島の守り神3
「な……何してんだ!!このアホ!!!!」
「うっ」
感情の爆発が止まらない。
肩をすくめる少女に大股で近付いて、少年はさらに声の音量を大きくした。
「なんで一人で飛び込んだ!!なんでこの森の中で一人で敵に向かった!!」
「だって…今動けるの私しかいなかったし。それに誰が何でこんな事をしてるのか分からなかったし…」
「分からなかったら考える前に逃げろ!!何かあってからじゃ遅いだろ!!お前女だし!!」
「それは…まあ、いつも言われる事だけど。私が女だからやっちゃダメなんて…決めて欲しくない」
「だけど…ッ」
「それに…怒らないでって言ったじゃん……」
しおらしく俯いて両手の人差し指を合わせる。
瞬間、潤んだ桃色の瞳を見てしまい、バツが悪くなり足元に転がっている男を見てさらに声を上げる。
「ギーマ!?お前…なんでこんなところに……」
「クソッ」
面白くなさそうに舌打ちをしたのは、小さい時から少年の髪と瞳の色に対して暴言を吐いて来ていた張本人だ。
驚きを隠す事なく声に出すと、ギーマと呼ばれた少年は「お前の…」と呟く。
「お前の持ってるその色は下水色だ!!このお嬢さんとは、質からして違うんだよ!!」
「っ、」
言われた言葉に、少年は言葉に詰まって黙り込んだ。
ずっと言われて来た言葉だが、隣に居る少女と比べられたとはっきり分かった。
そりゃそうだと、腑に落ちた。
当たり前だと、心の中で納得した。
「そんなの…自分が一番、分かってるさ…」
「なんで分からなきゃいけないの?」
少年の言葉に被せるように、少女の声が響いた。
驚いたような顔を向けたギーマと少年に、少女は腰に手を当てて深く深く溜め息を付いた。
「あのね…昨日初めてこの島に来てヴァン君を見た時、私は珍しい髪色の子が居るなって思ったの。
そりゃ色の感想だったりは人の感性の問題かもしれないけど…それってわざわざ否定的な感想も本人に伝える必要ある?
それってものすっごく感じ悪いし、最低な事だと思うわよ」
「う…うっせえ!!余所者に分かるかよ!!」
「分かるわよ!!私だってこの髪色で貴方みたいな言葉を面と向かって言われた事がある!!
それがどれだけ酷い言葉なのか…どれだけ傷付くのか…考えた事なんて無いでしょ!!?
私はヴァン君の為に怒ってる訳じゃない…そう言われて来た人達とその色を持つ人達全員の気持ちを背負って言ってるの!!
貴方はその人達全員を今的に回したわ、私も含めて!!」
ギーマの声のボリューム以上の声で、少女は捲し立てた。
「それに、こんなところまで来て私に一体何の用?
どうせ私とヴァン君が人目の無い森に行ったから何かやましい事でもしてないか見に来たんでしょ。
そしてその話を色々主観を交えて島中に広めるのよね?バカみたい、なんて小さい男なの」
最後は鼻で笑って、少女は少年へと向き直る。
「ヴァン君もヴァン君よ、なんでこんな事言われっぱなしになってるのよ?
その怖い目と低い声があればこんな小心者返り討ちに出来るでしょ!?」
「いや…」
「言い訳なんて聞きたくないよ、今すぐこの場で私とヴァン君に今言った事を謝って!!」
「うっ」
「謝って!!」
ギーマは、捲し立てるように言われて怯えながら少年と少女を伺う。
怯えているのは少女に対してで、ちらちらと少女を見つつギーマは呟くように「ごめんなさい」と言った。
…正直言うと、こんな事で心が晴れる訳がない。
言われ続けた鬱憤はため込み過ぎてもう蓋も開かない。
全く気持ちのこもっていない謝罪に動かされる程、心の傷は軽くない。
「二度と言わないで…今度言ったら海に沈めてやるわ」
その時の少女の顔と言ったら…童話に出る魔人や魔王の比じゃなかった。
冒険者と言う肩書きも手伝って、少女なら本当にやりかねない。
その事で、肩の力が抜けた。
「…ふっ」
「?」
「はは…っ、はははっ!!」
「え?ちょっと…ヴァン君?何で笑うの!?」
慌てる少女に答えようとするも、少年は笑いが収まらない様子で腹を折る。
久しぶりだった。笑う事自体が、何年ぶりだっただろう。
いつも人の目を気にして、ずっと宿屋へと籠っていた。
自分の髪色や瞳の色が人と違うのは自分だけだと…そして、それは変えようのない事実でずっとついて回る事なのだと。
怯えて、怖がって、隠したがっていた自分。
そんな自分と正反対の少女が現れて、少年はひどく慌てた。
どうしてそんなに自信満々に居れるのか、どうして隠したがらないのか、どうして…そんなに真っ直ぐなのか。
色々考えはしたが、最終的には同じ場所へと落ち着く。
「あんただから、仕方ないのかもしれないな」
「ん?」
ぽんぽんと桃灰色の頭を叩く。
理屈ではない、だから動くんだろう。
「ありがとう」
「へ?」
「俺の代わりに怒ってくれて。ありがとう」
僅かだが口元を笑みの形に変えると、少女は頬を染めながら満面の笑みで微笑んだ。
「…さてと、それで?お前はいつまでここに居るんだ、ギーマ?」
「え?」
意識して笑みを作ると、少女により拘束を解かれたギーマは頬を引き攣らせながら後退る。
「お前を初め…今まで俺に散々文句垂れ流した奴全員宿屋の前に連れて来い。
今まで受けた借りをすべて一人ずつに返してやる」
ギーマの視線に合わせて言う。ついでに手首も鳴らしておく。
「ひっ」
「十分だ、十分で宿屋の前に全員連れて来いよ、いいな?」
「わ、わがっだ!!」
涙を流すギーマは、走り去るようにして森を飛び出して行った。
その後姿を見ながら、少女は「見事なトンズラ」と拍手する。
「……そう言う訳で、森の探索やらは明日に回してもいいか?
今日は今までの鬱憤を晴らしたい。明日改めて森の案内をさせてくれ」
「ヴァン君がそこまで言うなら仕方ないね、私の用事は明日以降でも大丈夫」
「ありがとう」
素直に礼を言いうと、少女は小首を傾げて少年へと問うた。
「ねえ、ヴァン君。まだ、その青灰色の髪と瞳は苦手?」
朝聞いた質問とは少しニュアンスの違うそれに、少年は微笑んで首を振った。
「いや、今は好きな色になった」
「そっか!ありがと!」
なぜ礼を言ったのか、気にはなったが質問するのは止めておいた。
今日を逃しても、まだ少女が森の奥にある神殿の謎を解き明かすまではこの島に居ると分かっているからだ。
「じゃあ宿屋の方へ戻ろうか?私も一緒に、事の成り行きを見守る事にするよ」
「それは責任重大だな、下手すりゃ母さんにバラされる」
「えっ、ヴァン君のお母さんは結構バイオレンスだね…」
「そっちじゃない」
他愛ない話しをしつつ宿へと戻ると、宿の前には二・三人の見覚えのある顔が並んでいた。
何人かが村の方から走って来て、宿屋の前に立つと…全員が少年を見て頭を下げた。
「すっ、すいませんでしたああ!!!」
「それで許されるとでも?」
にこりと笑うと、男達はすくみ上った。
後ろでくすくす笑う少女に気付き、何人かが頬を赤らめる。
「ねえねえヴァン君、この人達全員がヴァン君の髪色と瞳の色を変な色って言ってた人達?」
「へ?」
「そうだぞ、かれこれ十年以上か…俺も心が広かったもんだな」
「え?」
首を傾げながら、少年と少女を交互に見上げている男達。
ギーマは先程の少女の表情を見ているので分かっているだろうが、他の男達はいきなり現れた少女に感心を持って行かれている。
しかし質問の仕方から、決して自分達に良い方向の話しではなさそうだと言う事だけは分かった。
「へえー、じゃあすっごく心の狭いしょうもない最低なクズ達なんだね!」
「うぐっ」
満面の笑みで男達の自尊心をぶち壊した少女は、目的は達成したと近くの岩へと腰かけた。
どうやら最後まで見学して帰る気満々らしい。
少年はそれに苦笑しながら、六人のプライドぐっちゃぐちゃにされた男達へと向き直った。
「今回お前達を集めたのは他でもない、今まで散々俺の事をバカにしてくれたろ?
だから今日からはお前達の事をバカにしていこうかと思ってな」
「バカにするって…ど、どうやって…?」
不安げに顔を上げたのは、ギーマの隣に居る男だった。
ちなみにさっき少女にぶった切られた男でもある。
少年はその男に微笑みかけながら「うちの宿屋の後ろにある母屋で、酒屋をやってるのは知ってるな?」と問い掛ける。
もちろん島民のほとんどが利用している為、知らないなんて事あり得ない訳だが。
男達は困惑の為それぞれが顔を見合わせる。
「……俺も、伊達に長年宿屋に努めている訳じゃない…お前達の恥になる話しや…聞かれると困る話し。
宿屋の前は奥様方の井戸端会議の場だもんな?もちろんお前達の母親達の話しもよく耳にするぞ?」
瞬間…男達の顔が青ざめる。
それぞれが忙しなく視線を動かし、少年へと視線が集まる。
「俺の髪色がどうの瞳の色がどうの…今思えばくだらない事だったな。
俺の考え方の問題だった…だがしかし、お前達が今後さらに俺の持つ色に対して暴言を吐く場合。
俺はお前達の恥になる話しをこの島中に広めてやるぞ?」
先程の少女の表情をマネて口元だけ笑みを作ると、先程の時以上に男達はすくみ上った。
結局何故かその場で気を失う者まで現れて、男達はまたも逃げ帰るようにして去って行った。
そしてその光景を見ていた少女は拍手して岩から腰を上げた。
「すっごいね!!今までヴァン君が抱えてたもやもやの一割くらいは解消されたんじゃない?」
右手でステッキを持ちながら、少女はにこやかに微笑む。
その少女に近付いて「そうだな」と答えた。
ふと海の方を見て、いつも変わらない様子にふっと肩の力を抜く。
変な緊張をしていたようで、海を見て和んだ。
暖かな風が頬を撫で、ふわりと舞う薄桃色の髪を横目に見る。
穏やかに微笑む彼女に思わず見惚れていると…次に動き出す案件を思い出し小さく溜め息を吐き出した。
「どうかした?」
「いいや…明日の事を思うと頭が痛くてなあ」
苦笑しながら少年は自身の持つ青灰色の髪をつまむ。
どう考えたとしても、森の神殿へと少女を誘う役は俺になるだろう。
村長に続き母親までもがそれに賛同していると言うのだから。
少年は諦めてもう一度深く溜め息を吐き出す。
それもまた、仕方の無い事だと飲み込んで。