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最前線(2)


「状況は?」

 発声は短く、しかしそれでいて充分に鷹揚の効いた割り箸王子の声が場を奔った。即座に返されるオペレーターの言葉。

「友軍のカルナス級三隻を確認。既に砲撃態勢に移行しています」

 割り箸王子こと桐島時雨は、純然な戦意を宿した双眸で前方の大型ディスプレイを見据えてこう切り返す。

「戦果を上げる。総員覚悟はいいか」

 力強い首肯が時雨のもとに集う。CIC通信パネルに両の指を走らせる女性オペレーター菊岡愛子は、友軍艦から受信した電文を滑舌のいい声で素早く読み上げる。

「カルナス級より入電。『我々は防衛作戦を続行。貴艦の援護に感謝する』です」

 光芒が縦横に駆け巡り、黒煙が天空を昇る。メインスクリーンが流す粗い望遠映像は、本作戦で最も激しい戦闘が予測される前線を捉えたものだ。

「戦列に入ったら、こちらも攻撃を開始する。援護射撃だからって遠慮しなくていいぞ。敵の土手っ腹に風穴空けるつもりでぶっ放せ!」

 緩急ある発声で紡がれた司令。揺るぎなき自信に溢れる彼独特の痛快な語脈が、戦闘ブリッジを高揚感で満たす。狙撃手は好戦的な笑みさえ浮かべ、「了解……!」と覇気のこもった威勢で応えた。

 ブリッジクルーが身を預ける樹脂製のリニアシートは、三次元空間を最大限に謳歌する球陣形によって配置され、機能美と様式美を兼ね備えたハイセンスな設計思想を具現する。前方へ倒れた卵型を描く戦闘ブリッジの内郭壁は、その全面を光学モニターへ転換し、戦場となる亡国旧市街の荒れ果てた情景を周囲三六〇度に渡って映写していた。

 廃ビルのひび割れた窓ガラスたちが、巨大な推進器の巻き起こす駆動風に煽られて低い悲鳴を上げる。骸の街を眼下に捉えて身を進めていく白亜の巨艦――有機的な流線型を成した船体が上空を微速前進するその姿は、さながら海棲哺乳類が暁の射す海を遊泳しているかのようだ。決定的な違いを挙げるならば、これが万物を焼き払う灼熱の炎を身の内に宿していることだろう。船殻表面に浮かび上がった無数の継ぎ目が、各部で展開反転。前面側面に計一五門の荷電粒子ビーム砲口、上面に計二〇基の多弾頭ミサイル発射管を露顕する。戦闘艦艇〈クインハルト〉、その砲撃形態であった。

 前方で間断なき艦砲射撃を続ける二隻の友軍艦は、揚陸戦艦としては珍しいシャトルタイプのシャープな艦影をもつカルナス級だ。高度を下げながら二隻の間を縫うように戦列へ入った〈クインハルト〉は、目標エリアへ向けて展開した粒子ビーム砲口から幾筋もの火線を一斉放射、さらに上空へ向けて展開した発射管から戦術ミサイルを立て続けに垂直発射する。体内から吐き出された灼熱の炎は、遥か数キロの彼方で混沌を謳う最前線へと吸い込まれてぜ、狂乱する死の宴を鮮やかな閃光で彩った。

 戦闘ブリッジが砲撃の振動で僅かに揺れる。前方右寄りの中型サブディスプレイには作戦エリアの概算的な地形マップが表示されており、〈クインハルト〉の火砲を受けて変形した地形をCG補正を交えながら最適化していく。狙撃手の目前に展開する火器管制モニターが、楕円形の赤いマーカーで着弾ポイントを知らせた。それら戦闘データが艦長席の統制ディスプレイへ送られ、確認した時雨は力強く頷いて口を開く。

「味方は巻き込んでないな。俺たちは攻勢に徹する。フィールド出力は可能な限り抑え、エネルギーを火砲へ注ぎ込め」

 そこで地形マップをもう一度流し見て、唸るように呟く。

「しっかしこう入り組んでちゃ、これ以上侵攻するのは厳しいな。やっぱり後衛を出すまで時間が――」

 時雨の呟きは、オペレーター席から通信モニターの情報を読み上げる愛子の声にかき消される。

「〈ソルダーニャ〉が敵NFA部隊第二波と接触、再び交戦状態に入りました。このまま前線へ侵攻します」

 オペレーターとしての役割はその報告を済ませるだけでこと足りるはずだった。しかしシートごと体を回転させ、艦長席へ振り返った愛子は、表情を不安で陰らせて何か訴えるような瞳を時雨に向けていた。

「キャプテン、本当に良かったんですか? 前衛をメファたちだけに任せて」

 心配性が見て取れる彼女の指摘に、時雨は右手を振る大袈裟なジェスチャーを交えつつ明るい声で応える。

「それについては大丈夫だって。あの子は何かと卑下に走る癖があるけど、パイロットとしての技術は申し分ない。てかそうでないと、あんなピーキーな機体をあそこまで操れるかよ」

「それは、そうですけど……」

 理解はできるが納得がいかない、という感じに苦渋して口ごもる愛子。

「それにさぁ。そろそろあの二機の新しい実戦データを送らないと、開発局でふんぞり返ってるヘンタイ夫婦がまたぶーぶー文句言ってくるし」

 少し戯けたその台詞に何事かを得心したのか、愛子は「あぁ」と軽く肩を竦ませる。時雨は少年のように純朴な瞳をキラキラと輝かせてこう言った。

「それともあれか。もしかして愛子君が俺の代わりにヘンタイ夫婦のぶーぶー、引き受けてくれるのかい?」

 すると愛子は時雨から露骨に視線を外し、わざとらしく口笛を吹いた後、ゆっくりと前方の通信モニターへ向き直ってインカムの位置を正し、「さ、仕事仕事」と何事もなかったように電子キーボードを叩き始めるのだった。

「艦長、この艦にはイジメがあります」

 そう湿った声を漏らした時雨が唇を尖らせ、タッチパネルの外枠を人差し指でツツーと女々しくなぞっていく。艦長はお前だ! クルーの誰もが心中でそう叫んだのは言うまでもない。


 生と死の境界線が酷く曖昧になった異空間。機人の慟哭が灰の街を蹂躙し、銃火が哮る死の宴は第二幕の開演を告げた。

〈ソルダーニャ〉の左肩部から放された対空ミサイルが〈リンドエア〉の腰部をめる。飛行力を削がれて乱回転した〈リンドエア〉は、携行ライフルの流れ弾を撒きながら廃ビルへ激突、緋の華を咲かせて散った。

 叫び続けるアラート。

 眼前に迫る機影。両肩部エクステンションに補助バーニア、バックパックに追加ブースターを装備した〈ミシア〉高機動タイプ。直撃コースで放ったビームガンが横跳びに回避されてしまう。

かわされた。でもっ」

 右コンソールを叩いて左グリップを引き戻す。〈ソルダーニャ〉脚部のスラスターベーンが光力を焚き、至近距離で撃ち込まれた〈ミシア〉のショットガンを斜線機動で緊急回避する。三発が第一装甲版を掠めたが戦闘行動に支障なし。

「退かない、攻める」

 右フットペダルを踏み込んで右グリップを押し込む。ブースター全開、驚異的な即応性で〈ミシア〉高機動型の死角へ飛び込み、敵機体を〈デュランダル〉の逆袈裟で斬り裂いた。

「この距離なら、〈ソルダーニャ〉はどんなNFAにだって負けない……!」

 最前線へ到達――。

 単機で二十数機の〈ミシア〉と〈リンドエア〉を相手取りながら尚衰えないメファーナの戦意と決断力は、愛機に対する絶対的な信頼が勝ち得たものであった。

 叫び続けるアラート。

 右コンソールを叩いて左フットペダルを踏み込む。バックブースト、一瞬先まで〈ソルダーニャ〉の立っていた場所を対地ミサイルが灼き払う。両グリップを最大に引き戻して左フットペダルを最奥まで踏み込む。大腿部に内蔵する人工筋をしなやかに伸縮させ、背部と脚部の全推力を地面へ向かって噴射、〈ソルダーニャ〉は天高く跳躍する。

 中空から的確な対地ミサイルを撃ち込んできた〈リンドエア〉は、しかし回避運動に鈍りが見える。飛行能力のない〈ソルダーニャ〉の機動領域を過小評価していたのだろう。そして耐久性を犠牲にした〈リンドエア〉の装甲に、上昇加速の運動エネルギーを得た〈デュランダル〉の一刀を防ぐ術はない。猛烈な斬り上げが〈リンドエア〉の機体を裂き貫いていく。蝙蝠こうもりの嬌声にも似た永く甲高い音が戦場を木霊し、〈リンドエア〉は摩擦熱の火の粉を上方へ散らせて真っ二つに切断される。NFAという兵器を成していた二つの金属塊は、中空を落下していき地面に達することなく爆発。閃光が建造物の狭間を奔った。

 叫び続けるアラート。

 敵機のロックオン警告が重なり、バイザーディスプレイに弾き出された予測弾道は〈ソルダーニャ〉のポインターと重なっている。殆どの出力をメインバーニアへ供給している為、サブスラスターによる回避運動はまず間に合わない。このまま上昇を続けても敵の命中補正から脱することは不可能だ。

 瞬時に戦況分析を終えたメファーナはFCSの機能を切り替え、オプション兵装をアクティブにすると迷わず左グリップのトリガーを引いた。廃ビルの壁面に向かって、〈ソルダーニャ〉が左マニピュレーター甲部よりワイヤーアンカーを射出する。アンカーがコンクリートに深く突き刺さり固定されると同時にワイヤーを収斂。これには人工筋と全く同じ材質の繊維が織り込まれており、機体重量を牽引するに足る強靱な伸縮性と耐久度をもつ。バーニアの推力を抑えつつ、ワイヤーアンカーで強引に生み出した慣性を利用して敵機の射線軸から離脱する。

 傍らの空間を、黄金色の粒子束から成る熱線が一瞬にして翔抜けていく。防眩フィルター稼働、ビームが横切ったことで急上昇したコックピット内の光量を即座に抑制。視界が復元したとき、〈ソルダーニャ〉の戦術AIは熱線の発射位置を正確に算出していた。バイザーディスプレイへ投影される敵機のポインターと拡大映像――背部に補助コンデンサーを装備し、両腕で大型のビームキャノンを抱え込んだ〈ミシア〉砲撃戦タイプ。砲身の冷却が完了次第、こちらの動体数値を補正に加えた第二射を撃ち込んでくるであろう事実に疑いの余地はない。

 叫び続けるアラート。

 新たな〈リンドエア〉が二機、上空から迫る。一方がアサルトライフルを、更にもう一方がマイクロミサイルを照準している。〈ソルダーニャ〉は、牽引しえたワイヤーの先を甲部から切り離し、アンカーの終着点となった壁面を蹴って二度目の跳躍。反動を活かしたまま、回復したエネルギーを推力へ転換して再びバーニアを点火させた。

「空が飛べないからって――」

 発射された敵機のマイクロミサイルは計四発。メファーナはFCSを切り替えて〈ソルダーニャ〉の左肩部から迎撃ミサイルを放ちながら、アサルトライフルを構えた〈リンドエア〉へ機体を突進させる。

「馬鹿にしないで!」

 ソリッドバルカンでアサルトライフルを撃ち抜き、誘爆を恐れた敵機がそれを投棄する瞬間に〈デュランダル〉をその肩口に突き立てた。

〈リンドエア〉の浮力に自らの推力を押し込め、〈ソルダーニャ〉は空中を邁進する。迎撃ミサイルを抜けてきた一発のマイクロミサイルが真上を通過し、虚空を彷徨ったあとに爆発した。その閃光を背に、揉み合った状態で乱雑な軌道をとる両機体。この状態ならば下からビームキャノンを構える〈ミシア〉と、上空からマイクロミサイルをロックオンしたもう一機の〈リンドエア〉は、味方機への誤射を危惧して下手にトリガーを引くことは出来まい。

 メファーナが「あの子」から教わった戦術のひとつだった。

 バイザーディスプレイの端に表示された簡易マップ。愛機と目前の〈リンドエア〉がポインターを重ね、〈ミシア〉砲撃戦タイプのそれへと肉迫する。射撃に特化した装備といえど、入り組んだ地形の中で機動力に優れた〈ソルダーニャ〉を正確に狙撃するには、射線がクリアになる最適距離まで機体を接近させなければならない。ゆえに、NFA二機分の機体重量に耐え切れず急降下を開始した〈リンドエア〉と〈ソルダーニャ〉は、僅か十数秒で〈ミシア〉砲撃戦タイプを有視界戦闘可能領域へ収めた。

 メファーナは左グリップを押し込んでトリガーを引き、ビームガンを眼下の敵機へ撃ち放つ。数発の熱粒子が大地を焦がす。退路を断つ牽制射撃。重装備に機動性を殺されている〈ミシア〉砲撃戦タイプは、大きな回避行動を取れずその場に金縛りとなった。相対距離とタイミングを見計い、コンソールを叩いてフットペダルを踏み込む。応えた〈ソルダーニャ〉が機体を前方に傾けて推力を増す。

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