後輩
向かいの廊下を、スタスタと足早に歩くその子は、
後輩の近藤だった。
「__こんど……」
「涼華ちゃーーーん!!」
俺の言葉を遮って、雪近が右手をブンブン振りながら、走って向かった。
まぁ、構わないが。
「あ、雪近先輩、お疲れ様です。」
近藤は、うちの中学で書道部に入っているのだが、何故か、雪近が目を付け、
「あの子は、絶対美人さんになると思うよ~ 今のうちに仲良くしておこうよ。」
なんて、入学式早々、校内でナンパまがいの事をした事が、出会いである。
「あ、野村先輩も!お疲れ様です~!」
雪近を振り払うかの様に、俺の元に小走りでやってくる近藤は、お世辞を言わなくても可愛い子だ。
髪を肩の手前まで下ろし、両耳の上にいつも小さな団子を作っている。
俺が陰で、ひつじちゃんと呼んでいるのは、内緒の話だが…
「ああ、近藤も部活終わったのか?お疲れ。」
俺の言葉の何に喜んだのかわからないが、ぱぁぁぁっと笑顔になり、
「はいっ!近藤 涼華!ただいま、部活が終わりましたっ!」
と、敬礼のポーズを取り始めた。
そして、続けざまに、
「ゴールデンウィーク、野村先輩に逢えなくって、ほんっと寂しかったんですから!だからって、教室に一年が行くのも恥ずかしくって、こうやって会えたのも運命ですね♪」
へへ、と、照れたように下をうつむいたかと思うと、
「先輩、駅まで一緒に帰りましょうよ!ね、そうしましょう~♪」
と、俺の袖口をつんつんと引っ張ってきた。
「なになに?俺はお邪魔ですか~?スルーですかぁ~?もお、道成ってば、俺の涼華ちゃんといつの間にそんな、仲良くなってんの?!ははぁーん、道成ってこう見えて、結構手が早くて、涼華ちゃんの連絡先とか聞きだしちゃってる系でしょ?ほんっと、油断できないやつぅ~。」
むっすーっと、唇を尖らせて、軽く睨みつけながら、雪近も俺に近ずいてきた。
あぁ~面倒だな…。
「そんなんじゃねぇって。変な誤解すんなよ。」
俺の言葉をニコニコ聞きながら、
「まぁ、もう時間も遅いですし、帰りながらお話しましょう♪」
ねっ?と、近藤は俺が機嫌を悪くしていないか心配しているのか、
こちらを覗きこみながら、少し不安げに俺を見上げた。
「ああ、そうすっか。」
渡り廊下を通り、下駄箱へと向かう途中も、雪近は、あれこれ近藤に話しかけていたが、
近藤は、笑ってごまかしている様子だった。
「そう言えばさ、涼華ちゃんって京都からうちに通ってるんだよね?なんでそんな遠いところから、大阪まで通おうと思ったの?
京都になら、いい書道部がある中学ってあるんじゃない?」
校門を出てすぐに、近藤に雪近が尋ねた。
確かに、うちの新関西中学校は、部活に凄く力を入れていて、全国から生徒が集まる人気校だ。
だがそれは、運動部や、吹奏楽部などに力を入れてるだけで、書道部なら、京都の方がいいところもありそうなんだが。
「あ、私…実は……の…ふっ…なの…で。」
何か隠したい事か、恥ずかしい事があるのか、近藤はぼそぼそと声にするが、その声が何と告げているか聞き取れず、
「ん。なに?聞こえないんだけど。」
と、何の気なしに俺が言ってしまったら、
「道成く~ん?女子に対してデリカシーなさすぎでしょ!もっと優しく聞けないの?
ごめんね涼華ちゃん、言いにくい事だったら、無理して言うことないからね?俺が聞いたのが悪かったからさ?」
俺のフォローをしてくれたのだろうか…。
雪近の女子への対応はメモに取りたいほどだ、いや、冗談だが。
雪近と俺を、何度も交互に見て近藤は、
「馬鹿にしないでくださいね?絶対ですよ。」
と、言った後、訳を教えてくれた。
_____え?それだけの理由?
「だから、言いたくなかったんです!お二人とも笑ってますよね?あーーん。絶対こんな反応だと思ったんですよ…ぐすん。誰にも言ってないのにぃぃ」
「いや、悪かった。笑ったつもりはないんだが、制服が気に入ったから…。理由はそれだけ?」
俺は何とか、近藤を鎮めようと話したつもりだったが、逆効果だったのか、
「言わないでください!ほら?馬鹿にしてますよね!そうですよ…。セーラー服に子供の頃から憧れてて、セーラー服って、今や全国でも絶滅危惧種なんですよ!!それに、男子が学ランだなんて…。もう、神様がここを選べって私にお告げをくださってる様にしか思えないじゃないですか~~!運命ですって!運命!!セーラーと学ランが繰り広げる学園生活…♡それが待ってると思うから、私は、長い通学路も、満員電車も耐えれるんです!!」
丁度、長い坂道を下りきった所で、近藤は言い切った感満載に、はぁはぁと膝に手をついて、立ち止まった。
俺の前を、後ろ向きで歩いていた雪近も、足取りを止めて、きょとんとしていた。
俺も立ち止まって、
「確かに…。」
と、納得していた。
全国探しても、学ランとセーラーの所なんて、ここ以外今やないだろう。
今の中学は、近くの学校でなくても、通えるなら入学が認められている。
ここ新関西中も、寮の完備もされていて全国のやつが通ってる、かなりのマンモス校だ。
まぁ、俺は近所だったし、剣道部があったから、躊躇いもなく雪近と決めたけど。
公立だが、高校も併設してあり、試験をある程度の点数さえ取れれば、高校もそのままいける、まじでいい学校だわ。
「俺も、セーラー服っての生で見たときは心躍ったよ~!もぅ、女神様たちに見えたね!
学ランは、俺的に微妙なんだけどさぁ。」
と、雪近が話す声が…一瞬遠のいた気がした。
なんだ?この違和感…。
辺りを見回すが、なんの変りもない、いつもの帰り道だ。
でもなにか違う…。なんだ?
「道成?おーい、道成君?おーい、おーい、野々村さーーん!」
「だから、俺は野村だって言って…っっ!!
雪近!!後ろだっ!!!」
俺の違和感の正体は、雪近の真後ろに突如現れた、謎の高い高い壁が放っているものだった。