のみんなが帰艦するのをちゃんと見届けてからにして下さいね。それがキャプテンの勤めというものです」

 やっぱり二本にしようと思う。


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