次の目的地は戦場です
クリストハルトは未だかつて経験したことのない緊張感の中にいた。
絶対に隙を見せてはいけない。
突き刺さる視線を感じながら彼らは今、フロースの大通りを歩いていた。
貿易都市フロース。
大陸の中心に位置するそこは、世界中から人や物が集まるこの国で一番のマーケットだ。
そこでは旅をしなくても各地の品物を見ることができ、人気の品から珍しい品までありとあらゆるものを手に入れることができる。
中でも名物は大通りで、道の両脇には隙間なく商人達の出店で埋めつくされており、一日中見ていても飽きないほどだ。
しかしそれは同時に、商人達にとっては激しい生存競争を迫られることとなる。
それだけ店が多いのだ。
巧くやらないと見てもらうことさえ難しい。
そのため大通りは楽しいショッピングの場であり、激しい戦場でもある。
商人にとっても、買い物客にとっても。
「噂には聞いてたけど凄いんだね。アルトは来たことあるの?」
クリストハルトは小声で隣を歩くアルトゥールに話しかけた。
彼は現在ローザの忠告に従い、アルスで購入した瞳の色を誤魔化すための眼鏡を装着している。
「小さい頃に母さんと叔母さんのお見舞いに行くときに手土産を探しに来たことがあるんだよ。その時は凄かったぜ。身なりで良いカモと判断されたんだろうな。母さんがいなかったらどうなってたことか…」
クリストハルト同様、帽子とカラコンで変装したアルトゥールはその時の事を思い出して身震いした。
楽しそうな誘惑はそこかしこに溢れている。
しかし2人だけで見て回るのは危険過ぎる。
アルトゥールは結構押しに弱いところがあるし、クリストハルトは言わずもがな。
目を合わせてはいけない。
キョロキョロしてはいけない。
金があると思われてはいけない。
まるで肉食獣の群れを見つけた草食動物のように、2人は妙な緊張感を保ったまま目的の屋敷へと向かった。
何とか無事に大通りを抜け、2人はフロースを収めるフェルザーの屋敷にたどり着いた。
まだ何もしていないのに、すでに一仕事終えたような疲労感だ。
クリストハルトはこれからまたアルトゥールに監視されながらお偉いさんとの会合をしなければならないことを思い、憂鬱になりながらドアベルを鳴らした…が。
「…出てこないな。」
全く人の出てくる気配がない。
聞こえなかったのか、と2回、3回と鳴らしてみる。
ここに来るまでの労力を考えると一度で済ませたかったのだが、もう1回鳴らして出てこなかったら仕方ないが出直そうと決めて待っていると、遠くの方から微かにだが足音が聞こえた。
「お待たせ致しました!少々手が離せなかったもので申し訳ございません。」
出てきたのは、若い女性だった。
態度からして使用人なのだろうが、とても使用人とは思えないヒラヒラでゴテゴテのメイド服を着ている。
「あ、ええと、コンラート殿から連絡が行っていると思いますが…」
「あぁ!お話は伺っております。クリストハルト王子とアルトゥール様ですね。どうぞ中へ。」
彼女は応接室らしきところへ案内してくれた。
コンラートの屋敷はたくさんの使用人が忙しなく働いていたが、この屋敷はがらんとしており、途中誰ともすれ違う事はなかった。
「すぐにフェルザー様を呼んで参りますので、少々お待ちくださいませ。」
そう言うと彼女は部屋を出て行った。
しばらくすると彼女は1人の女性と共に戻ってきた。
女性は2人を見た後、呆れたようにメイド服の女性に話しかけた。
「エマ、王子であるクリストハルト様は緑色の瞳をしていると聞いていたのだけど?また貴女の早とちりでここまで通したんじゃないでしょうね?」
どうやら彼女がフェルザーのようだ。
「そう言われると…コンラート様の名前が出たのでつい確認もせず…」
2人はまだ変装をしたままだったことを思い出した。
誤解を解こうとクリストハルトが口を開こうとしたが。
「王子の名を語る不届き者、正体を明かしなさい!」
それより早く、ナイフを持って斬りかかってきたメイドとアルトゥールの攻防が始まってしまい、慌ててフェルザーに事情を説明した。




