近くて遠い道のり(改)
王立士官学校の学生は全員寮生だ。
当たり前だけど男子は男子寮、女子は女子寮。貴族・王族とそれ以外の平民で寮を分けることはしない。
戦場じゃみんな公平に死ぬから、という理由らしいが予算がないという理由もありそう。
そして学生の男女比は4:1で圧倒的に男子が多い。そりゃそうだ。軍人になろうっていう女子がそんなに多いとは思えない。
そのため、男子寮と女子寮の数も違う。女子寮はひとつだけだが、男子寮は4つある。
もう一度言おう。女子寮はひとつだけ。サラ・マリノフスカはそこに行かなければならない。
彼女が持っている物をハゲ野郎共がまだ取り戻そうとしてるなら、あるいは彼女自身を捕らえたいのなら、女子寮の入り口前で待ち伏せすればいい。
入り口の前じゃなくてもいいな。俺だったら女子寮へ向かう道に張り込むよ。
彼女はそこを通らざるを得ない。相手ハゲもそれはわかってるだろう。
「というわけです。理解しましたか?」
「わからないわ」
「端的に言うと危機ってこと」
彼女はあいつらの頭燃やしたからね。たぶん怒ってる。激おこぷんぷん丸だ。
彼女はすっきりしただろうが状況は悪い。何が何でも復讐しようとするだろう。
そして彼女の……いやもしかすると俺の頭髪も燃やそうとするかも。30までハゲになるのは俺は嫌だ。
今すぐ戻ればまだ間に合う? いや、もう遅いな。彼女が適当に逃げたおかげで、現在位置は女子寮とは反対側だ。
つまるところ、彼女はあいつらに「頭の火を消して女子寮への道を塞ぐまでの時間的余裕を与えてしまった」のである。
さて、どうしたものか。
見捨てる、という選択肢はない。ここまで事情を聞いといて「そうですかじゃあ頑張ってください」と言えるほど勇敢じゃないし。そんなことしたら罪悪感で死ねる。
つまりやることは「女子寮への道を強行突破し、サラ・マリノフスカを女子寮まで送り届け、そして自分も撤退する」ということだ。単純で良いね。
戦力は俺とサラ・マリノフスカの2人。
「相手は何人で誰なんです?」
「5人よ。ハゲ以外の男は知らないわ」
「ハゲは誰なんですか?」
「……あなた知らないの?」
はて、有名人なのだろうか。
「第5学年のセンプ・タルノフスキ。法務尚書プラヴォ・タルノフスキ伯爵の四男よ」
「……マジで?」
「私は嘘吐くの嫌いなの」
マリノフスカさんは、そうハッキリと言った。
尚書というのは、前世世界で言うところの大臣に相当する。あいつの親父は法務大臣、ってことだ。
……おいおい、俺らそんな奴に水やら火やらを投げつけたのかよ。
「ま、あんまり気にしなくてもいいわよ。所詮奴は四男。余程のことがない限り爵位を継がないだろうし、尚書なんて器じゃない。それに士官学校じゃ殴る蹴る魔術の投げ合いは日常茶飯事、伯爵もそのことは知ってるはず。毛根が燃え尽きたところでせいぜい『訓練中の不幸な事故』ってことになるだけよ」
その「訓練中の不幸な事故」とやらを起こした責任を問われそうな気もするんだけど。
「詳しいね。もしかしてマリノフスカさんってお嬢様?」
「……お嬢様って程じゃないわ。ただの騎士の娘だもの」
「ふーん?」
まぁ、深く聞くのはよそう。貴族の問題に平民の俺が首突っ込むのは色々アカンしな。
「で、私達は結局どうすればいいのよ」
「そうだなー。とりあえず、女子寮通りがどうなってるか、偵察でもしてみますか」
敵と戦う前は敵の情勢を知ることが基本だしね。