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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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帝都攻囲戦 その3

『いいですかフィーネさん。俺たちがやるべきことは、帝国クーデター軍の撃滅です』


 思い出すのは、私をこんな風に働かせている大佐の言葉だ。

 確かに彼に無茶を言ったのは私達オストマルクの側だ。クーデターから救ってほしい、けど市街地への被害は最小限に、なんてのは無茶が過ぎた。


 けれどその無茶に応えてくれるんじゃないか、という期待はあった。そしてその期待に、本当にユゼフ大佐は応えてくれている。ありがたいことだ。

 ……私がこんな風に働かされていることに目を瞑れば。


『市街地を守りつつ敵軍を撃滅するには、如何にして敵軍を平原決戦に引き込むかにかかっています。しかしながら数的には有利なはずなのに、今彼らは出てきていない。何があったかは知りませんが、敵は籠城を選択したようです』

『それで? 籠城されて困っているから市街地に乗り込むと?』

『籠城している敵に対して正面攻撃は愚策ですよ。策を練らないと』


 そうやって策を練っているときの大佐の顔は、まぁ、なんだか楽しそうです。不気味でもあります。大抵の場合その策はえげつないもので、そして大抵の場合上手く行ってしまうようなものですから。


『その手助けをするつもりで、フィーネさん――いえ、帝国情報省の協力が必要なんです』

『それはやぶさかではありませんが……具体的には?』

『私たちはこれから、被害が拡大しない程度の正面攻撃を加えます。無論、牽制と陽動のための攻撃』

『そんなことをすれば、さらに強固に籠城するのでは?』

『そこでフィーネさんたちの仕事です。これをどうにかして、真逆の行動をさせるよう操作するんですよ。そういうの、オストマルク得意でしょう?』


 偏見も良い所だ。いったいオストマルクをなんだと思っているんだろう。

 ……けれど今、彼の期待している情報戦は、彼の期待通りの結果をもたらしている。


「やぁ御嬢さん。調子はいかがかな?」

「……ヴェルスバッハ。その呼び方はやめてくれますか?」

「なぜだい? 私たちはしがない交易商人で、君は商人一家のお嬢様なのだから『御嬢さん』と呼ぶのは何もおかしくはないだろう?」


 この不快な男と仕事をするというのは、嫌なものだ。ユゼフ大佐からの頼みじゃなければ、拒否していたところだという確信がある。


 クルト・ヴェルスバッハ。あるいはヘルベルト・リーバル。

 元カールスバート共和国首都防衛司令官。愛する祖国のために愛する祖国を裏切った、諜報戦の天才。現在は情報省第四部部長の地位にあり、主に対外工作活動に従事している。

 そんな彼が今、帝都エスターブルクで情報戦をしている。頼もしいと言えば頼もしいけれど、こんな男の力を借りたくはないというのが本音だ。


 しかしながら、彼は十分に結果を残している。


「第8騎兵旅団の副旅団長とお話合いが終わったよ。『臆病者が上司だと戦果を挙げる機会がなくて、昇進しにくいでしょうな』と話したら、相手も同意してくれた。旅団長とは仲が悪いと聞いているし、今頃楽しいことになっているだろうねぇ?」

「……それは重畳です」


 まず最初に、私が帝都に展開しているクーデター軍士官の情報を収集し、分析。交友関係、思想、血縁、実家の現状、収入、地位、皇室への忠誠心、新皇帝への忠誠心などなど。

 膨大な量の、玉石混交の情報を処理して、分析して、整理した情報をヴェルスバッハに渡す。


 ヴェルスバッハはそれを基に、行動する。

 ある時は新皇帝を罵倒し、ある時は新皇帝を賞賛し、ある時は籠城策を支持し、ある時は平原決戦を主張し、ある時は酒を飲みかわし信頼を得て、ある時は身分も商談も全て嘘で信頼を失墜させる。


 よくもまぁ、そんなあの手この手と策が思いつくものです。

 方向性は違いますが、ユゼフ大佐と同類なのでしょう。さすが、共和国内戦で共和派の義勇軍を数日で壊滅させた手腕と褒め称えるべきでしょうか。


「これでクーデター軍の主だった士官への工作は終わりました。全体で言えば少数ですが――火種は十分に撒くことは出来ました。あとは、自然に燃え広がるのを眺める作業となります」


 隙を見て、この情報をユゼフ大佐に渡す。

 ……でもそんなことをしなくても、彼ならきっとわかるのだろうと思います。そういう勘だけは鋭いですからね。それ以外は鈍感なくせに。


「おっと、そうだ。土産話ついでに、面白い人物を見つけたぞ。今部下に尾行させているところなんだが、どうするね?」

「……面白い人物?」

「このクーデターの黒幕さ」

「…………やはりいましたか」


 意外でもなんでもない。

 このクーデターが、あのバカのヴァルター皇子による独断だとは思っていない。それを唆した奴がいて、そいつはどこかの国の支援を受けていることは、クーデター直後からわかっていた話。


 というか、シレジア王国が親オストマルク派の王女派と、親東大陸帝国派の大公派で内戦を起こし、その後に東大陸帝国と直接戦火を交えていたときに起きたクーデターという時点で、犯人は既に確定している。


「どうするね? このまま帝都観光をさせるかい?」

「……いつでも捕獲できる準備はできていますよね?」

「当然」

「ではまだ、泳がせておいて良いでしょう」

「どうしてだい? 泳がせておいて情報を集められては困るだろう?」

「…………あなたほどの男が、わかってないはずがないでしょう」

「ハハハ。バレていたかな。嘘は得意じゃないんだ」


 いけしゃあしゃあとなにをほざいているのだ、この男は。


「では御嬢さん、お声を掛けるのはいつが最適かな?」

「それは当然、お祭りが始まる時ですよ」


 祭りはすぐに始まる。

 恐らく数日以内に。そしてそれが順調にいけば、いくらでも「事故」はおこるものだろう。


「観光客の監視は継続。逃げられた、なんてことになったらヴェルスバッハ、あなたを祭の中に投げ込みます」

「おぉ、怖い怖い。私は祭が嫌いなんで、粛々と仕事を致しますよ」


 ヴェルスバッハはそう言って、私の下を――去ろうとして、ピタリと足を止めて振り返る。


「そうそう。どうやら帝都は観光地として有名なようだね。あのお客さんには、どうやらあともう1人の御連れさんがいるらしいよ?」

「…………」


 わかっている。その可能性については、想定の範囲内だった。

 そして出来ることなら、私の考えている予想とは全くの別物であってほしいと、私の心が告げている。


 ……けれど私の冷静な脳は、冷徹に、冷淡に、あの人の思いを踏みにじっていたとしても、答えは変わらない。


「……では、同じように処置を」

「諒解、お嬢さん」


 その後、ヴェルスバッハは完全に視界から消える。

 ……もしかしたら、直前まで「御連れさん」のことを話さなかったのは、彼なりの優しさなのだろうか。――まさかそんなことはないだろう。そういう男じゃない。


 けど、もしこれが――、


「もしこれが、あの人だったら……」


 思わずそう、口にせずにはいられない。

 もしあの人がこの場にいたら、なんて言うだろう。


 いや、そうじゃない。そうじゃないだろ、フィーネ・フォン・リンツ。


 もしあの人がこのことを知ってしまったら、私はいったい、何を言えばいいのだろうか、と。

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