宴会議
次席補佐官の仕事は文字通り大使館附武官の補佐である。主にスターンバック准将のスケジュール管理や、懇意にしている貴族やオストマルク帝国軍将校主催のパーティーへ付き添ったり。
「饗宴会に呼ばれたら参加者の顔、名前、役職、身分を覚えろ」
とダムロッシュ少佐に言われた。
これは、もし准将が饗宴会場で話し相手のことを忘れていても脇からコッソリ教えてあげれば、相手に失礼はないし何より准将の面子、ひいては国の面子が守られる、らしい。面倒だなぁ。俺、顔と名前覚えるの苦手なんだよ……。
でもこういうスキルは重要だ。特に貴族社会では。貴族は面子にこだわる生き物だし、何よりパーティーという場で重要な政策が決定される場合が多い。
シレジア王国を始め、貴族制を採用している国家というのは大抵“議会”というものがない。だから個人主催の饗宴会で有力貴族同士が集まり歓談しつつ政治も行う、なんてことが日常茶飯事だ。互いの利害調整も勿論忘れない。時には国の存亡がかかる重要事項を高級ワインを片手に貴族がほろ酔い状態のまま議論するなんてのもよくある。……まぁ当然、スターンバックのオヤジが酔った勢いで銀貨30枚を受け取らないよう、俺は素面で付き添い続けるのだけど。
で、この辺の事情はオストマルク帝国でも同じだ。
11月25日。
スターンバック准将の付き添いとして、首席補佐官殿と一緒にとある帝国貴族のパーティーに参加することになった。
その貴族は先のラスキノ独立戦争において、帝国に勇名を轟かせた新進気鋭の人物。なんでも、2個師団で包囲されている街を、少数の部隊で守りきったそうだ。その武勲によりその人は少将に昇進。さらには爵位が1つ上がって伯爵になったそうだ。
……へー、すごいなー、どんな人なんだろうなぁ、気になるなぁ。
パーティー会場はエスターブルク郊外に立つ伯爵の別邸。別邸のくせにやけに豪華だ……いや、別邸だからかな。土地が限られてる帝都じゃそんなに広い邸宅を建てられないし。
会場内は既にそれなりに有名な人がいる。オストマルク帝国閣僚、大貴族、各国の大使や駐在武官などなど。死ぬ気で覚えた「オストマルク帝国重要人物リスト」が早速役に立っている。あぁ、ダメだ。耳から記憶が零れ落ちそう。
しばらく経った頃、主催者である伯爵家一同が入場。その一団には見た事のある顔があった。今回のパーティーの主賓、リンツ伯爵だ。
「伯爵、今回はお招きいただき感謝に堪えません」
「いえ。私も予てより噂に聞いていたシレジアの若年士官に会ってみたくてね。噂の士官というのは君の事かな?」
知ってるくせに、まるで今日初めて会ったような対応をする伯爵。まぁ仕方ないか。オストマルク義勇軍の指揮官はカーク准将ってことになってるし。カーク准将、もといリンツ少将の扱いって軍内部ではどうなってるんだろうか。
「ユゼフ・ワレサ大尉です。どうぞお見知りおきを」
「ほう……大尉か」
これを聞いたリンツ伯爵は本当にびっくりしていた。それもそうだな。予め聞いていても、書類のミスか何かだと思うだろう。
「さぞ、武勲を立てたのだろうね」
「いえ、伯爵ほどではございません。それに、運が良かっただけの事です」
「フッ。若いのに殊勝だな。スターンバック准将、そしてワレサ大尉。こんな拙い会だが、どうかゆっくりしていってくれ」
知ってる人を知らないふりをするのって案外疲れるもんだな……。
リンツ伯爵は他の参加者と挨拶しまわっている頃、俺の上司も挨拶回り。時々スターンバックのオヤジが名前を忘れていたので、その都度、俺かダムロッシュ少佐が後ろからコッソリ教える。形式とは言え疲れるし、また多くの場合、滅亡待ったなしの国の駐在武官に対する扱いは結構ぞんざいだった。スターンバック准将とコネを作るより、他の国の武官や貴族とのコネの方が重要だもんね。
挨拶がだいたい終わった後は、パーティー会場は政治の場となる。いくつかの貴族や武官が別室に姿を隠しているのが見えた。たぶん、そこで重要な話し合いが行われるのだろう。聞き耳を立てられないように、扉の前には護衛の者が2人ついている。
スターンバック准将も、オストマルク帝国の男爵との会談をするため別室に下がった。准将にはダムロッシュ少佐がついていく。俺は部屋の外で警戒待機。男爵の補佐官と思わしき女性が俺と一緒に部屋の外で待機してくれる。見た目は若いけど、何歳だろうか。あとどっかで見た事あるような……。
そう思っていたら、彼女の方から話しかけてきた。
「ワレサ大尉、ですね? ラスキノ戦役で義勇軍として参加したという」
彼女は顔も視線もこちらに向けず、毅然と屹立したまま口だけを動かした。
「そうですが……貴女は?」
「私は、フィーネ・フォン・リンツと申します。フィーネと御呼びください」
「リンツ……?」
「はい。此度の饗宴会の主賓であるローマン・フォン・リンツ伯爵の三女です」
彼女はそう言うと、俺にだけ見えるように懐から身分証を見せてきた。知り合いの親戚と言うものは、どうやらそこら中にいるものらしい。
「しかし、予め聞いていましたが本当に若いですね。年齢を聞いても?」
「構いませんよ。まだ15歳です」
「……本当に若いですね」
大事なことだから二回言ったようだ。自分でもそう思うけどさ。
「でもフィーネさんもお若く見えますが?」
「女性に年齢を聞くつもりですか?」
「こりゃ失敬」
でも俺に対する応対の仕方を見るに、年上なのは間違いない。……いやこの世界で15歳は軍としては最年少だから年上以上なのは仕方ないけどさ。
「14歳です」
「はい?」
「14歳だと言ったのです」
……?
「フィーネさんじゅうよんさい?」
「34ではありません。14です」
マジすか。軍隊の低年齢化が著しいのはシレジアだけじゃないのかね。てか俺、年下に「若いね」って言われたのか。どういうこっちゃ。
「……若いですね。オストマルクでは普通なのですか?」
「いえ。任官されるのは最短でも15から。通常は18歳程度です」
「ではなぜ?」
「オストマルク帝国の一部士官学校は、最終学年時に軍曹待遇で軍役に就くか、もしくは武家貴族の部下として働くことができるのです。私の場合、今この部屋の中で政治をしている男爵閣下の護衛を務めているのです」
ほーん。面白い制度だな。インターンていうか教員研修みたいなもんかね。じゃあフィーネさんは軍人ではなく軍属か。
「閑話休題。私は今回、男爵の護衛としてではなく、リンツ伯爵の娘として大尉に会いにきました。今なら、貴方の上司に邪魔されずに会談ができます」
「……まさか、男爵がスターンバック准将と会談しているのは」
「伯爵の作戦です。スターンバック閣下にはオストマルク特産の強いお酒を渡しておきます」
リンツ伯爵怖いなぁ……。




