『お家のお話』
隠す必要は無いでしょう。
「守野彩月と申します。」
ぺこり、と頭を下げます。
すると、名前を聞いた彼は、何やら考えるような仕種をしました。
『守野……なあ、あんた、橘、って姓を知ってるか。』
「橘、ですか……。うーん。」
何でしょう……どこかで聞いた事はあるのですが。
『ああいや、知らねぇなら、それで良いんだが。』
「……あ。」
『ん?』
「思い出しました。たしか、曾祖母の旧姓が、そうだったかと。」
どこで、と言えば、祖母がしてくれた昔話に度々出ていたのでした。
『じゃあ、やっぱり花守の所か。』
「花守?」
『ああ。あんたから花の匂いがする。』
……そんな事を言われたのは初めてです。
「すみません、仰っている事の意味が分からないのですが……。」
『? 花守は花守なんだが……あんた、どっかに花の形の痣は無いか?』
「? ありませんが……。」
よく分からないままに答えます。
『なら、あんたの母親には?』
「ええと、無かったかと。」
記憶を掘り起こしながらそこまで言って、一つ引っかかるものを感じました。
『じゃあ、祖母か曾祖母には?』
その問いに、引っかかっていたものが浮上します。
「……ありました。」
これも、祖母のしてくれた昔話。
「私は見たことが無いのですが、祖母が若い頃、花に冒されていた、と聞いた事があります。あと……」
あまりにも現実離れした話だったので、夢物語だとでも思っていたのでしょうか。
「曾祖母は、祖母が子供の頃に、散ってしまったのだと。」
『そうか……。』
そう言うと、彼はまた何か考え始めました。
『……あんたは直系だよな?』
「えぇ、多分……。」
『今の当主は?』
「叔父……母の、弟です。」
『なるほど。男に戻したからか。』
何がなるほどなのでしょう。
全くついていけていません。
「あの、話が全く見えないのですが。」
『ん、ああ、すまねぇな。あー、と、何から説明したもんか……。何が分からない?』
少し困ったように訊かれます。
訳が分からない事だらけで、私の方が困っているのですが。
「全部です。花守も、花の痣も。お話した事しか知りません。ですので、初めからお願い出来ないでしょうか?」
『そうか、分かった。じゃあ、最初からだな。』
彼は、情報を整理するように、ゆっくりと話し始めました。
『昔々の話だ。』
物語調ですね。
『この辺りの山中にある集落に、大層綺麗な花を咲かせる木が一本あった。』
「何の木ですか?」
『さぁ、それは知らん。興味がなかったからな。まぁそこはどうでも良いんだ。』
むぅ。
『その木は随分と古い木でな。その集落の守り神とされていたんだ。』
「守り神?」
『ああ。本当は力が強いってだけの木の精で、神では無かったんだが……それだけの力を持ってたって事だな。』
ふむふむ。
『で、だ。その集落には、木を守る役割を負った家が二つあったんだが。』
「その一つが、守野、ですか?」
『ああ。それでもう一つが、橘だ。』
「橘もですか。」
『そう。橘は元は花を立てる“立花”だったんだよ。で、守野が木を守って、橘はその花が毎年ちゃんと咲くように、世話をしていた。』
『ある年の事だ。その守り神は大層寂しがり屋の女でな。集落の中から婿を取って、そいつが死んだらまたすぐに次の婿を取る、っていう奴だったんだが。』
「お子さんはいらっしゃらなかったのですか?」
『居ねぇよ。実体が無いから、やる事もやれねぇ。婿になった男は、ただずっと木の近くで暮らすだけだ。』
随分とあからさまな言い方です。
『その集落で暮らす奴らにはそれが普通で、だから婿が死んだ後、守り神は婿を求め、すぐに一人の若い男が選ばれた。……そこまでは良かったんだが。』
「?」
少し、言い淀みます。
なんでしょう。
『婚姻の儀が執り行われる前日に、その男は集落から姿を消したんだ。女と一緒にな。』
「ええっ。」
駆け落ち?
守り神様の婿が?
「え、だ、大丈夫なんですか、それって。」
『いや、まぁ、結論から言うと、大分まずかった。』
そりゃそうですよね。
『守り神にしては珍しく、“寂しいから”だけじゃなく、その男自体に好意を抱いていたらしくてな。しかも、一緒に居なくなったのが橘の娘だったって言うんで、そりゃあもう荒れに荒れて、手のつけようも無かったんだ。』
「うわぁ……」
これって昼ドラか何かですか?
『そして、三日三晩、誰も近寄れないくらい大暴れした後、守り神の木は、一気に枯れた。』
「枯れ……」
どれだけ暴れたんでしょう……。
というか、凄い大事ですよね、それ。
『木が枯れたら、花は咲きようもない。橘は花を立てる“立花”から、花を絶った“絶ち花”になり、集落から追い出された。』
「え、追い出されただけなんですか?」
守り神様がそんな事になったのですから、もっと重い罰がありそうなものですが。
『……罰が軽かったのにも、理由がある。』
「あれ、口に出してました?」
『あんたの考えてる事は、大体想像がつく。顔に出てるぞ?』
……凄いですね。
“表情が変わらないから、何考えてるか分からない”と、結構言われるのですけど。
「それで、理由は何だったんですか?」
『必要が無かったからと、とばっちりを避ける為さ。』
「とばっちり?」
『ああ。橘は、守り神に呪われた。それもどぎつい奴だ。男に始まり男に終わる、橘の血を一滴でも継いだ女を必ず殺す、花の呪い。まぁ、最初は橘の近くにいる女全てにうつったらしいが。これがとばっちりな。』
「花の……」
えげつないですね。
『で、ここからあんたの曾祖父母の話だ。』
「は、はい。」
『ここまでは理解出来てるか?』
「はい、一応は。」
今までの話からして、守野と橘、ある意味因縁のある両家が、祖母の両親の婚姻により姻戚関係になったのだろう事は分かります。
でも、何故それをしたのか。
そこが分かりません。
『大体察しはついてるだろうが、その婚姻は花守である守野と、罪人である橘のものだ。』
「はい」
『本来、木を枯らせた橘を、守野は許してはならない。手を貸す事もだ。それをやれば同罪だからな。実際、その婚姻が結ばれるまでは、徹底的に交わりを避けていたんだが。』
『ある時、誰かが言ったんだ。“これ以上、守り神様を苦しめるべきではない”ってな。』
「どういう事ですか?」
『呪いは、かけた方にも影響を与える。苦痛に苛まれ続けるんだ。』
「なるほど。」
『人を呪わば穴二つ、ってやつだな。』
神様は人を祟りますが、守り神様は精霊ですもんね。
『それで、守野は花の呪いを解こうと考えた。守り神の為なら、同罪にはならないだろうってな。橘は、当然呪いから逃れたがっていた。それまでも、しつこく婚姻を迫っていたんだ。まだ加護を受けている守野と結ばれれば、もしかしたら、とな。』
「それで、祖母の両親は結婚したんですね。」
『ああ。だがまぁ、大方恋愛結婚だったみたいだが。そこから先はよく知らねぇが、結果としてあんたに花の呪いが継がれて無いって事は、一応成功したんだろうな。』
「あれ、だったらなんで、私から花の匂いなんてするんですか?」
解けているのなら、しないはずではないのでしょうか。
『そりゃあ、長い間血に継がれた呪いなんだ。匂いくらい残るだろ。』
「そういうものなんですか……。」
粘着質……。
『そういうもんだ。近いから尚更だな。多分、ツツジ……あんたの祖母の時に解けたんだろう。』
あれ。
「……私、祖母の名前、教えましたっけ?」