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最前線(1)




 戦争による技術革新。

 ミサイル兵器の技術が、宇宙ロケットに搭載する推進機構へ転用された。核兵器の技術が、都市発電プログラムの中枢に組み込まれた。バイオ兵器の技術が、医療システムの次代を担った。

 革新は止まらない。

【ブレン変移炉】

 ナノテクノロジーの究極的な進化が到達した素粒子操作は、全く新しい動力資源をこの世に産み落とす。これによって人類の文明レベルは想像を遥かに超えた速度で成長し、世界は栄華の絶頂を垣間見る。

 しかし【ブレン変移炉】は地球という星の本来あるべき姿に暗い影を落とす諸刃の剣であった。無尽蔵の莫大なエネルギーと引き換えに、空間の物理構造に深刻な特異現象をもたらした。

 惑星の保全と秩序の保管を旗に掲げた諸国連合は、これに強い警告を打ち鳴らす。動力炉と研究データの無条件放棄を余儀なくされた各国幾多に渡る技術開発局。その渦中、最大規模の【ブレン変移炉】を有する無国籍コングロマリットが武装蜂起を以てこれに相対した。

 技術革新による戦争の始まりである。

【ブレン変移炉】の生み出す膨大な資源と豊潤な財力を糧に増殖を繰り返す無国籍コングロマリットは、やがて情勢の優位に君臨し、戦略組織〈イーグリッド〉を私設――諸国連合が誇っていた軍事力を凌駕する。彼らの戦闘動機が「【ブレン変移炉】の永続」から「全世界に対する弾圧的支配」へと成り替わるのは、もはや時間の問題であった。

〈イーグリッド〉は支配領域を滔々(とうとう)と押し広げ、その戦力と規模を拡大させていく。諸国連合はこれに対抗するべく国家間の軍備強化と軍事統合を主眼とした〈世界解放軍〉を編成。地球上の平和は無惨にも形骸化し、〈イーグリッド〉と〈世界解放軍〉の激しい戦闘は人類全体を巻き込んで泥沼状態へ突入する。

 いつ果てるとも知れない戦争が続く。〈イーグリッド〉の弾圧に喘ぎ苦しむ人々が、囁かな安らぎを求めて天を仰いだ時――

 空の色が変わっていた。


 高感度レーダーの走査範囲にNFA九機を補足。FCS解放。バイザーディスプレイの形成する光学映像が、数百メートル彼方で戦場と化した超高層ビル群――時間の流れに取り残されてむせく廃都の姿を幽玄と浮かび上がらせた。

 有視界戦闘領域まで三〇。

 暁の空の下。灰燼かいじんを纏った幾棟もの建造物が、その長躯を傾け荒涼と生えている。建造物同士の狭間で、白い閃光と橙色の火炎が踊り狂った。友軍と敵軍の激しい交戦状態。渇いた何かが鋭く頬を撫で、呼吸のリズムをはやし立てる。

 有視界戦闘領域まで二〇。

 はしる震動。轟く砲声。心臓の音が速まる。恐怖ではあるが、そこに自意識を侵すほどの力はない。胸の奥で戦意が狼煙を上げた。手をかけたサイドの操作グリップを力強く握り締める。火の灯った全神経を機械仕掛けの手足へ拡大させるイメージ。前方へ加速する機体は自身の一部だ。

 有視界戦闘領域まで一〇。

 次に求められるのは感情のコントロール。強くて美しかった「あの子」がいつもこう言っていた。戦いで生き残る為には、生きようとする強い願望と、己の手足となる愛機を最後まで信じ抜く強い意志が必要なのだと。

 有視界戦闘領域に到達。

 ステルス解除、出力上昇。兵装システムフルドライブ。バイザーディスプレイ――母が大切だと言ってくれた眼鏡、機体のメインカメラとリンクするそのレンズが、第一撃破目標に設定した敵軍NFAの姿を鮮明に映し出していた。

「これより戦闘行動に移ります」

“長大な剣を携えた赤い騎士”

 それが、NFA〈ソルダーニャ〉の意匠を直感的に表現した言葉だ。しかし本機の光学映像を視界に捉えた敵パイロットが、脳裏にその言葉を再生することは恐らく叶わなかっただろう。何故ならば、搭乗機の胸部がこの刹那に下半身へと永遠の別れを告げていたからである。コックピットを横薙ぎに両断。メファーナの駆る〈ソルダーニャ〉が放った初撃は、敵軍NFA〈ミシア〉を一刀の下にほふり去った。

 直前まで五機小隊を組んでいた残存四機の〈ミシア〉が、僚機の損失により乱れかけた陣形を再編、射撃体制を取りライフルを撃ち込んでくる。回避運動を入力。〈ソルダーニャ〉の驚くほど静粛で、引き締まるように精錬な駆動制御。それは、ライフル弾の回避と同時に、第二撃破目標と設定した敵機の死線へ重なる軌道。長刀を振り上げ、太刀筋を成す。〈ミシア〉の左肩部から入った斜め一文字の鋭い剣閃が、右腰部へ終着して敵機体を抜けていく。バックブースト、目前で発生する爆発から逃れる。

 マニピュレーターを覆い、〈ソルダーニャ〉の右腕部とほぼ一体化した兵装ユニット〈デュランダル〉。単分子レベルの特殊構造で形成されたその刀身は、鋼の機人というべきNFAの装甲を桁外れの摩擦係数によって切断し、ミクロ単位へいざなう。だが〈デュランダル〉は強力な斬撃兵器として完成をみた代償に、機体バランサーに過度な負担を課している。

 NFAの兵装として類を見ない長刀、バランサーの負担を解消し滑らかな戦闘機動を可能にしたのは、究極の次世代型アクチュエーター。中世ヨーロッパの鎧甲を想起させるフォルムが屈強なシルエットを描く〈ソルダーニャ〉の外部装甲、その直下に存在するフレームは、強靭な繊維を束ねた人工筋マッスルパッケージを纏っていた。

「ごめんなさい、あなたも斬ります」

 伝わるはずのない死の宣告を呟き、グリップを押し込む。己の手足となった愛機が、流れるような動作で〈デュランダル〉を自在に手繰り、刃の反射光を鋭く踊らせる。戦場にあって芸術的とさえいえる剣劇。第三撃破目標の頭部を斬り飛ばし、返す刀でその胴体を両断する。

 残存二機を攻略するべくターンブースト。バイザーディスプレイに映る敵機が波状に散開していく。彼らとて莫迦ばかではない。〈デュランダル〉の斬刀速度を看破、且つ間合いを見極めたのだろう。ライフル弾が矢の如く襲い来る。

「くっ……」

 フットペダルを踏み替えながら〈ソルダーニャ〉に旋回機動を。だが二方向から飛来する敵機の弾道は極めて正確だった。〈デュランダル〉のユニット後部は、篭手を模した補助装甲で構成されている。これを機体前面へかざすことで弾丸の直撃を防ぎきる。

 巻き返す!

 ウェポンプラットホーム展開、腰部のハードポイントにジョイントしていた射撃兵器を左マニピュレーターへ携行させる。短銃身に反した太く武骨なバレル構造は、上段にビームガン、下段にソリッドバルカンの二重火器ダブルファイアを内蔵するハンドカノン。照準、グリップのトリガーを引く。一条を描く薄紅色のビーム光が、正面の〈ミシア〉腹部に穴を穿つ。反撃の機会を与えず追撃、二発三発と動力部に熱量を撃ち込む。圧縮率を高められた粒子の塊は、小口径弾にあるまじき貫通力と誘爆性を備えていた。為す術なく爆炎と化す第四撃破目標。

 最後の一機に銃口を向ける。ビームガンの出力供給はマニピュレーターを介したジェネレータードライブだ。消費電力を軽減する為、ハンドカノンの射撃モードをビームガンからソリッドバルカンへ。照準を合わせて再びトリガー。周囲に空薬莢をばらまきながら吐き出される目視不能の破線は、〈ミシア〉の右腕部をライフルごと蜂の巣にした。射撃手段を奪われた敵機が、左マニピュレーターで背部に携えた高振動ブレードを引き抜く動作に入る。

「駄目です、それは抜かせない!」

 スラスター全開。敵が抜刀を終える直前に距離を詰め、〈デュランダル〉の尖剣でコックピットを刺突する。頭部カメラの光を失い、沈黙して沈む第五撃破目標――搭乗パイロットの生命反応を絶たれた敵機のCPUが、相打ちを狙って自爆装置を作動させる場合がある。刀身を引き抜き即座に後退……一〇秒経過、爆発の兆候はみられない。

 一呼吸おいたあと、周囲を警戒してレーダーを確認。残されたNFAの反応は四つ。いずれも友軍信号を発していた。回線が開いて通信が入る。

『全滅するところだった。助かったよ』

 通信機から漏れるしわがれた壮年兵士の声に、メファーナは心から安堵を吐いて言葉を返した。

「ご無事で何よりです」

『はは。この状況を無事と言えるかは実に疑わしいが』

〈ソルダーニャ〉を囲う廃墟のビル群。これらの構造物を盾に利用しながら敵軍と交戦していたのだろう、建造物の影から中破した四機のNFAが姿を現す。

 NFA〈ベオル〉。白と深緑を基調にしたカラーリングと、天を衝く一本の頭部アンテナが特徴的な機体である。鋭角の多い猛禽類に似た外観をもつが、フレームへ弾痕を刻まれ、片腕を吹き飛ばされ、あらゆる箇所の装甲版を抉られたその姿に、本来の勇ましさは見る影もない。

『見ての通り、酷い有様さ』

 量産機としては破格の基本性能と機動力を有する〈ベオル〉も、生産性と拡張性で大きくこちらを勝る敵軍の〈ミシア〉に苦しい戦況を強いられていた。既に兵士たちの体力は限界に達しているのだ。憔悴しょうすいで掠れた彼の声からそれが容易に窺える。

『五時と九時の方角から後続の敵部隊が迫っている。俺たちの母艦は戦闘エリアを射程圏に収めるべく現在こちらへ向かって移動中だが、正直充分な戦力とは言い難い……』

「了解しました。引き続きあなた方を援護します」

『君の所属を聞いても?』

 これだけは誇れる。頼もしい仲間や、愛して止まない母が共にある“家族”。それはメファーナにとって命にも等しい大切な場所。名乗ることに後悔などあろうものか。胸を張って口を開く。

「解放軍独立部隊。戦闘艦〈クインハルト〉、NFA小隊所属、佐原少尉です」

 自分でも驚くほどよく通る声が、コックピットの空気を震わせる。口下手な自分にしては素晴らしい発音だった。噛まずに言い切れた事に鳥肌が立つ。思わず顔を綻ばせながら感動に身を震わせていると――

『あ、割り箸王子んトコの艦か!』

「っ!」

 さっそく名乗ったことを後悔した。

『隊長! それなら自分も聞いたことあります。何でも芸術的な美しさでお箸を割るんだとか』

『いやいや。俺が聞いたのはナイフもフォークも使わずに割り箸だけで数キログラムのステーキを何の苦もなく平らげてしまうって話だ』

『違うんだなぁ。割り箸で出来立てのピザを口元に運ぶんだ。これに決まってる』

『まさか。きっと割り箸でカレーのルーを自在にすすれるんだよ』

『僕の意見を述べさせて頂けるなら、ここはやっぱり割り箸でケーキを八等分でしょう』

 メファーナに置いてけぼりを喰らわせ、先程の疲労感など嘘のようにに活き活きと盛り上がる〈ベオル〉のパイロットたち。しかも割り箸のこと全部当たってるから余計に腹が立ってきた。〈クインハルト〉の素晴らしさならもっと他に語るべきところがたくさんあるのに。この人たち、どうしてもの凄い勢いでそこにだけ食いつくの? 話を広げたがるの?

『時間がない。討論は止めだ。目の前に生き証人がいるから尋ねてみようじゃないか、割り箸王子の真実とやらを。どうなんだねお嬢さん?』

 そんな真実、正直どうでもいいです。

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