ある王女の回想
あれはいつのことだったでしょうか。
士官学校時代に共に学んでいた時でしょうか、それともクラクフで共に仕事をしていた時でしょうか。
「……国が滅びるというのは、どういうことなんでしょうか」
これをユゼフさんに聞いたことがあります。
何の気なしに聞いた質問でした。私は別にシレジアという国を滅ぼしたいわけではありません。末永く生き残ってほしいと思っていましたし、今でもそう思っています。
彼は一瞬目を丸くしましたが、そのあと宙を見つめながらこんなことを言います。
「うーん、まだ国を滅ぼしたことないですからなんとも言えませんが……」
まだ、という言い方に少し笑ってしまいそうになりました。
まるで将来、国を滅ぼす予定があるような言い方です。
「おそらく殿下が想定しているのは、わが国が他国からの武力侵略を受けて滅亡した場合のことだと思います。そしてそれはつまり『自国政府が消滅して他国政府に統治権が奪われる』ということ……わかりやすく言えば、自国民の生殺与奪権を他国に奪われるということです」
「生殺与奪権、ですか」
「えぇ。奪うも殺すも他国の自由です。まぁ自国政府も自国民に奪うも殺すも自由というわけじゃありませんが、武力侵略を試みる他国政府よりも信用できますでしょう?」
確かにそうです。
シレジア王室を信用できない、シレジア貴族は地獄に落ちろと考える国民は少なくありません。しかしだからと言って、東大陸帝国やリヴォニア貴族連合を信用しようとする国民はもっと少数です。
それに、もし自国政府が理不尽な要求をしてきても、自国政府故に反抗は容易です。
しかし自分の生き死にの権利を他国政府に奪われたとなれば話は別でしょう。彼らは自国民ではない人間には容赦しません。
現に、過去のシレジア王国もやってきた話です。
かつてのシレジア王国が近隣諸国への侵略をしていたとき、現地住民には容赦がありませんでした。
「そういえば、わが国も過去に東大陸帝国やリヴォニアの領土を侵略占領したとき、現地住民の虐殺や追放をしていたという歴史がありましたね……。それと同じことが起きるということですか」
「しかしそれは100年以上も前の話……と言えない部分はあります。むしろ長い年月をかけたことにより、一層の憎悪が育まれているかもしれません」
一層の憎悪。その言葉の意味を、理解したくはありませんでした。
それはかつて神聖ティレニア教皇国が、南方大陸先住民を「異教徒」と断じて行った浄化政策を思い出しました。
「浄化」という言葉からは想像もつかないような醜悪な悪意――異教徒のレッテルが貼られた男性に対する去勢手術、女性に対する「清純な教徒」とまぐわうことで行われる血族の「清純化」、不純と看做された子供に対する虐殺――それらは今なお教皇国に対する、畏怖と恐怖を残しています。
それがシレジアで行われたら?
そこから先の想像を仕掛けた時、ユゼフさんが止めてくれました。
「殿下、想像力が豊かなのは結構ですけれど、深追いすると沼から抜け出せなくなりますよ」
「……はい」
私は以降、それを考えないようにしました。
考えたところで、やるべきことは変わらないから。私はすべきことをするだけ。
シレジア王国第一王女として、この国の安寧を願い、そして願うだけでは叶わないことを理解して前に進む。
――そう、決意したのに。
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「殿下、リヴォニア貴族連合軍が西部国境地帯を突破。既に国境沿いの我が軍は総崩れ、敵は王都シロンスクまで十数キロの距離まで迫ってきています」
「……マヤ」
「殿下。ここまでです。どうか脱出の準備を」
「…………嫌、です。私は」
「失礼ながら殿下に拒否権はございません。……これは国王陛下からの勅令なのです」
「……おとう、さまの……、なぜです……?」
その後、私が何をしたのか、どうしたのかをあまり覚えていません。マヤが何をしたのか、何を言ったのか、この国はどうなるのか。お父様は、住民たちは、私たちは――。
気づけば私は着の身着のままの姿で、質素な馬車に揺られながら、逃げ惑う住民たちと数が少なくなった友軍と共に、王都シロンスクを脱出していたのでした。
王都失陥の報を受けたのは、その3日後のことでした。
この番組は「許さねえぞ…よくもオレ様をここまでコケにしてくれたな…。〇してやるぞ、プーチン!」の提供でお送りします




