帝都攻囲戦 その5
前話が11/11投稿で今日が11/18なので実質一週間ぶりですね。
城塞攻略、あるいは都市攻略戦において、外部からの攻撃のみによって陥落した例はそれほど多くない。
たいていの場合、内部において虚々実々の工作を行って士気を削ぎ、降伏に至らしめる。これが基本である。
ユゼフ・ワレサと言う人間もそれを理解している。
クラウディアに帝都そのものの損害をできる限り抑えるよう、政治的な要請を受けたからにはなおさら「工作」が重要である。
「外は派手にやっているようだね」
「それが彼らの仕事ですので」
帝都エスターブルク中心部。皇帝が住まう宮廷を望むことができる中心市街のとある路地において、愛国的売国奴である男女ふたりがいる。
ひとりは実際に我が身愛しさに祖国を売り渡した前科がある男、クルト・ヴェルスバッハ。そしてもう一人は、祖国以外の国家は売り渡す情報省所属の士官、フィーネ・フォン・リンツ。
内戦最中のデート、というわけでは勿論ない。フィーネには別に想い人がいるし、ヴェルスバッハは女性に興味を持たない男である。
「では、私たちも為すべきことを為すとしようか」
帝都を守備するはずだった部隊は、郊外に展開するシレジア王国軍迎撃のために既に出払い、その警備は戦時だというのに穴だらけだった。
この2人にとって、今の帝都で行けない場所はない。帝国中央銀行の地下金庫でも、情報省の機密資料室でも、とある人気舞台俳優の愛人の家でも、どこにでも行ける。それは赤子の手をひねるよりも容易なこと。
それはこの帝国において至尊の地位を持つ男が住む場所であっても同じである。
「興奮するよ。こんな愛国的売国行為をするなんて、つい数年前には思ってもみなかったことだ。あの時殺した偉大なる大統領閣下にも教えてあげたいね」
ヴェルスバッハはとても楽しそうに、そんなことを言うのである。
今回は戦場を離れ、こんな相棒と2人で仕事をしなければならないフィーネは、とてつもなく深いため息を吐くしかないのである。
これが「一月政変」の趨勢を決定する超重要任務というのは、誰も信じてくれないかもしれない。
「それでは再確認です。目標は3つ。最重要は『皇帝陛下の確保、保護』です。これは絶対成功させます」
「では再度の確認だが、どっちの『陛下』かな?」
「わかって言ってますよね?」
「認識の齟齬があっては困るだろ?」
「…………フェルディナント陛下です。ヴァルター皇子などではありません」
フィーネは舌打ちしそうになるほど、あの皇子が嫌いである。正直なところ、このクーデターは失敗する公算が高い。多少時間をかければ、反皇子派が団結して帝都を奪還するからである。
だが今、フィーネたちがこれほどまでに焦っているのは、このクーデターの真の目的が単なる時間稼ぎでしかないことを知っているからである。クーデターによってオストマルク帝国が、シレジアと東大陸帝国の戦争に介入する暇を与えられず、その間に東大陸帝国がシレジアを占領する算段なのは明瞭。
だからこのクーデターを早期に解決しなければならない。
幸いにも、シレジア王国軍は東大陸帝国軍に対して善戦している。国土の半分を奪われてなお、統一された動きをしている。
だがそれも冬が明ければ、どうなるかわからない。
だからフィーネ、そしてユゼフたちは焦っている。ここが生命線なのだと。
この状況を理解できていないのはヴァルター皇子とその仲間の貴族くらいなものである。彼らはシレジア王国が介入しないうちにクーデターを成功させようと考えてこの時期を選んだ、と思っている。実際には逆なのに、彼らはそれに気づいていない。
彼らのありもしない矜持に縋る大馬鹿野郎ぶりをフィーネは嫌っていた。
「あれを陛下と呼ぶくらいなら、私はシレジアに亡命します」
割と本気の声で、フィーネはそう言った。
「それはさておき、第二目標は『観光客』2人の確保です。監視はしていますよね?」
「あぁ。私の麾下の部隊が監視している。対象は現在、宮廷にいる。どうやら『陛下』と面会しているようだ」
「……チッ」
珍しく、彼女は舌打ちした。
ここでヴェルスバッハが言った「陛下」とは、簒奪を試みた方の「陛下」である。
その陛下が観光客と何を話しているのか、嫌な想像をしてしまう。
「この2人は、確保が無理ならその場で処分します。尋問したいですが、する時間がない場合はしません」
「過激だね」
「……時間がありませんので」
フィーネは観光客のうち片方の正体はおおよそ見当がついている。いや、どこの人間かはわかっている、と言い換えた方が正確である。
問題は、もう片方の方だ。こちらの方が、最も厄介かもしれない。
「……その観光客、身なりと人相を教えてくれますか」
「この前言ったはずだが?」
「…………認識に齟齬があってはいけませんので」
フィーネが聞くと、ヴェルスバッハが肩をすくめながら答える。
彼の言った観光客の、もう片方の方は、フィーネの記憶の中で合致する人物がいる。どうか他人の空似でありますように、という祈りが、フィーネの心のうちにあった。
けれどフィーネの冷静を保っている脳が、その祈りを否定する。
この状況下で、あの人がいる可能性は十分にあり、何をしているのか、何を目指しているのかを理解できる。
「……作戦開始時刻は1800。あなたの麾下の監視部隊も、私たちと合流して任務に参加させてください」
「了解、お嬢さん」
2月14日の帝都。
わずかに雪がちらつくこの街で、戦争の趨勢――いや、歴史の転換点となる静かなる戦いが幕を開けようとしていた。
それが、ある不幸の幕開けであることなど、知る者はいない。




