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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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心無き歓迎会

 時刻は18時。夕食の時間である。

 本来であれば次席補佐官である俺は大使館附武官や特命全権大使などのお偉いさんと一緒に食事なんてしないのだが、俺の着任祝いを兼ねたパーティーを開くらしい。だから絶対遅刻するなよ! って書記官の人に言われた。子供じゃないからそんなしつこく言わなくても大丈夫だよ……と思ったけどまだ15歳か俺。相手からしてみれば十分子供だな。ちなみに通常は食事の時間に食堂でメシ。偉い人は自室でむしゃる。今回だけが特別。


 食堂、もといパーティー会場には特命全権大使以下、文官のお偉いさん上から5名大使館附武官以下、武官のお偉いさん上から2名、その他数名の職員がいる。なんでこんなに集まってるんだ……胃が痛いです……。


 乾杯の音頭は大使がやり、その後駄弁りつつ食事をする。ただし主賓という立場である以上、俺は話しかけられる頻度が多く、色々な質問が飛んでくる。主に身分と年齢に似合わない階級章について。おかげで食う暇がない。


「15歳で大尉と聞いて、最初は公爵かあるいは閣僚の息子かと思ったものだが、なんと農家出身とは驚いたよ」


 首席補佐官のダムロッシュ少佐は嫌味ったらしい笑顔でそう言った。殴りたい、この笑顔。

 まぁ、そんなことも言いたくなる気持ちもわかる。こいつが15歳の時に、大尉もしくはそれに準ずる階級だったかと問われれば、普通の人間だったら「いいえ」としか言えないだろう。まぁ俺と同い年でさらに階級が高い人が1人いるけどね。


「……恐縮です」


 さっきからこれしか言ってない気がする。いやそれ以外返答しようがない。王女殿下に「言動には気をつけろ」と釘を刺されたし、大公派である彼らが俺の事をどこまで知っているかも知りたい。


「農民の士官というのは決して珍しくはない。だが大抵の場合出世は遅い方だ。こんなに早いとなると、士官学校在学中に武勲を立てたということだろう?」

「……そうですね」

「どうかな? 差し支えなければ、何があったか教えてはくれないか?」


 差し支えあるので嫌です。と言えるほど偉くなったつもりはない。相手は同じ武官だから軍機云々は通用しないし、階級も歳も役職も上だし、ここで嫌われて明日以降の業務に支障があっては困る。なんとかして誤魔化さないとな。


「えー……つい先日のラスキノ独立戦争に従軍しました。ラスキノは兵員不足だったので、士官候補生である私も隊を率いて戦ったのです。それが評価されたのだと思います」


 嘘は言ってない。全体の八分の一程度しか言ってないだけだ。


「ほほう。しかしそれだけでは、頑張っても中尉にしかならないな」

「はい。不思議ですね。私も人事の人に理由を聞いたのですが、結局なぜ大尉なのかは納得しきれなくて……」


 嘘は言ってないよ? 俺もこの人事、理由全部聞いたけど納得してないから。


「では前線から離れ、駐在武官として赴いたのは不本意ではないか? 貴官はどうやら前線の勇であるようだし」

「とんでもございません。確かに祖国を離れたことは少し寂しいですが、誉れ高い方たちと一緒に働けるとは大変栄誉なことだと思っています」


 とりあえずおだてておく。


「ほう。貴官はどうやら私たちのことをよく御存知のようだ」


 あ、ヤバい。ちょっと言い過ぎたかも。ダムロッシュ少佐が「俺らのこと調べたんか? あぁん?」みたいな雰囲気になってる。調べたのは俺じゃないよ。エミリア王女殿下だよ。


「えぇ。出発前、友人から聞いたのです」

「友人? どんな方なのかな?」


 なんかあからさまにグイグイ来るね。嘘は吐かないようにしないと。下手な嘘ついて、後で追及されたら面倒だし。


「私と同じく、平民出身の士官候補生です。その友人はオストマルクに旧知の方がいるようなので」


 ただしこの友人(ラデック)がさっき言った友人(エミリア)とは同一人物なのだとは言ってない。

 ……うん、ほとんど嘘だよねこれ。


「なるほど。ということは又聞きになるのか。だとすると貴官が聞いた情報は間違っている可能性があるな」

「そうですね」


 その資料と言う名の友人から、ダウロッシュ少佐のことはよく聞いている。曰く「シレジア=カールスバート戦争の時、第3師団の情報参謀補として従軍。当時の階級は中尉で、戦後大尉に昇進。昨年の10月に少佐に昇進し、同時に大使館勤務となった」ということだ。第3師団か、懐かしい響きだ。「俺もあの師団にいたんですよ」って教えたら少佐はどんな顔するだろうか。


 その後も俺は、興味本位の質問なのか探りを入れた質問なのか、根掘り葉掘り色々聞かれて、それをなんとか誤魔化しているうちに夕食の時間は終わった。結局、夕食は三分の一しか食えなかった。畜生め。



……こんなことがあと数年続くなんて、先が思いやられる。




---




 ユゼフ・ワレサがエスターブルクで将来に一抹の不安を覚えていた時、エミリア王女も大変うんざりしていた。


「エミリア王女殿下は大変見目麗しく、そして軍の少佐とは、いやはやシレジアの未来は安泰ですなぁ!」

「恐れ入ります」


 この日、エミリア王女、もとい総合作戦本部高等参事官エミリア少佐の着任祝いパーティーが王都で行われていた。参事官と言えど、通常ならこんなことはしない。エミリア王女も開催を望んだわけではなかった。だがエミリア“王女”という特殊な立場によってこのパーティーが開かれたのである。無論、このパーティーにかかる費用は全て軍務省の予算内で行われ、そしてその予算は国民の納税によって成り立っている。この国の貴族や高級官僚と呼ばれる人種の人々は、国民からの税金、ひいては国家財政を自分に対する給料かお小遣いだと勘違いしている節がある。


(ある意味、ユゼフさんは国外へ行ったことは幸せだったのかもしれませんね……)


 このような状況を一農民であるユゼフに見せるのは酷ではないか、という意識がエミリア王女の心の中で駆け巡った。そして既に手遅れであることを思い出した。ラスキノ戦前、彼が強烈な貴族批判をしていたからだ。




「殿下、大丈夫ですか?」


 エミリア王女の侍従武官であるマヤ・クラクフスカ公爵令嬢が心配してやってきた。


「え、えぇ。大丈夫ですよ」

「本当ですか? 思い詰めているようにも見えたのですが」

「大丈夫です。それより、ココで“殿下”はやめてください。私はたかだか少佐です」

「15歳少佐でたかだかと言うのもおかしい話ですよ?」

「まったくです」


 現国王の子であるという武勲だけで少佐に任じられ、王女と言うだけで高等参事官という職を与えらた。そして、そんな少佐に対して給与が支払われる。勿論、それも税金である。


「どうします?」

「どうするとは?」

「適当にお茶を濁して帰りますか?」


 どうやらこの公爵令嬢も帰りたいようである。そう目が訴えている。

 それもそのはず。この歓迎会の主催者は大公派貴族だ。故に出席者も大公派の貴族や将校ばかりで、人脈作りという点ではまったく役に立たない集まりなのだ。外面では良い事ばかりを言うが、本当のところは「軍内部は大公派で占められてるんだぜ?」をアピールしたい場なのである。


「……濁せるんですか?」

「えぇ。王女という立場を利用されてこんな会に出席されてるんです。だったら私たちも王女と公爵という立場を利用して逃げましょう。勝ち目のない戦は逃げるが勝ちです」

「……そうですね。私も無能者と交流を図りたいとは思いません。さっさと濁しましょうか」




 10分後、エミリア少佐は急な体調不良を申し出て会場から退出したそうである。

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