『あの世のお話』
『ん、いや、言ってないと思うが。違ったか?』
「いえ、あってますけど……あの、祖母と知り合いだったのですか?」
訊きたいのはこれです。
『あー、そう言う程でも無いな。』
では、どういう事ですか?
それを言うよりも先に、彼が口を開きました。
『顔見知り、ってところか。あいつが入ってた病室の外に、丁度虹が出た事があってな。その時に、少しだけ話したんだ。』
「そうだったんですか。」
最初、“俺が見えるのか”と訊かれたので、滅多に見られないのかと思っていたのですが。
『後は、あいつが死んだ時にちょろっと見かけただけだな。こっちには目もくれず、嬉しそうに冥界に入ってったよ。』
「……冥界。」
『ああ。あんたらが言うところの、あの世、だな。』
冥界と言うと、少し仰々しい気がするのは私だけでしょうか。
『そう言やぁあんた、知ってるか? あそこも、もう随分と近代化されてるらしいぜ。』
ふと、思いついたように、彼は声の調子を変えて話を振ってきました。
あそこ――あの世、冥界の事ですね。
「近代化ですか。」
想像もつきません。
『ああ。俺も、知り合いから聞いた話でな。よくは知らないんだが。』
雑談ですから、全く問題ありません。
「でも、私よりはご存知なんですよね。」
『まあ、そうだろうな。聞きたいか?』
「はい。是非。」
彼はこういう雑談の方が好きなのでしょう。
先程よりも心なしか声が弾んで、生き生きしてらっしゃる気がします。
それに、これから行く予定の所ですから、知っていて損は無いでしょうし、あやふやでも聞いておきたいところです。
『そうだな、まずはやっぱり地獄とかからか。』
という事は、地獄以外にも色々あるんですね。
『大昔は獄卒の仕事は肉体労働が主で、職場も衛生的にあまり良くなかったんだがな。今じゃもう、死者の管理も施設の運営もパソコンでやっているらしい。』
「へえ。」
ネットとか、繋がっているんでしょうかね。
『名称も、冥界だの地獄だの天国だの、自由に呼んでややこしかったのを、死者の管理部分だけまとめて“幽幻会社エンマ”にして、その中に“畜生道課”とかを置いてるそうだ。』
会社!
では、獄卒さん方はサラリーマンなのでしょうか。
「エンマには制服とかあるんですか?」
『六道の区画内で働く奴らにはあるらしいぜ。他は知らんが、多分スーツなんじゃないか?』
冥界でスーツ。
なんだかシュールです。
『後は魂管理局か。エンマに並ぶでかい組織だよ。知り合いはこっちに所属してる。魂の管理が主だな。』
「魂の管理と死者の管理って、どう違うんですか?」
『簡単に言えば、自我があるかないかだな。』
「じゃあ、私は死者、と。」
『そうだ。だがまぁ、この二つは提携しててな。管理局の死神課が、死者の霊魂の回収もしてる。地域衛生課はそこの補佐だな。エンマと管理局で魂のやり取りをして、最終的に循環に組み込んでるのが流転センターだ。センターの事はあまり知らんから訊くなよ。』
「なんですか、それ。」
くすくすと笑いが漏れます。
『仕方ないだろう? その辺りの話が出ないんだから。』
彼は肩をすくめてみせます。
『後は、まぁ普通だよ。商店もあるし、民家もある。住んでるのは大半が妖怪だが。』
冥界ですもんね。
「こちらと大して変わらないんですねぇ。」
妖怪云々は抜きにして、社会構造が、です。
魂管理局だとか、有限会社エンマだとか。
まぁ、株式会社では問題ですけど。
『だな。そっちよりも平和だしな。』
「良いですね。」
平和が一番です。
『あぁ。たまにエンマで爆発が起きたりするが、二、三日で直るし、何より居心地が良い。』
「…………」
たまに爆発が起きるのが普通なんですか。
「なんで、爆発するんですか?」
『んー? それはあれだ。修羅道の罪人が暴動を起こしたり、知り合いが悪戯を仕掛けたりしてだな。』
「暴動も怖いですけど、悪戯でそんな事する方も怖いですよ! 普通しません!」
『……まぁ、普通じゃないしなぁ。』
彼は困ったように眉を下げます。
「……鬼さんの知り合いって、どんな方なんですか。」
話を聞く限りでは、ろくな人ではないようですが。
『んん、そうだな……変な帽子を被ってる、面白いものが好きな変人だな。』
「変人ですか。」
『変人だ。刑期が終わった後も死神を続ける奴にまともなのはいないからな。』
そういうものなのですね。
酷い言いようですが、悪意は感じられません。
むしろ親しみがこもっているようです。
「因みに、その方のお名前は?」
興味本位で訊ねると、あっさりと教えてくれました。
『わたぬきごぜん。四月一日って書いて“わたぬき”。“ごぜん”はそのまま、午前中とかの午前だ。』
……それは。
「……何と言うか、失礼ですけど、凄く嘘を吐きそうな名前ですね。」
常にエイプリルフールです。
『そうか? 少しばかり大袈裟だが、本当の事しか言わねえぞ?』
「あぁいえ、そういう訳ではなくて。」
そうでした。
彼は鬼。
それに、長い間封じられている訳ですし、外国の風習を知っていなくても、何の不思議もありません。
「えっと、外国の風習で、エイプリルフールと言うのがあるんです。四月馬鹿とか、万愚節とも言いますけど。それが四月一日で、その日は嘘を吐いても良いんですよ。一部ではお祭り騒ぎです。」
『へえ、そんなのがあるのか。』
「はい。たしか、午前中だけとも言われているんです。」
『ははっ、そりゃあたしかに、嘘を吐きそうだ。今度からかってやろう。』
くくくっ、とおさえた笑い声をあげる彼は、とても楽しそうです。
「悪戯好きな方なら、からかい返されそうですけれど。」
『それもそうか。』
『なら午前がいる時に、他の奴に嘘を吐こう。』
どうしてもからかいたいんですね。
「他の方も変人なんでしょう? 大丈夫なんですか?」
少し心配です。
『大丈夫だろ。冗談が好きな奴が多いからな。時雨辺りは嫌がるだろうが。』
「時雨?」
知らない名前です。
『午前と同じ、死神課の奴だよ。いつも午前と一緒に行動してる、冗談の通じないおっかない奴だ。』
四月一日さんもおっかないと思いますが。
『なんせ、午前の悪戯に使う道具は殆どが時雨製だからな。管理局内では、研究棟に引きこもって何かやってるらしい。夜な夜な悲鳴が聞こえるそうだぞ。』
「こ、怖いですね……。」
会わないことを祈りましょう。
『他の奴らはそれ程でもないんだがな。半裸だったり、いつも酔ってたりする程度だ。』
「個性的な方ばかりなんですねぇ。」
『ああ。封じられてる鬼なんかに構う、変人集団だよ。』
そう言う彼の表情は、とても嬉しそうです。
とは言っても、隙間から見える横顔の一部、細められた黄金の瞳と、上がった口角から判断しただけなのですけど。
「じゃあ、私も変人になりますね。」
現在進行形で構っていますから。
構われているのかもしれませんが。
『ああ、そうだな。』
ふはっ、と息を吹いて笑う彼の姿にも慣れてきました。
鬼というだけで怖い印象がありますが、慣れてしまえば、ただの気の良いお兄さんです。
コンビニで会った、あの見える金髪お兄さんの方が余程……いえ、止めておきましょう。
『そういやこの間、狐面をつけた、狐目の新人が入ったらしいぜ。』
「それはまた。凄く狐ですね……。」
……あ、狐といえば。
『その後のその後』
『まぁまぁ、一応受け取っといてよ』
そう言って四月一日さんに渡された会社説明のパンフレットを見ます。
一枚目、魂管理局。
二枚目、流転センター。
三枚目、幽幻会社エンマ…………あれ。
>>幽幻<<
…………あ、あぁ、えっと、そういう……。
口に出さなくて良かったと、心から思いました。