表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

『見つけたお話』

「……わ、あ。丸い虹なんて、初めてです。」


……どうせ今は迷子なのです。

少々遊んでいても問題はないでしょう。


「綺麗……ああでも、これでは根元が掘れませんね。」


すうぅっと近付き、触れてみようと、手を伸ばします。

すると。


「えっ……」


手の平に、確かに冷たく固い感触が。


「まさか触れるとは……」


思っていませんでした。


幽霊だからでしょうか?

よく分かりません。


ですが、触れるのなら、座ることも出来そうですね……。


見れば、うっすらと厚みが存在している事が分かります。


「とてもファンシーですね。」


心が弾みます。


鼻歌でも歌ってみましょうか?

いえ、流石にそれは恥ずかしいので止めておきましょう。

自制心は大切です。


つぅ、と、虹の表面を撫でます。


すべすべとした手触りのそれは、予想に反してさらりとしていました。

少し冷たいのがとても気持ち良く、思わず擦り寄るように顔を近付けます。


その時。


「……?」


視界に、空でも虹でもない色が映り込みました。

虹の内側、空との境目に細く引かれた、暗い灰色。


……虹に灰色があるなんていう話は、聞いた事がありません。


指を伸ばし、その灰色をなぞってみると、どうやらそこは窪んでいるようです。


もしかしたら、隙間が空いているのかもしれません。


そんな馬鹿な事を考えて、覗き込むように顔を近付けると――


「えっ……」


灰の向こうの、深い藍に似た闇の中。

浮かび上がる、鮮やかな橙。


そこに、彼はいました。


『ん?』


外側に軽くはねた長い橙の髪を翻して、その人はこちらに振り返ります。


髪の隙間から覗く、少し尖った耳。

前髪から突き出た、人には無い、肌色とは少し違った色味の鋭く小さな突起。


しまった。

瞬間的にそう思い、体が強張ります。


やけに遅く時間が流れているような感覚の中。


とうとう、鋭く細められた、黄金の双眸と目が合い、思わず息が詰まりました。


一瞬の沈黙。


そのすぐ後、瞳から鋭さが消え、柔らかい雰囲気を纏い、その人は微かに破顔しました。


『おや、あんた、俺が見えるのかい。』


低めの、よく通る男声。


隙間の向こうの彼は、心なしか嬉しそうにこちらに近付いて、そう問います。


「あ、ええ、はい。」


それに対し、あまりの雰囲気の変わりように呆気にとられた私は、素直に答えました。


先程は少し失念していましたが、この隙間からでは何も出来ないでしょうし、なんだか悪い方には見えませんから、大丈夫……でしょうか。


『本当か! いやあ、良かった。ここ最近ずっと一人でな、退屈してたんだ。』


「そ、そうなのですか。」


随分とフレンドリーな方ですね……。


『ああ、そうなんだ。なあ、嬢ちゃん。見たところあんたは幽霊のようだが、急ぎの用事でもあるのかい?』


「いいえ、特には。ただ……」


『ただ?』


「どこへ行けば良いのか、分からなくて。迷子なんです。」


『……く、ははっ!』


こちらは困っているというのに、何故か笑われました。

心外です。


『そうかそうか、迷子か!』


“迷子”を何度も繰り返し、依然として、隙間の向こうの彼は楽しげに笑っています。


「……。……見たところ、貴方は鬼のようですが、何故そんな所に?」


『ん? ああ、いつだったか、随分と昔に、ちょっとばかり暴れていたところを巫女に封じられてなあ。』


ちょっとした仕返しのつもりでした問いは、笑いながらあっさりと返されました。


少し引きます。


「どんな暴れ方したんですか……。」


『さてなぁ。言っただろう? 随分と昔だって。何をしたかは覚えて無い。悪いな。』


「あ、いえ。」


封じられる程の悪さをしたというのに覚えていないとは、果たして本当なのか、そういう性格なのか。

どちらにせよ、今、私と会話をしている彼の柔らかな雰囲気からは、にわかに信じられません。


「あの、貴方は鬼……です、よね?」


もう一度、ちゃんと確認してみます。


『ああ、そうだ。』


「随分とあっさり認めるんですね。」


『まあなぁ。隠したところで意味は無いからな。見れば分かるだろう?』


「……そうですが、怖がって逃げてしまうかもしれませんよ。」


『そう言ってる時点で、それはもう有り得ねぇな。それとも何か、あんたは逃げたいのかい?』


「……いいえ。」


なんだか負けた気分です。


『まあ、そう膨れなさんな。』


「膨れてません。」


『そうかそうか。』


楽しげに笑う彼からは、こちらをおちょくっている様子がありありと窺えます。


『それで、なぁ、あんた。その度胸を見込んで、ちょいと頼みが有るんだが。』


「……なんですか。」


『そんなに怒るなって。何、簡単な事だ。しばらく俺の話し相手になっちゃくれないか。』


そう言えば、最初に、退屈していたとかなんとか言っていましたね……。


「……しばらくとは、いつまででしょう?」


『そうだなぁ、この虹が消えるまで、だな。』


「短いですね。」


『まあな。だが、あんたをこっちに連れ込む訳にも行かねえし、ちょっとでも話せたらそれで十分だ。』


「……私、あの世へ行きたいのですけど。」


『行き方くらいなら教えてやれるぞ?』


知っているのですね。


「話し相手になったら、教えていただけますか?」


『ああ、もちろん。』


「それでしたら、はい。」


それに、私も会話は二日振りですし、そろそろ誰かとお話したかったところです。


『そうか、やってくれるか。』


余程会話に飢えていらしたのでしょう。

彼は満面の笑みを浮かべました。


『さて、何から話そうか。時間は限られているからな。』


実際、いつまでこの虹が出ているのか分かりません。

中にいる彼なら分かるのでしょうか?


『あぁ、そうだ。』


「?」


比喩として首をひねっていると、思い付いたような声に遮られました。

そして、今度は本当に首を傾げた私に、彼は問います。


『あんたの名前は?』



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ