3章(途中まで)
最近、夢を見る頻度が多くなった。
昨日の夜も俺が白い髪の野郎になって、頭がボッサボサでやたらと背が高い奴に、なんか励まされている夢を見た。
どうせなら女の子になりたかったな…。
さて、昨日の粒子テレポーテーションだか何だかの話が気になるけど、隊長は詳しい話は今日するって言ってたし。
とりあえず仕事をしてりゃ、その内来るでしょう。うん。
「やぁロムくん、おはよう」
「おはよう」
「マジで昨日は散々だったー…」
改めて紹介させて貰うけど、こいつは同僚のガイ・アシュレイ。
昨日、俺とパールとライコウで部屋に帰る時に聞いた話だが、本部全体の電力が落とした際、ガイはエレベーターの中に閉じ込まれてしまっていたらしい。
「でも、エレベーターの中には実体ヴァイラスが入らなかったから、ある意味一番安全だったんじゃね?」
「そうでもない」
「ロマン、もう起きていたのか?」
後ろから隊長のボイス。振り返ると、隊長は何故か大きな段ボールを抱えていた。…なんだか奇妙な光景。
「あ、隊長…ぉはようございます」
「隊長、その箱は…?」
「接続室で使う物だ。これからC空間で説明する。お前も仕事をキリが良い所で終わらせて、接続室に来るんだ」
「へい」
む、気合いを入れて返事をしたら、「はい」が「へい」になってしまった…。
元々、仕事場には来たばかりで、仕事には一切手を付けてなかったし、5~6分位ガイと話して時間を潰すことにするか。
「あっ、課長…ぉはようございます」
あれ?課長?
「いやー二人とも、昨日の映画の再放送みた?あのふき矢で悪役をたおしてくやつ」
「え?俺は観てなかった」
「観てへんわぁ」
会話が終わってしまったが、この人は俺たち情報課の課長を務めている、ニコライ・ボリソヴィチ・ムサトフで、通称サット課長。実にフレンドリーな課長である。
「あれ?課長がいない…」
その証拠として、サット課長は急にガイの後ろに回り込み、音を立てずに歩き始めた。
「某ステルスゲームのストーキングだな!」
「背中にTNTをつけられる!」
「うおおおぉぉぉ!」
で…。
「随分仕事が長引いたようだな」
「すいません…」
結局、接続室に着いたのは50分後。はしゃぎ過ぎた…。
「あ、ロムさん。遅いですよ」
「ゴメン」
「ロムー、ねぐせねぐせー」
「これ、朝から直んないんだ」
接続室には既にパールとレイティ、メロウが待っていた様子。そういやレイティとはC空間の時以来だ。
「なんか久しぶりね、ロム」
「こんにちは…あの、実体ヴァイラスの時は何を?」
「隊長と本部上層で実体ヴァイラスを倒していたのよ。それより…戦いのいざこだに紛れてパールのこと押し倒したってライコウに聞いたんだけど、それ本当?」
あんの野郎…死ねばいいのに。
「押し倒したんですか!?ロムさん大胆ですね!!」
「やっぱり不潔ね…」
「い、いや…それは…」
「違うよー抱き倒したんだよー」
「もっと酷い…あれ?いいのかな?」
「…そろそろ本題に入りたいんだが」
「あ、はい」
隊長の前でなんちゅう話をしてるんだ俺達は…。
「先日にC空間で音楽を利用するシステムを発見した、という所までは話したな?」
「そうでしたっけ?」
「メロウはあの時いなかったからねー」
「私も居なかったわ」
「そう思い、今回は文書にしてまとめてきたぞ」
なんと分かりやすい。流石は隊長、用意がいいなぁ。
隊長が持ってきた文書には、前回隊長が言っていたことに加えて、1.4の情報も詳しく書かれていた。
隊長の長い長い説明もようやく、まとめに入った。
「つまり、C空間を力を引き出す鍵となるのは音楽ということだ。レティシア、ディアーヌ、分かったか?」
「大体はね」
と言いつつ、隊長の文書から目を離さないレイティ。
「私はさっぱり分かりません」
…メロウは文書自体あまり読んでなかったじゃないか。
「…まあ、実際にやってみた方が分かりやすいだろう」
すると隊長は大きな段ボールを取り出した。朝に抱えていたやつかな?その中には、CDがギッシリと入っていた。
「うわっ!スゴーイ!!」
すぐさま段ボールに飛び付くパール。やっぱり音楽好きなんだな。
「この中から好きなジャンルのCDを選んでくれ」
「…今時CDですか?」
「意外にローカルなのね」
「1.4があった時代が時代だからな。LPレコードにも対応しているぞ」
CDが最先端の時代に、こんな電脳空間が造られていたってのも不思議な話だ。
3人がCDを物色し始めた所で、俺も物色してみるかな。
「30年前以上の名曲から最新の流行曲までよく集めたわね…。でも、クラシックとかインスト系の音楽が多いのは何故?」
「…それは、俺の趣味だ」
「…え?」
「え?」
「おぉー」
隊長の予想を越えた答えに、思わず手を止める俺とメロウとパール。隊長から趣味という台詞を聞くとは…。
「何だ、お前ら…何かおかしいか?」
「だってー、隊長が趣味って言うなんて、凄く意外だったしー」
まるで意志疎通をしているかのようなパールに激しく同意。
「因みに俺はもう決めてある。ショパンの幻想即興曲だ」
「ショパンさんが1834年に作曲した最後の即興曲ですね」
メロウが初めてピアニスト的な知識を披露した瞬間だった。
「その通りだ。詳しいなディアーヌ」
「いいえ…隊長さんはピアノ弾けるんですか?」
「ああ。軽く嗜む程度だがな」
と、ここで俺はやけに見覚えのあるCDを見つけて思わずニヤリとしてしまった。
「む…」
「あー、ロムといつもやってるやつだー」
これは、某音楽ゲームのサウンドトラック。既に持っているシリーズだが、なんでここに…。
「先日、ロマンが好む音楽をガイ・アシュレイから聞いておいた。C空間へアクセス可能な上に、
音楽ゲームの腕前も良いと来れば、このシステムを使って戦う上で非常に有利な事だぞ」
「はぁ…」
良く分からんが、音ゲーやってて褒められたのは初めてだ…。
「じゃあ俺は…このCDの35番を」
「な、なんで曲目も見ずに答えられるんですか?」
ドン引くメロウ。
「あたしも、同じディスクの6番にするー!」
と、俺が持っているCDの曲目に顔を近付るパール。距離が近い…。
「ちょっと二人共なんで同じCDから選ぶのよ!…私も早く決めないと…」
なんか理不尽な怒られ方をされた気がするけど、レイティにオススメの曲はある。
「じゃあレイティはこの32番が良いんじゃないかな?」
「…あ、あんたがそう言うんだったらそれでも良いけど?」
「じゃあ決定ですね」
なんかファミレスの注文みたいだ。
「今からこのCDを今からC空間に取り込む。お前達は席についてくれ。メロウ、頼む」
早速、席に着いてよっこらしょっと。本当に音楽で強くなれるんだろうか…?
毎度お馴染み、グリッド線の引かれた無機質な空間にご到着。相変わらずだ。
すると俺に続けて、パールとレイティも登場した。
「わぉ、今回男の子はロムだけだから、ハーレムだねー」
「あ…そうだね」
「?…どちらかと言えば、両手に花じゃないかしら?」
そういや、今日は珍しい事にライコウがお休み。横から水を差される事もなく、伸び伸びと出来るぜ…。
「まずは装備楽曲について説明する」
「うひゃあぁ!びっくりしたぁ!」
「ち、ちょっと!パール、大声だして驚かさないでよ…心臓に悪いじゃない!」
空からいきなり隊長の声がしたもんだから、俺もついビビってしまった…。…あれ?装備楽曲ってなんだ?
「装備楽曲?」
「さっきCDの中から選んだ曲のことでしょ?」
「その通りだ、レティシア」
レティシアに横から指摘された。どうやら、隊長のさっきの説明を聞き逃していたらしい…。
「…もう一度説明しておこう、装備楽曲は文字通り、C空間で装備する楽曲の事だ」
音楽を装備するって言われてもなかなか想像しにくいな…。
「C空間では音楽を装備し、その楽曲に合わせて身体を動かしたり、シンセサイザを操作する事で、基本原理を無視した強力な攻撃が可能だ」
「ほぉーい」
「さっきからアンタそんな調子だけど、ちゃんと分かってるの?」
「よーするにダンス踊ればいいってことでしょ?」
隊長に音ゲーやってる方が有利って言われた理由が分かった気がする。
「まずはレティシアの選んだ曲からだ。再生するぞ」
「え、ええ…」
すると急に周りが暗くなった。真っ暗って程じゃないが。
それとほぼ同時に曲が流れ始めた。普段いつも聴いている曲だから分かったけど、音質はかなり良くて、まるでヘッドフォンで聴いてみたいだ。
「レティシア、この曲で何か風景を思い浮かべてみろ」
「えぇ?そんなこと言われても困るわ…」
そうだな…俺だったら…。
「例えば…草原とか?」
「そう?それじゃあ」
あっさり俺の提案に乗ったレイティがそう言うと、真っ暗闇から、空が青く、一面緑色の草原へと変わった。しかし…。
「レイティー!なんでこんなパソコンのデスクトップみたいな草原なのー?」
「これしか思い付かなかったのよ!」
実際に目の前にすると、違和感のあるおかしな風景だな…。
「よし、ディアーヌ。シンセサイザーを頼む」
「はい」
再び隊長の天の声。目の前に現れたのは、半透明に透けたキーボードだった。
「C空間の中では、これが武器となる」
「…武器って言われても、私ピアノ弾けないんだけど」
不満そうな表情を浮かべるレイティ。俺もピアノは弾けない。ありゃあ小さい頃からやってなきゃ…。
「あたし弾けるよー」
なん…だと…?
「あんたが?意外ね」
「ちっちゃい頃から親に習わされたからねー、最近はあんまり弾かないけど」
ギターだけじゃなくてピアノも弾けるなんて、本当に意外だな…。
「じゃあパールさんの選んだ曲を流しますね」
「譜面通り弾かなくてもいい。とにかく音楽に合わせて弾いてみろ」
「はーい」
緊張感がまるでない返事のパール。ってか、音楽に合わせて弾くだけなら俺にも出来たかも。
「おわっ!」
パールが音に合わせて鍵盤に手を掛けた瞬間、鍵盤からレーザーが出た!レーザーは危うくレイティと俺の間をかすめていった。
「何処に撃ってるのよ!危ないわね!」
「ごめーん…」
ごめーんって…。当たったら熱いんだろうなぁ、レーザーだもんなぁ。
パールは最初こそ誤射はあったが、曲の終盤になるとすっかり半透明の鍵盤を使いこなしていた。
「すごいすごーい!おもしろーい!」
「慣れてくればシンセサイザーが無くても弾くイメージだけで光線を放てるようになる」
あれ?
「隊長…それって鍵盤まったく要らないんじゃ?」
「要は想像力の問題だ」
「それじゃあ音楽を聴くのも、それに合わせて操作するのも必要ないじゃない?」
「頭の中で装備楽曲や攻撃と動作、そして鍵盤を同時にイメージするのは至難の技だ。何かの音楽を大音量で聴いている中で他の曲を思い出すのは難しいだろ?」
「むふー」
確かに頭の中ごっちゃになりそうだ。その上で音楽に合わせてどう動くかなんてイメージは出来そうもない。
「さぁ、次はロマンの番だ。バスタードソードを用意したから、今から出現する擬似ヴァイラスを倒してみろ」
なんか俺だけハードル高くね?
「ロムー!頑張ってー!」
「うるさいわねぇ…」
背中越しにパールの応援、照れるなぁ。
隊長が言った通り、足元にいつものバスタードソードが。手に取っていざ!となると、緊張するなぁ…。
選んだのは聴き馴れてる曲だし、曲の展開も大体分かるけど。でも、どうすりゃいいんだ?
「隊長、俺は何をしたら…?」
「その曲に合わせて自分がどう動き、どう攻撃するか想像してみるんだ。お前なら簡単に出来る筈だ」
「じゃあロムさん、曲を流しますね」
「う、うん」
曲は大体2分くらい。まずは…そうだ、目を閉じて曲をしっかり聴こう。で、俺の前にはヴァイラスが居る…と。
ここはこの音に合わせてこう動こう。間奏みたいな所で力を溜めて、そして主旋律が変わって戻って来てからラストにかけて全力で攻撃、と。
………あれ?そんな事を考えていたら曲が終わってしまった。
目を開けたら、ヴァイラスは居なくなってる。なんで?
周りの風景もなんか変な事だし、振り返れば、そこには目を丸くして口をポカーンと開けたパールとレイティの姿が。
「ろ、ろろろロムっ!いい今のどうやったの!?」
「え?」
「もう目で追うのがやっとの動きで…私達、見てる事しか出来なかったわ…」
驚いたままのパールと舌足らずのレイティ…。一体、俺は何をしでかしたんだ?
「ろ、ロムさん…凄いです。私、あんなの初めて見ました…」
「…え?」
「素晴らしい動きだったぞロマン」
「はぁ…」
メロウまで…。まさか俺はとんでもなく変態的な事を…?
辺りをよく見てみると、この風景は俺がさっき頭の中で考えていたものと全く同じだ。
じゃあ俺が頭の中で想像した通りにヴァイラスを…?
「ちょっと隊長!どんな事をやったらあんな動きが出来るのよ!」
俺は一体どんな動きをしたのよ!誰か詳しく教えてくれっ!
「まだ詳しくは解ってないが、ロマンは脳内でイメージした自分の動きとC空間での動きをほぼ完璧にシンクロ出来るらしい。流石、俺が見込んだだけの事はあるな」
何か…突っ込み所が多いような…。
「ロムすごーい!すごいよすごいよ!」
「いやぁ…」
まぁ、褒められて悪い気分はしないからいっか…。
「ロマン、もう一度曲を流す。同じ様にやってみてくれ」
「は、はい」
これは身体に疲労を感じる訳でもなく、何度でも出来る気がする。想像で疲れる奴なんてそうそう居ないだろうし。
…なんか洒落みたいになっちまったな。
何はともあれ本当に音楽で強くなれたんだ。CSって凄い所だな…。
あのあと俺はログアウトしてまた意識が飛んだらしく、気が付いたら自分の部屋のベットで寝ていた。
時間は…CSへアクセスした次の日の朝。でも、朝にしては何だか清々しい気分だな…。
取り敢えずミルクティーでも飲むかな。冷蔵庫を開けようとすると、ドアからコンコンとノックする音が。誰だろ?
「ロムさん。起きてますか?」
この声は、多分メロウだ。
「鍵掛かってないから、勝手に入っていいよ」
ドアノブが回り、何だか気まずそうな顔をしたメロウが入って来た。…あ、そういえば俺の部屋にメロウが来たのって初めてだ…。
「どうしたの?こんな朝早くから」
今気づいた、メロウの顔が真っ赤だ。
「あの…実は、ちょっとお話があるんです」
「え…うん」
「そ、その…えっと…」
「な、なんだよ…」
可愛い…。そしてこの雰囲気は……まさか…?
「私の、お兄ちゃんになって下さい!」
あれ?なんか違くね?
「ど、どういうこと…?」
「ごめんなさい…いきなりこんな変なこと言ってしまって…」
巷の恋愛シミュレーションゲーム辺りならあってもおかしくない台詞だと思うよ。
「でも、私にはやっぱりお兄ちゃんが必要で…。もしお兄ちゃんが居なかったら、私は……だから、お兄ちゃんに凄く似ているロムさんが…って思って……すいません、忘れて下さい」
会った事もない野郎のそっくりさんになるのは嫌だけど、きっとメロウにとっては、俺が思っている以上に深刻な問題なんだよな…。
「……いいよ」
「ロムさん?」
「俺で良ければ、メロウの兄さんの代わりになるよ」
「本当に…本当ですか?」
「うん」
最初から断る気にはなれなかった。だってメロウさっきから涙目なんだもん。なんか、こっちまでもらい泣きしてしまいそうな気分だ。
ん…?お兄ちゃん…?
「メロウはこれから俺のこと何て呼ぶの?」
「あ、流石に本当のお兄ちゃんという訳でもないので、今まで通りロムさんで」
変な期待をしてしまった俺が馬鹿だった…。
と、その時!
「フフ…話は大体聞かせて貰ったぞ」
「うわっ!な、なんだ?」
どこからともなくオッサンの声が!
「何だか、凄く嫌な予感がします…」
すると突然、何もない空間から、お世辞でも30歳以下には見えないアフロ頭のオッサンが現れた!
「きゃあああぁぁぁ!」
オッサンの出現とメロウの悲鳴で二度びびる俺。
「フフ…話は大体聞かせて貰ったぞ」
「なんで二回言った…?」
「大事な事なので二回言いました」
「もう…この人、嫌です…」
「いやー久しぶりだねメロン嬢…おや?何故涙目なんだい?」
「メロウ…知り合い…?」
「はい。二度と会いたくないと思っていた方です…」
「駄目じゃないか、ロマン殿。女の子を泣かしたりしちゃあ」
「本当に話聞いてた?」
「今日は何しに来たんですか?早く帰って下さい、お願いします」
「フフ、今日はメロン嬢…君に会いに来ただけさ…私は、君が好きなんだ…」
「死ね、氏ねじゃなくて死ね」
メ、メロウのキャラクターが…。
「おっと、電話が…アカトフ殿からだ」
「ねー、もう終わったー?もうそろそろ時間だから戻すよ」
「分かった、アカトフ殿。今すぐにドロンだ」
ドロンて…。
「それじゃあ二人共、また会おう!特にメロン嬢、ごきげ(ry
…オッサンは何かを言い終わる前に姿を消してしまった。
「二度と来ないでくださいね」
あれって、瞬間移動の技術を使っていたのかな?ということは…。
「もしかして、この前にCSのデータを盗みに来たって人?」
「そうです。一目見た時から生理的に受け付けられないんです」
メロウはその時、まるで汚いものを見ているかのような目をしていた…。
「…あ、そろそろ仕事に戻らないといけませんね…」
時計を見たら、もうとっくに出勤時間を過ぎていた。
「今日は朝からすいませんでした、ロムさん。それじゃあ、お仕事頑張って下さいね」
「あ…うん」
「それと、お兄ちゃんの代わりになってくれるって言ってくれて…私、凄く嬉しかったです…」
メロウが笑った顔、初めて見たかもしれない…。
さて、俺も早く仕事場へ向かわないと。携帯と財布をポケットに入れて…と。
部屋のドアを開けると、何故か目の前にレイティが居た。相変わらず身長が俺より高いから少し見上げなきゃいけないという。ってか何でここに?
「あっ、ロム…丁度良かったわ。今日はあんたに話があって来たのよ。ちょっと時間ある?」
「え?ああ、まぁ…」
本当は全然時間ないけど、何だかいつにも増して真面目な顔だし、今日は遅刻してもいいか…。
「実は隊長の話なんだけど…」
「隊長の?」
「そう。ロムは隊長のことどう思ってるの?」
「どうって…すごく頼りになる人だと思っているけど…」
「そうよね…。でも、私は隊長を小さい頃から知っているけど…あの人、この機関の隊長に就任してから何だか変なのよ」
そういえば、隊長とレイティは幼馴染だったっけ。
「…どういうこと?」
「だって、この機関とか電脳空間とか何も教えてくれないのよ?昔はこんな隠し事する人じゃなかったのに…」
「それは…電脳空間は国家機密なものなんだし…」
電脳空間の情報は機関員以外の者には他言しないようにって、隊長に何度も釘を刺されてるしね。
「けれど、電脳空間を相対機関から頑なに守っている理由とか、それくらいは教えてくれたっていいじゃない?」
「…まあね」
悩み相談かと思ったら、何かただの愚痴だったぽいなぁ。
「きっと隊長も何か考えがあるんだよ」
「そう思いたいけど、何だか悪い予感しかしないのよ。私の勘ってよく当たるのよねぇ」
しかし女の人の勘は当てにならないっての聞いたことがある。
「だ、だから…こんなこと言うのも変だけど、もし隊長が何か良くないことをやろうとしているなら、あんたに隊長を止めて欲しいのよ」
「…え?俺が?」
「ライコウなんて頼りにならないでしょ?」
「…確かに」
「それに電脳空間のアレ、やっぱりあんたには何かあるのよ。だから…」
「ロマン、レティシア、こんな所で何を話しているんだ?」
隊長だ。噂をすればなんとやら…。
「な、何でもないわヨハネス」
「…その名前で呼ばないで欲しいと言っておいただろう」
「あ、ごめんなさい…」
ヨハネス?隊長の名前?初めて聞いた…。
「お前もどうしたんだロマン。もう出勤時刻も過ぎている。遅刻だぞ」
「すいません、ちょっと色々野暮用で…でも隊長こそどうしてわざわざ呼びに?」
「電脳空間に不正ログインがあった。相対機関リーダーのゾルレンだ」
相対機関のリーダー…っていきなり大ボス!?
「今回は俺とロマン、パール、ライナスの三人でログオンする。レティシアは俺の代わりにこの機関の指揮、統率を取ってくれ」
「わ、私が?」
「機関総括補佐だろう?他に任せられる者も居ない…頼む」
「…分かったわ。任せて」
「パールとライナスはもう既にログオンしている。ロマンも急ぐんだ」
「は、はい」
確かに隊長には怪しいところが沢山あるけど、だからといって隊長の約束を破るわけにもいかない。隊長には隊長なりの考えがあるのだと思いたい。
接続室ではサラさんとついさっき話したばかりのメロウが忙しなく電脳空間の操作盤を操作していた。
そしてモニターには赤い瞳、赤い髪の男…コイツが相対機関のリーダー、ゾルレン?
「隊長!ゾルレンによって電脳空間のシステムにダメージが…」
「俺達が出て食い止める。サラウンドエフェクトでサポートを頼む。ロマンは席に着け」
隊長も今回は敵の本大将ってことで特に本腰を入れているようだ。俺は初めて見る敵リーダーにビビリまくってるけど。
あ、メロウと目が合ってしまった。
「ログオンのスタンバイが完了致しました」
「俺は後から行く。先にログオンしていろ」
「はい」
ログオンした瞬間にその敵リーダーの攻撃が…なんてことありませんように…。