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港街アーケレ1



「ふんふんふーん」


「おい」


「ふんふんふふーん」


「おい、アニス」


「んー?」


生返事をしつつ、私は手元に集中を移す。

待って待ってー…。


「アニス!」


「あっ」


「あ…」


いきなりの大声に魚が逃げてしまった。


「んもー、ヴァンくんってば…うるさいよ」


「…すまん」


しゅんと肩を落としたが、すぐに「いや!そうじゃない!」と立ち直る。


「かれこれ何日も船の上だろ!?大丈夫なのかよ!!」


怒る青灰色の髪を持つ少年は、呆れ顔の桃灰色に詰め寄る。


「ヴァンくんね、いくら海が初めてだからってあまりにも狼狽えすぎ。

釣りみたいにじっくりゆっくり待つのー。

それに、大陸にはあと一日で着くから慌てなくても大丈夫大丈夫」


「…適当か」


がっかりと項垂れながら、ヴァンはその場に座り込む。


大陸への想いが強いのかヴァンくんは船の進行方向を見てそわそわして居る。

それを見ながらくすりと笑って、私は釣り糸と針を回収した。


トローニャ島を出て三日、ヴァンくんは船の上で騒がしい。

それが微笑ましいと言えば微笑ましいけれど、これじゃあ魚釣りは諦める他無い。


「ヴァンくん、そろそろ上陸の準備しようか」


「!」


多分尻尾があったらピンと立っていたに違いない。

私達はお部屋に戻って、ポシェットとリュックの中身を整理しながら話してた。


「取り敢えず、港に着いたら私の仲間と合流するね。

それから…んー、ヴァンくんどっかに行きたいとかある?

私達、旅の目的って各国の図書館巡ったりして気になった場所に向かうって感じなんだけど」


「あー…えっと、いや…俺は大陸の事全然知らないから」


しどろもどろに地図を見るヴァンを見て、アニスはくすくす笑った。


「じゃあ、取り敢えず赤の街に行こうかな?

港から伸びてる街道を進むだけだけど、その途中に立ち寄れる町も村も森もすごく楽しいよ!

比較的、西の方は平和だしね。

赤の街には永遠に燃える炎があるって聞いたし、もしかしたら地位の高い精霊が居るのかも!」


「精霊、か…」


ヴァンは自分の腕を見ながら頷いた。


それからはしばらく部屋で大陸の話しをしたり、合流すると言う仲間の話しも聞いた。


情報屋として活動しているユアンと言う男。

昔鉱山で奴隷として働かされて居たのを救った事がきっかけで、それからずっと力を尽くしてくれている子だと言う。

自分一人で大陸を巡るよりは情報の巡りが良いようで、アニスもありがたい事には変わりないらしいが、少し不安げな様子で言った。


「変にヴァンくんの事目の敵にしなきゃ良いんだけど…」


「…性格に難ありか?」


その言葉にゆっくりと頷く。


「悪い子じゃないの、ただ素直過ぎると言うか…いや、打算的過ぎると言うか。

顔が可愛いからお姉さん達に可愛がられる事が多くて、ちょっと有頂天になっちゃうと言うか…うん、なんて言うか性格に難あり」


「難ありか」


まあ、その点に関しては島で経験済みであはるので大丈夫だろうとあたりをつける。

不安げな表情のアニスに「大丈夫だろう」と頷くと、ホッとしたように胸に手を置く。


それから丸一日、船の上で港街の事や大陸の話しを聞いて居た。

さすが冒険者と言うべきかアニスはたくさんの事を知っていた。

地理や派閥、大陸の向こう側の話しは聞くだけで勉強になった。

その話を聞いていると、1日なんてあっと言う間だ。


「…あれが港街」


「そ、港街アーケレ。

大陸の第三港街、…ヴァンくん?行くよ?」


たったっと軽い足取りで降りて行くアニスに続き、俺はリュックを背負い直して歩き出す。


大陸への第一歩。

俺は先を行くアニスに視線を合わせる。

そこでは優しく微笑む奴が居て、なんだか恥ずかしくなって駆け足で近付いた。


「…アニス様ーっ!」


「様?」


「うわっ」


人混みから金の髪が近付いて来たと思えば、ものすごい速さでアニスに抱き付いた。

そして顔を上げると、潤んだ空色の瞳でアニスの名を呼んだ。


「アニス様…ああ、アニス様!

長い間僕を一人にするなんてっ!」


「いや一人って言うか、ユアンにはここで残って情報収集してもらった方がありがたいし」


「でも!アニス様お一人でなんて…そこらに群がるハエどもに襲われでもしたらどうするんです!?

貴女はとても美しい、その花に群がるハエなんて…僕が焼き尽くしてやりますよ」


可愛らしい顔立ちからは想像も付かないような恐ろしい形相に少なからずびびっていると、そいつの視線は俺に向けられた。


「……アニス様、なんです?この薄汚い小僧は」


「小僧?」


どう見ても俺より年下だろこいつ。

困惑していると「ヴァンくんだよ」とアニスは笑顔で言う。


「トローニャ島から託された、神の右腕を宿した男の子。

この子もこれから一緒に旅をするのよ」


「ええ!」


またも潤んだ空色の瞳で見上げ、ユアンはアニスの胸に埋まる。


「やだやだ!男が増えるなんて!!」


「もー、わがまま言わないの!

ヴァンくんは見聞広める為に大陸に渡って来たのよ?

昔のユアンも同じでしょう?知らない世界を見て見たいと思うヴァンくんの気持ち、ユアンにも分かるでしょう?」


「…うぅー」


ぐっと感情を抑え込み、ユアンは俺をぎろりと睨む。


「仕方無いから承諾してあげます。

僕はユアン、アニス様の犬です」


「は?」


きょとんとした俺を見て「ユアン!」とアニスはユアンの頭を叩く。


「誰が犬って言った!?」


「じゃあ恋人で♡」


「却下!旅の仲間!それ以上でも以下でも無い!」


「ええぇー!?」


涙を浮かべるユアンの表情に、ああこう言うやつかと心の中で溜息をこぼす。


「ユアンちゃーん、今日も来るでしょおー?」


「ん?」


人だかりから現れた衣服を着崩したお姉さん達三人が、ユアンの元にやって来た。

それにさっきまでの笑顔を貼り付けて「お姉ちゃんが帰って来たから今日から大丈夫だよ」と僕僕しく振る舞う。

俺とアニスは同時に顔を見合わせて、首を振った。


「そうなの…?また寂しくなったらいつでもおいで?」


「ありがとうお姉ちゃん達」


ぶんぶん手を振るユアンの表情が一変し「でもアニス様、こいつは」と話し始めた言葉を聞く前にアニスの拳がユアンを捉えた。


「ぎゃんっ」


「おバカ!もー…また!お、お姉さん達に可愛がられちゃって!!」


真っ赤な顔をしたアニスは、さっきまでお姉さん達が居た方向を向きながら視線を自身の胸を見下ろす。


「はれんち!」


「なんだそれ」


「私の国の言葉でえっちな事って意味!

ユアン!前に言ったでしょう!?

ちゃんと宿に泊まるようにって!!」


「だってだって…お姉さん達がタダで良いのよって…アニス様の大切なお金、使わなかったらまた違うところで使えると思って…」


シュンと項垂れるユアンに、アニスはハッとしたように拳をとく。

その様子を見ていた俺は「本音は」と問うた。


「良い思い出来ながら宿も確保出来て僕は満足で…って!?

何言わせるんですか!!」


ぎゃんぎゃん吠えるユアンに「本音だろ」と笑ってやった。


「アニス様!僕はこんな奴…と?あれ、アニス様?」


俯いてふるふる震えているアニスは、ユアンの声に顔を上げた。

そして赤く染まった顔で「ユアンの」と呟くと、さっきといたはずの拳を振り上げて渾身の一撃をユアンの頬に送った。


「はれんちぃ!!」


「ぶへっ」


ぽーんとどこかに飛んで行ったユアンを見ていると、アニスは俺の手を取って港を抜ける。


「おい、良いのか」


「放っておいても帰って来るから大丈夫!

どうせお姉さん達が甘やかすに決まってるんだから!」


ぷんすか言いつつ歩き出すアニスに手を引かれながらも俺は見た。

恍惚とした表情でアニスにぶたれた頬を撫でるユアンの顔を。

俺は「そうか」とだけ返すと、前を向いてアニスに続いた。


「……え、すぐには出発しないのか?」


「うん」


船を出て、俺達は早めの昼ご飯を食べる為に食堂へと向かった。

島とは活気の差が激しく見て取れる。

飛び交う怒号とも取れる注文の数々、フロアに溢れる人、人、人。

メニュー表にはたくさんの料理名が並んでおり、島とは比べものにもならない。


「…ヴァンくん?」


「ああ、悪い」


「五日くらいはここに居て、ユアンの持って来た情報と地図上での誤差が無いか確認。

必要な物を買い込んで、赤の街に発つ。

それまでゆっくり港街を見て回ろう?」


「あ」


気を使わせたかと思っていると、アニスはくすくす笑って首を振った。


「みんなそうだよ」


「へ?」


「みんな、初めての場所に対しての反応がそんななの。

目新しい物や聞いた事ない物に出会った時の感動は素晴らしいもの」


「……そう、か」


「だから、たくさん見てみよう!

見たこと聞いたこと、全てヴァンくんの力になる!」


にっこり笑うアニスの言葉に、俺はちらりと店の外を見て頷いた。

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