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「夏に咲いた徒花が散る時に」

作者: ジャック


「夏に咲いた徒花が散る時に」



 コンクリートで出来た道を下駄で蹴り飛ばしながら闊歩する。ねっとりと肌に絡みつく熱を帯びた夏の夜、午後七時半。空は露に塗れ霞んだ紺で塗りつぶされて、気温は三十度。

 かららん、からろ、からころろ。

 いつの間にか大きくなった足に覆いつくされた漆喰の黒。不揃いな縦筋の柔らかな木目模様。踵に描かれた千日紅の模様は私の脚に踏みにじられて。そのくせ、真っ赤な鼻緒は何時だって私の脚を削り、赤く染め上げる。

 足が痛くってもう歩けないわ。

 なんて頬を膨らませ、優しさが欲しかっただけの駄々を捏ねて、差し出された貴方の手は陽炎のように消えて行った。まるで蝉のような恋物語。だけれど、漫画のように上手くはいかなかった。夢のように都合よく貴方は微笑まなかった。

 ねっとりと透明な蜜を垂らした桃色の肌の奥、誰も触れられぬそこへと。這い、蠢き、絡み取った貴方の冷たく固い指の感触。熱に犯され惚けた脳味噌の中を泳ぎ回る小さな赤い金魚が立て、水の中を飛び跳ねる厭らしい音。夢現で花火が膜を貼った鼓膜を叩く。目が眩むほど鮮やかに私達を映し出した火薬臭い色とりどりの光の雨。それから、獣みたいな二人の吐息と甲高い私の声。真っ赤に縁どられた唇の中の黒から二人の間を伝う生臭い透明な糸。

 愛していたのかしら?

 誰も居なくなった夜の田舎道を私は下駄を鳴らしながら一人歩く。大根みたいに太い足と腕。それも、もう、気にはならないの。白いTシャツと黒い短パン姿のおかっぱ頭の私は歩き続ける。随分と大きくなってしまった私は歩くことしか出来ないから。

 そういえば、貴方の瞳の色は何色だったのかしら。おかしいわね、あんなに近くで見ていたはずなのに忘れてしまったわ。一人喉の奥を震わせ忍び笑う。

 眼前に広がる貴方の顔。瞳を閉じあって夢見心地。お囃子の音を遠くに聞いて。冷たく乾いた貴方の唇が、気取った少女の口紅に重なり合い、一秒。それから、そっと離れて、お互い顔を見合わせて笑い合った。林檎飴みたいに頬を染めながら。

 暗い路地裏。賑やかな祭りから抜け出して手を取り合い二人で寄り添う。まるで、ロミオとジュリエットのようね。なんて戯言を吐き連ね、切れた真っ赤な糸に気づかぬままに永遠を誓い合った。

 かららん、からろ、からころろ。かららららん。

 下駄を蹴飛ばし夜道を走り出す。湿気を含んで私を覆う重たい空気はまるで切り取ったあの黒く長い髪のようね。無くなった髪を撫でて私は声高らかに笑う。

 空を見上げても星は一つも顔を覗かせてなんかくれなかった。あの日と同じ夜空の下、私は甲高い声で唸り上げる。咆哮にも似た歌声を。貴方が好きだと言ったから。

 そう、あの時も、貴方が好きだって言ったから、汚れのない真っ白な浴衣を着た。その中を水色の波紋を描き金魚が泳ぎ回る可愛らしい浴衣を買った。沢山バイトをして、貴方の、可愛いね、って言葉だけを聞きたくって。うんとおめかししたの。

 それ以上は望んで何てなかった。ただ、貴方と愛し合っていられたら私はそれで十分だった。なんて、絵空事を舌で描いた。なんて、頭蓋骨の中で沸いた金平糖の乾いた鳴き声のままに。

 暑い暑い熱、ねっとりと絡みついた透明な液体の不気味な臭い。肌蹴た浴衣から覗く真っ白な細い肩。ぼんやりと見上げる、乱れた黒く短い髪の男の子。両手を伸ばし恐怖から逃げたくって、今にも折れそうな身体を抱き締めれば中がきつくなって、鈍く疼いた。

 君は甘えん坊だね。熱で蕩けた、透き通った優しい声。

 あの日私は、男を知った。女を知った。

 これが永遠に続く愛なのだと勘違いして、夢見がちな少女の張り紙を顔に付けて。

 笑い転げながら、夜の帳の中で叫び声を上げる蝉と鈴虫達。そいつらと一緒になって出鱈目な旋律を創り上げる。感情のままに。

 左手で輝いた銀は川の中に投げ込んだ。花火の怒鳴り声に少女を止めた。腰まであった髪は、うなじが見えるほど短く刈り込んでしまった。

 くだらない。子供の笑い話。されど、私に突き刺さった大きなくい。

 道路の真ん中で両手を広げて駆けていく。今日だけ、私は子供なの。袖から伸びる白い手足。足に履いた下駄が織りなす切ない音楽。

 まだ、忘れられないからじゃない。きっと、陽炎の仕業だ。そうに決まってる。

 かろろん。からろ。からころろ。

 汗の滲んだ肌が張り付き、離れていく、ぺたぺたと幼い音と共に。

 大人になった私。大人になれなかった私。

 おかっぱ頭の影法師が揺れる。黄色い電燈の下を。追いかけるように前へ、右へ、後ろへ。私の真下に伸びていく。

 目を閉じる。瞼の裏側に色付く。人で溢れかえった喧噪の中、私より一回りも大きな貴方の手が導いてくれた温かな光景。

 あぁ、何だか瓶ラムネが飲みたいわ。

 歩みを止め、歯を出してにこりと人懐っこい笑みを浮かべる。計算ずくめの嫌われ者の女王様。何も疑わず、ふわわな椅子の上で踏ん反り返ってる。

 分かった。じゃあ、ちょっと待ってて。

 そう言って走り出した紺色の浴衣を着た広い背中。竹で作られた椅子の上で足をだらしなく振りながら、愛しいその背中を目で追った。

 早く瓶ラムネが飲みたいわ。

 ぼんやり一人漏らす不服の声。からからに乾いた喉。

 お待たせ。

 不意に声がして振り返ると同時に、悪戯な瞳が私の頬に貼り付けた、透明な露が滑る冷たい瓶ラムネ。

 しゅわりと音を立て底に落ちて行ったビー玉。硝子がぶつかり合う軽やかな音。舌の上を這うキスによく似た痺れと甘味。夢に堕ちていく時みたいな浮遊感。

 瓶ラムネが飲みたいわ。

 睫毛が擦れ合い重たい瞼から色が射す。

 下駄を鳴らして歩く。ちょっと寄り道をして帰ろうかしら。

 夏祭りの終わった道すがら、ぼたりと音を立て、地面へ堕ちた少女と言う名の徒花。その御伽噺続きが朽ちかけた脳内レコードで。


初挑戦の微エロですが、書いてる間に何度か羞恥心に耐え切れず消しかけました。やはりエロ苦手ですが、練習しなければならないので……もしよければ、アドバイスを下さると嬉しいです。

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