『狐のお話』
「そういえば、ここに来る前に狐の嫁入りを見ました。」
思いついた事を、ぽんと口に出します。
『おお、そうか! 良かったな。綺麗だっただろう?』
「~~っ、はい、それはもう! 初めて見たのですけど、とても華やかで煌びやかで……本当に素敵でした。」
それに気持ち良くのってくれるので、思わず熱くなってしまいました。
いけませんね、落ち着かなければ。
『そうかそうか。滅多に見れるもんじゃないからな。運が良い。』
「そうなんですか? ……あ、そうですよね。」
お天気雨を狐の嫁入りとは言いますが。
あんなに豪華な花嫁行列をする程の婚礼が、そんなに再々ある訳も無いですもんね。
『どこの奴だろうなぁ。何か特徴が無かったか?』
「特徴、ですか。うーん。」
特徴、特徴……。
「えっと、凄く賑やかでした。太鼓とか、笛とか。」
厳かな空気はゼロでしたね。
『だったら上葵か三条辺りか。それだけじゃ分からねえが、あの辺りは祭り好きだからな。』
知っている地名ですが、祭り好きなのは、おそらく狐さんでしょう。
『他にはなんかねえか?』
「花嫁さんが凄い美人だったというくらいしか。」
『美人が多いからなぁ。』
あのレベルの方がごろごろ居たら怖いと思いますが。
『やっぱり分からん。』
当てるのは放棄したようです。
確かめる術も無かったのですが。
『……玖織は有り得ねえし。』
また知らない名前が出てきました。
「どなたですか?」
彼の知り合いは、キャラクターの濃い方が多いので、話だけでも結構楽しいです。
『封じられる前に何回か一緒に酒を飲んだ奴でな。この国でも有数の力を持った、九尾の狐だ。』
九尾の狐って、実際に居るんですね。
『封じられてからはあんまり会ってないが……いっつも眉間に皺寄せてこーんな顔してる。』
そう言って、彼は自分の目を、手を使って吊り上げました。
元がつり目気味なので、やらなくても良いと思うのですが……。
「……ぷふっ。」
『笑うなよ。』
じぃっと見ていたら笑えてきました。
彼は心外だとでも言うかのように、口を尖らせます。
「す、すみませ……ふはっ!」
似合わない!
申し訳ないとは思いながらも、笑いは止まりません。
俯いて、どうにかやり過ごします。
「……はぁ、失礼しました。」
『全くだ。』
そう言ってはいますが、口だけで、怒っている訳ではなさそうです。
『あとは……そうだな。髪が、綺麗な金色をしてる。』
「お兄さんの目と同じ色ですね。」
『はあ? おいおい、おだてても何も出ねえぞ?』
「え、本心ですが。」
『……おま……、いや、やっぱいい。』
「??」
何でしょう。
『あー、と、玖織についてだな。』
彼は誤魔化すように続けます。
『背が高い。俺と同じ位か。あと、霊力が、なんか……固いというか、鋭いな。刺さるんじゃないかと思うくらいだ。』
「それは凄いですね。」
『いつだったか、陰陽師に飼われ始めたとも言ってたな。あれには驚いた。その前には座敷童を連れていたし、歳をとる毎にちょっとは丸くなっていってるらしい。』
「じゃあ、もう今は優しい人になってるんでしょうかね。」
『……いや、それはないな。根本はそうそう変わらねえだろうよ。』
「ふうん。」
そういうものですか。
それにしても、金髪でつり目で……なんでしょう、どこかで……。
「……あ。」
『ん、どうした?』
「あ、いえ。雨宿りをしていた時に、似た方にお会いしたなぁ、と思って。」
他人の空似でしょうけど。
『へぇ。似た奴が三人は居ると言うがなあ。もしかしたら案外、本人だったかもしれねえな。』
「えぇ……。ああでも、私が見えていたようですし、そうなの、かも?」
元が妖怪さんなら、同じような存在であるはずの私が見えるのも、当然のような気がします。
『だったら可能性は高いな。“見える”奴なんて、そうそう居ねぇ。』
私も生前は見えませんでしたし、家族も友達もそのはずです。
そこでふと、疑問がわきました。
「祖母は、お兄さんが見えたのですよね?」
見える人だったのでしょうか。
『あいつの場合は、呪いの力で一時的に見えただけだろう。結構、遺伝するものだからな。』
「呪いって、そんなものまで付いてくるんですね。」
『かけた奴の性質によるよ。』
つまり、やっぱり守り神様は粘着質の気があると。
『あんた、あんまり罰当たりな事を考えるもんじゃねえぞ?』
「また顔に出てました?」
『くっきりとな。』
読心術……!
『まあ、あんたの気持ちも、分からんでもないが。女は怖いからな。』
「私も女ですが。」
『怒らせたら、だよ。』
それもそうですね。
『まあ、あんたは怒っても、あまり怖くはなさそうだが。』
「……そうですか?」
返しながら、はて、と。
少し引っかかるものを感じました。
「あ、でも確かに、怒っても、怖がるよりは驚かれますね。怒る事自体、滅多にありませんから。」
『感情は豊かなのに、どっか平坦だもんな、あんた。』
今日初めてお会いしたのに、的確に把握されています。
しかし何故でしょう、このもやもやした感じは……。
あんた、と何度も言われたからでしょうか。
名乗ったはずなのに、未だに“あんた”呼びなのも気になるのですが……なんというか。
……一方的に、知られている?
そしてやっと気付きました。
――私、彼の名前すら知りません。