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暁の戦場




 何者かの手によって砕かれた秩序が混沌となるのか。あるいは、自然の摂理によって氷解した秩序が混沌となるのか。運命と呼ばれた、目には見えない巨大なうねり。その始まりに思いを馳せるのは、果たして本当に意義のあることだろうか――。上空を荘厳そうごん金色こんじきで焦がし尽くすこの暁は、世界に生きる全てに等しく無慈悲である。空の下には、人の姿を象り意匠化した兵器たちが、気まぐれな死神に導かれて殺陣の舞を踊っていた。

 右マニピュレーター携行【九七ミリ砕榴弾ライフル】消失。

 左マニピュレーター携行【プラズマソード】帯電率二八パーセント低下。

 左マニピュレーター甲部内蔵型【スナイプダガー投射機構】残弾数三。

 右腕部可変型【一五〇ミリ粒子ビームランチャー】強制冷却中。

 左肘部スライド式【高周波振動ブレード】破損。

 胸部内蔵型【CIWS機関砲】残弾数〇。

 左腰部側面可変型【リニアレールガン】残弾数〇。

 両脚部展開型【マイクロミサイルサイロ】破損。

 右背部マウント式【長距離エネルギーキャノン】分離後破棄。

 両肩部展開型【フィールドジェネレーター】パワーダウン。

 自分の手を取ってダンスのステップを踏む死神は、そろそろ宴の終焉を望んでいるらしい。単騎で敵拠点を制圧するべく設計された自慢の愛機も、大幅な戦闘能力の低下を伝えている。目まぐるしく情報を展開する幾多のモニターと、武骨なコンソール群で周囲を構成されたコックピット。中心で操縦桿のグリップを握り締める自分自身の荒々しい呼吸が、先から続く壮絶な消耗戦を物語る。

「はぁ、はぁ、」

 白のパイロットスーツに身を包んだ細い体付きと、息遣いに混じるその高い声色は、精錬な兵士を気取っている自分が未成熟な少女である事実を、嫌というほどに自覚させた。ヘッドアップディスプレイを睨みつける。数え切れないほどの敵機が己に肉薄するさまを、光点と言語が混在するデータによって訴えていた。友軍機を示すマーカーは一五分ほど前に全て消失している。ふと自嘲気味に笑ってみた。

「分かってた。いつかこうなること」

 コンソールに指をはしらせる。

 CIF――意識情報フィードバックを最高感度、全感覚にフルレスポンス。

 FCS――火器管制システムを現状に最適化、兵装プログラム転身。

 CMG――姿勢制御のリミッターを解除、機体各部位の稼働領域を最大に。

「ごめんね〈ジールヴェン〉、最期まで付き合ってもらうから」

〈ジールヴェン〉と名付けられた我が愛機。

 上半身の胸部と両肩部、下半身の大腿部が巨躯で力強いボリュームをもつ反面、両腕部および腹部はスマートで鋭角的なフォルムという独特の流線形シルエット。数多くの可変内蔵兵器を有する全身の装甲は、胴体の紫と四肢の群青で彩られ、各部の凹凸が生むコントラストと相まって立体的な重量感を誇示している。

 その〈ジールヴェン〉を四方から囲うのは、敵軍の量産機〈ミシア〉。全機が灰色で統一された没個性な機体だが、簡略な内部構造ゆえに極限まで追求された広い汎用性と高い信頼性は未だに一線級である。

「さあ、行くよ!」

 握り締めた左右のグリップを力強く前方に押し込む。機体背部中央の光圧式スラスターを全開に出力させ、〈ジールヴェン〉が敵陣へ突進する。正面で陣形を組む〈ミシア〉数機がこちらにサブマシンガンを照準、銃口から鉄の塊が立て続けに発射された。

〈ジールヴェン〉は機体各部のスラスターを噴かせて変則的な回避運動を取りつつ、掃射をかいくぐり低空飛行で直進、振り構えた左マニピュレータ甲部からスナイプダガーを投射する。最も接近した〈ミシア〉の下腹部内側にある動力チューブを裂き貫いて、その本体に誘爆を引き起こす。

 ぜる炎の向こう側で、爆風から逃れようとステップ機動をとる二機を捕捉する。二射目及び三射目のスナイプダガーを投射、徹甲仕様の刃が炎を裂いて続けざまに両機の頭部を潰した。カメラの復旧機能が作動される刹那に追撃、先に頭部を潰した方の〈ミシア〉コックピットを串刺しにする。スラスターを再び全開にしてプラズマソードを突き刺したままの敵機を、後に頭部を潰した方の〈ミシア〉にぶつけて押し返す。敵機に後方へ向かう慣性法則が働いたところでプラズマソードを引き抜き急制動をかけ逆噴射。

 ここで、ウェポンプラットホームを映したモニターの項目に『STAND BY』という字列が表示された。

「いい子ね〈ジールヴェン〉」

 冷却の完了した右腕部がビームランチャーに変形する。照準。薄紅色に輝く粒子を高濃度に圧縮して加速、鋭い銃声と共に撃ち放つ。放たれた一条のビームが、折り重なって後方に飛ばされる〈ミシア〉の動力炉を二機もろとも貫通した。爆発に次ぐ、爆発。

 間髪入れず次のターゲットへ距離を詰め、最大稼働の左腕部が生み出す運動エネルギーをのせた強力な袈裟斬りでさらに一機を葬り去る。常に敵機との混戦状態を維持した戦闘機動。これにより遠方で〈ジールヴェン〉を狙う支援機が、誤射を恐れて狙撃を躊躇うのだ。遠距離からの集中砲火を封じる戦術のひとつである。

 機体後面に展開する、背部中央の光圧式主推進を含む大小一一基ものスラスターが、重武装に反した高い機動力を〈ジールヴェン〉へもたらしている。

 敵陣を縦横無尽に掻き乱しながら、刻々と移り変わる戦いの流れに呼応してプラズマソードとビームランチャーをはしらせ、標的の〈ミシア〉を蹴散らしていく。粒子の筋とスラスター光が戦場を飛び交い、命を散らす爆発が悲鳴のような輝きを放って機体表面に反射する。美しく醜い機人と死神の舞踏会がそこにあった。

 八機目の〈ミシア〉を消し飛ばしたところでビームランチャーがパワーダウン。本来長時間連射を想定して開発された武装ではない為、長期戦で酷使すればこうなることは当然の帰結だろう。むしろよく砲身が耐えた方だ。プラズマソードも発振装置の一部が既に欠損している状態で、刀身を形成するプラズマの流れが弱体化し切断力の鈍りも著しい。限りが見え始めた〈ジールヴェン〉の動きを察知して、敵軍が巧みに距離を取った砲撃を浴びせてくる。前後左右に旋回しながら回避運動を行うが、第一装甲版を徐々に削られていく。

 ああ、私ここで死ぬんだ。

 生まれついてからずっと戦場にこの身を置いている自分には、死の覚悟など遥かに通り越した強い信念のようなものが備わっていると思っていた。実際に死線を切り抜けた経験も数え切れないほどある。しかし信念なんか、これっぽっちも持ち合わせていなかった。

 これでフィナーレだ。

 死神の声を聞いたような気がした。

 死への潔さではなく、生への諦観。

 そのときだ。

 腹部に熱と痛みが走った。

 同時にコックピット内の全モニターが暗転、直後に再起動。膨大なデータ群を、狂ったようなスピードで演算しながら解読不能の奇怪な羅列を次々と流し出す。

「これは、何――?」

 パイロットすら知り得ない未確認機能の発現。声なき声を上げ、〈ジールヴェン〉が咆哮ほうこうしていた。フレームに刻まれたスリットと全身を通うライン状の放熱帯から、青白い閃光を外部へ解き放ちながら。

 震える左手をグリップから引き剥がして、己の腹部に宛がう。激しい熱。感覚という感覚がこの一点から新しく生まれ、次いで頭頂や手足の爪先へ向かって浸透していくかのような、激しい熱。それが更に強さを増していく事実を、身体の内と外から感じとる。

「ジール、ヴェン……あなたは、」

 愛機の鼓動と叫びが自分の声を絡めとって、機体の解放する輝きが周囲の空間を脈打つように振るわせる。ほどなくしてそれは蠕動ぜんどうへ。世界が幾何学形に歪み、黄金の無慈悲で地上を圧制し続けていた空の暁を遮った。

 異常な事態に反応した敵の〈ミシア〉群が〈ジールヴェン〉に向けて四方からさらに激しい一斉放射を開始。しかし青白い閃光が、それら全てを喰らい尽くし本体への着弾を阻む。

 圧倒的な力の胎動だった――。


〈ジールヴェン〉と相対する敵兵のパイロットたちは我が目を疑った。防御エネルギーフィールドのジェネレーターなど、遥か以前に停止していることが実証済みである。加えて言うなら、砲弾を無力化している力場の範囲が明らかに常識を越えている。これはもはや通常の兵装ではない。後方で戦局を推し量っていた敵軍の指揮官がそう判断し、一時の後退を発令しようとして、手遅れだった。

 青白い閃光はさらに大きく、大きく成長し、周囲を包み込んでいく。

 やがて光が収束したころ、最前線で戦闘行動中だった二〇機近くに及ぶ〈ミシア〉はおろか、中心で光を放っていた〈ジールヴェン〉とそのパイロットさえ、この場から跡形もなく消え去っていた。

 廃墟と化した軍事施設、誰もが予想し得ぬ結末。ただ一人の勝利者も出さぬまま、直径三〇〇メートルに広がるクレーターと、数機の〈ミシア〉指揮官機だけを残して、壮絶な消耗戦を呈したこの戦闘は終了を告げた。

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