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星空舞踏会への招待状  作者: grejum
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第五章・時の渦

「お客さん、首都です」

 そう車掌に声をかけられ、プレヒズは目を覚ました。

 気づくと二階建てバスの中だった。窓の外にはガス灯や石造りの堅牢そうな建物が立ち並び、夜だというのに人々の活気に満ちていた。

 東の国の首都、ダレメントに着いたらしい。

通りが活気に満ちているということは……やはり戦争は起きなかったのだ。

 隣を見ると、ジャケットをかけたロアルがプレヒズの肩に頭をのせ眠り込んでいた。

 優しくゆすると、ロアルがゆっくりと目を覚ました。

「着いたの?」

「ああ」

 過去から戻ったあと、プレヒズとロアルはベイルの家をすぐにお暇し、その足で首都へと戻るバスに乗ったのだった。一国の姫がいつまでも失踪したままなのはまずいだろう。

「はぁ~あ。冒険も終わりかぁ」

 ロアルは残念そうにつぶやいた。

「そうだな。これから先は……」

 プレヒズはその後を続けられなかった。自分の方を見るロアルの、その瞳に遮られたのだ。

 そんな顔を、しないで欲しかった。

 自分も、同じ気持ちだったからだ。

「さて、城まで送りますよ。お姫様」

 言うと、ロアルの顔が晴れた。

「じゃあお願いするわね。今日付けで貴方を近衛兵長に任命します」

「ははぁ、無許可離隊したのに随分と出世して戻って来たものだ」

「そろそろ私がお姫様だってことを再認識してきたかしら?」

「お給料の方は頼みますよ」

「それは上の者に聞いてみないとわからないわね」

「ほほぉ、お姫様より上の者がこの国にいたとは初耳ですなぁ」

 そんな軽口を叩きながら、ふたりで街灯のもとを歩く。行き交う街の人々は、誰もここにいるのが失踪している当の姫だとは気づいていないようだった。

 残酷なほどの速度で、城が近づいてくる。

 つまりは、終わりが。

 プレヒズは、この時間が永遠に続けばいいと、そう思った。

 そして、自分なら本当にそうできることにも気づいていた。

 一方で、決してそうしないだろうということも。


 城の前まで来ると、門で銃剣つきのライフルを持った兵士に止められた。

「申し訳ない、市民はここより先へ……」

 言葉を切り、兵士はしばらくロアルの顔を見ていた。一分ほど経ち、ようやく気付いたのか、慌てて最敬礼を返す。

「失礼致しました! いやまさか……そのまさかでして」

「いいわよ。こんな格好だし。あと、この方も通してあげて」

「はっ!」

 ガラガラと門扉が開く。プレヒズは初めて城の中を見て感嘆を漏らした。中庭だけでも町がひとつ入りそうだ。そしてその庭を抜ける間中、尖塔から複数の狙撃手が自分を狙っているのにも気づいていた。よく訓練されている。自分が姫を脅して中に入ってきた無法者である可能性も捨て切れていないのだろう。

 途中、プレヒズは中庭の兵士の中に見知った顔を見つけた。

「オーウェン!」

 呼びかけると、戦友であったオーウェンは怪訝そうな顔を返してきた。

 ――そうか。

 戦争がないから、彼と俺は知り合わなかったのか。

 ひとり納得して、プレヒズは歩を進めた。

 ――生きていたなら、それでいい。

「誰?」

 ロアルに尋ねられ、プレヒズは首を振った。

「いや。いいんだ」


 そうこうしている間に城の玄関まで来ると、近衛兵や女中が迎え出てきた。が、ロアルは手を振ってそれを下がらせた。

「大臣。王と妃には私が無事に帰って来たと伝えておいて」

「しかし……は、はい。承知しました」

 ロアルに睨まれた身なりのいい男が、慌てて返事をした。

 なんと。この男は大臣なのか……。

 プレヒズは改めて、自分がとんでもない所にいることに気づかされた。

「さて、プレヒズ殿。ついてきてくださる?」

 振り返ったロアルに言われ、プレヒズは頷くことしかできなかった。


* * *


「はー、久しぶり」

 城の上階のテラスに出ると、ロアルは伸びをした。

 眼下には、夜気に揺らぐ街灯りがあった。涼しい風が頬を撫でる。

「なんというか、長いようで短い日々だったな……」

 同じくテラスに出たプレヒズはひとりごちた。

「プレヒズはこれから……どうするの?」

 ロアルに尋ねられた。

 なんと答えたらいいものか、悩む。

「さっき言った……近衛兵長になるのとかは、どう?」

 答えずにいると、ロアルにそう言われ、たじろいだ。

 そうなれば、どんなに素晴らしいことだろうか。

 たった数日だが、自分はこの姫の個人としての様々な面を知ってしまった。そして、それに好感を持っている自分にも。

 だが、プレヒズにはやることが残っていた。悲劇を回避するためにしなければならないことが。そのためには、彼女とお別れをしなければならないのだ。

 けれど、それが湿っぽくなるのは嫌だった。


 だから、プレヒズは嘘をついた。


「ありがとう、ロアル。なるよ、近衛兵長」

「本当に!? ……よーし、じゃあこれからこき使わせてもらうわね」

 そう言って、彼女は太陽のように笑った。

 プレヒズはその笑顔を忘れないと心に決めた。これから先の、自分だけの長旅の中でそれはきっと宝物のように、孤独や傷を癒してくれるだろう。


 夜中、兵士以外が寝静まった城の客室で、プレヒズはそっと立ち上がった。

 頭の中で、これからのことを考える。

 ――まずはオットーの所へ行こう。

 彼は俺に、次に用があれば仮面を作ってくれると約束していた。

 クロック・マンの時計を模したマスクを作れるのはオットーくらいだろうと、ゲリオス男爵は言っていた。だが、オットーは身に覚えがないと言った。それはどちらも間違っていない。オットーがその仮面を作るのは、これからなのだから。

 ――このまま、俺は自分自身が過去を変える前に戻る。

 この世界では、戦争の起きなかった歴史が一本の線として繋がっている。もし、自分以外がクロック・マンであるなら、彼または彼女はその一本線を行き来することしかできなかっただろう。なぜなら、“そのクロック・マン”には戦争の起きなかった歴史しか認識できないからだ。だが、過去を変えた自分自身がクロック・マンになるのであれば、戦争の起きた過去へ戻ることができる。なぜなら、自分という連続した意識を持つクロック・マンにとっては、“戦争が起きた世界”も“戦争が起きなかった世界”もしっかりと認識できる、存在した世界だからだ。


 そっと、プレヒズは二つの違う歴史の歩みを遂げた世界をまたいでしまった自分の存在を考える。

 この世界では、あとはベイルとロアルのみがその意識と記憶を持っている。だが、クロック・マンであるのは自分だけなのだ。

 そこまで考え、プレヒズはオットーに作らせる仮面はひとつだけではないことに気づいた。星空舞踏会に行く前、謎の男から渡されたカラスの仮面。あれもきっと自分自身が用意させたものなのだろう。

 ――やがて。

 やがて、クロック・マンとして“戦争の起きた過去”に戻った自分は、星空舞踏会を永遠の夜に留め置くことになる。そこで、俺は自分自身とロアルが出会うのを見届けなければならない。それがいつまでかかるのか分からないが、それが終わればまた俺はロアルに会えるだろう。

 つまりは、まさにあの星空舞踏会が閉宴した時だ。

 そっとプレヒズは目を閉じる。

 これからまた、旅が始まる。

 そして今度の旅は、隣にロアルはいない。

 自分がどれだけの間、クロック・マンとして時の渦の中で孤独を味わうのかはわからないが。

 けれど、あの日“星空舞踏会”で寂しそうにしていた少女が最後にくれた笑顔が、いつまでも自分の心を支えてくれるだろうということだけはわかっていた。


『星空舞踏会への招待状』おわり

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