表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
合図  作者: 望美
2/12

2

※薫が嫌がらせを受ける描写があります。

苦手な方はご注意ください。





入社式から数日経って、薫にとって社会人になって初めての金曜日が訪れた。

今日は薫の歓迎会を行う予定であり、普段は遅くまで残業している社員たちも定時が近づいてくると、デスクを片付け始めた。

薫も定時前には与えられた仕事を終えていて、簡単な日報を書いていた。


定時のチャイムがなると、梓と一緒に女子更衣室へと向かった。



「あー疲れた。やっと金曜日ね。薫ちゃんも今週は疲れたでしょ?」



「そうですね。やっぱり慣れないことばかりなので時間もかかってしまって。」



「いやいや、薫ちゃんのおかげで助かってること多いのよ。だから、今日は主役なんだし、思う存分楽しんでね。」



「はい、ありがとうございます。」



更衣室を出て、会社のエントランスを出ると部の社員たちが集まっていた。

薫と梓が加わると一行は歓迎会の会場へと向かって行った。




ついたのは雰囲気の良い和食居酒屋で、出てくる料理とお酒も薫の口に合うものだった。

部の社員たちはみな優秀な人たちなだけあり、経験談も豊富で、薫は純粋に歓迎会を楽しんでいた。

会も中盤に差し掛かると、薫の周りには年の近い若手社員たちが集まってきていた。



「高坂さん、結構飲めるの?」



「わりと好きな方です。」



そう聞いた男性社員は、持っていたビール瓶を薫のグラスに傾けた。

二十歳になってから、実家に帰るたびに両親の晩酌に付き合っていた薫は、比較的お酒には耐性があることはわかっていたため、今日はある程度を飲む覚悟はしていた。



「先輩、女の子にあんまり飲ませちゃダメですよ。」



そんな様子を見て、男性社員をたしなめたのは相変わらずニコニコと笑顔の透だった。



「お前と違って俺はこんな綺麗な女の子と飲める機会なんてあんまりないんだから、堅いこと言うなって!」



「そういうことやるから、振られるんですよ。」



「うるせぇ、傷をえぐるな!」



そのやりとりを見ていた周りはケラケラと笑っていた。

薫はその雰囲気を見て、軽口をたたいても良いくらいに上下関係なくお互いを信頼し合っている様子が伺えて、ここでは嫌な思いをしなくてよさそうだと、心のなかでホッと安堵した。



「そういえば、高坂さんって、うちの社長の親族が経営してる製菓専門学校でてるって本当?もしかして始めからうちの会社希望してたの?」



「あっ、はい。ずっとこの会社に入りたくて。」



「高校生のときから決めてたなんてすごいね。」



曖昧に微笑むと、なんで?と理由を聞く声が聞こえてきた。

普段なら自分のことは不用意にベラベラと話さない薫だが、お酒が入っていたことと、この人達なら必要以上に騒ぎ立てないだろうと思ったことで口が軽くなった。




「…高校生のときに、この会社で働いてる方と、少し知り合ったことがあったんです。迷ってる時にアドバイスしてもらって救われたので、憧れがあって。」



「それで追っかけてきたの?」



「いや、まぁ、そうなるんですかね。でも、向こうは私のことなんて忘れてると思うので、この話はここだけにしてください!」




周りは薫のこれ以上は触れないで欲しいという空気を感じ取ったようで、へぇーっと言うと話題は違うところへ移った。



「…じゃあさ、彼氏はいるの?」



「先輩、それセクハラ!薫ちゃん、嫌だったら答えなくていいからね!」



「いや、別にいいですよ。今は付き合ってる人はいませんし。」



また答えづらい質問かもしれないと、梓がたしなめてくれたが、この類の質問には慣れている薫はハッキリと答えた。


今まで告白してきた男性と付き合ったこともあるが、結局薫の気持ちが付いて行かずに別れることばかりだった。

そのため、薫は恋愛事に関してはどこか諦めていた。



「マジでっ!?」



どよっと周りの男性社員たちの熱気が上がったことを感じたが、薫は見ないふりをしてやり過ごそうとしていた。









「じゃあ俺なんて、「じゃあ、俺と付き合ってくれない?」




調子に乗った男性社員がノリで立候補しようとしたその声に、その場にそぐわないような涼やかな声が重なった。





その異変を感じ取った周りは、一瞬で静寂に包まれ、その声の主である透に視線を向けた。







「……えっ?…藍川、お前、こうゆうノリ珍しいな…?」



苦笑いを浮かべた先輩が、冗談だよなっと言わんばかりの表情で透に話しかけた。




「いや、本気なんで。」




追い討ちをかけるようなセリフを笑顔のまま淡々と吐いた透は、もう一度薫の方を見ると口を開いた。






「薫ちゃん、俺と付き合ってくれない?」





―――――






あの後、飲み過ぎたんだよなっと言いながら透は周りの先輩たちに連れていかれ、突然の告白に開いた口が塞がらなかった薫は梓に、気にしなくていいから、と言われているうちに会自体もお開きとなって解散となった。



その場で冗談として済まされるはずだった告白は、翌週の月曜日からも、まるで挨拶かのように何度も返事の催促をされるようになってしまったのだ。

最初は周りの社員もたしなめていたが、透は一向に止める気配を見せず、歓迎会から一週間が経ったいまも、薫は訳がわからず頭を悩ませているのだった。


初めは他の男性と同じように外見だけを見て告白するタイプなのかとも思ったが、周りの噂によれば、モテる彼の取り巻きには秘書課のモデル系、アイドル系受付嬢から総務課の癒し系まで、様々なジャンルの美女が名を連ねているらしい。

さすがにそんな方々に勝るほどの外見ではないことがわかっている薫には、謎は深まるばかりであった。






透に渡された書類の入力を終えた薫は、ちらりと腕時計を確認すると、もうすぐ正午というところだった。

今日は午後から新入社員合同の研修があるため、直属の上司にそのことを報告してからお昼休憩に行くことにした。


最後にもう一度、研修の場所を確認しておこうとメールボックスを開くと、数分前に場所変更のお知らせが入っていた。



(危なかったわ、ちゃんと確認して良かった。)



メールを開いて見ると、あまり行ったことのない旧館の第3会議室と書かれていた。

場所がよくわからなかった薫は、梓に聞こうと探したが今日はもう外に出てしまったようで見当たらなかった。



「薫ちゃん、どうかしたの?」



困ってる様子に気付いたのか、近くにいた透が薫に話しかけてきた。



(本当はあんまり関わりたくないけど、致し方ない。)



「…午後の研修場所が変更になったみたいで、旧館の第3会議室ってどうやって行けばいいんでしょうか?」



「へぇー、あんなところでやるなんて珍しいね。5階の渡り廊下通ってから、階段昇って8階まで行くとすぐだよ。」



「ありがとうございます。」



いろいろな数字が出てきて混乱しそうだったが、きちんと丁寧に教えてくれた透の言う通りにメモをとった薫は、お礼を言ってその場を離れた。



(…いつもああだったらいいのに。)



そんなことを考えながら、食堂へと向かった。





―――――






この会社の食堂は製菓会社だけあって、食後のスイーツも豊富であり、それが入社以来、薫の楽しみの一つだった。



(…でも今日は、急いだ方が良さそうだから諦めた方がいいわね。)



先ほどの透の説明通りに行くとすると、余裕を持ってここから15分はみておこうと思った薫は、今日はなくなくスイーツを諦めた。


ランチだけを急いで食べ終えると、早く行って準備をしておこうと思った薫は席を立って歩き出した。








(…しまった!研修資料、食堂に忘れてきたっ!)



5階の渡り廊下を歩いている途中で、自分の手元に資料がないことに気付いた薫は、急いで今来た道を戻ることになった。




(早めに来たから、まだ頑張れば間に合うはず…)




薫は小走りで階段を登り食堂のある階についたところで、同期の女子社員が数名歩いているのを見つけた。



(あれ?まだこんなとこでのんびりしてるなんて、もしかしてメール確認してないんじゃない?)



そう思った薫が研修場所が変更になったことを教えようと、後ろから近づいたときだった。




「高坂さん、あのメールに気付いたみたいね。今日、デザートも食べずにたったか歩いていったもの。」



「今頃、誰もいない会議室でみんなが来るの待ってるわよ。」




クスクスと笑いながら話す声のなかに自分の名前が聞こえた薫は、咄嗟に近くあった柱の裏に隠れた。








(…あー、やられた。)




その会話を聞いただけで自分が嵌められたことがわかるくらいに、薫には同じような経験が幾度となくあった。




(…焦ってて、ちゃんと確認しなかった自分にも責任があるわね…)




(…うん……平気、平気…いつものことじゃない!)




しかし、何度かやられていても傷付かなくなったわけではない。


ただ自分の目標のために努力しているだけなのに、どうしてこんな理不尽な仕打ちを受けねばならないのかと思ってしまったら、じわっと視界が滲んでいくのを感じた。

薫は、必死に平静を保とうと溢れそうな涙を必死に堪えた。




(あ…やばい…)




ここ最近は心から信頼している家族や友人に会えず、慣れない環境で孤独を感じていた薫にとって、この状況は追い討ちをかけるようなものだった。


もう涙が溢れてしまうと思って、俯いたその瞬間、優しくて大きな手が薫の肩に触れた。








「…はぁ、薫ちゃん、やっと見つけた。」




顔を上げると、息を切らした透が立っていた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ