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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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帝都攻囲戦 その2

 エスターブルクの街並みはよく覚えている。

 大使館で働いていた時代(と言っても数年前だけど)にあちらこちらと散歩していたせいで、今でもどこになにがある――たとえばフィーネさんと良く行った喫茶店の場所とか、ここから攻めたら案外簡単に落とせるんじゃないか……なんてことも覚えている。


 とはいえ戒厳令下のエスターブルクにその手が通じるとは、当然ながら思っていない。

 策を練り、時が来るのを待つ。


「よし、第45騎兵隊は敵陣地右側面を脅かしつつ牽制攻撃。各魔法兵隊は陣地全体を圧迫して敵の機動防御を防げ!」


 とは言うが、何もしないわけではない。

 帝都前面に築き上げられた、敵軍の陣地に対して限定的ながら攻撃を仕掛けている。

 だが額面上の彼我の戦力差は巨大であり、また陣地や市街地という地形有利が敵にあるため、今帝都エスターブルクは難攻不落の要塞と化している。


 こういう要塞は、何か月、あるいは数年かけてじっくり攻略するものだ。

 ま、そんな悠長な事をしていたらシレジアは滅亡してしまうが。


「ユゼフ! 敵左翼が攻勢に出たわよ! 私の連隊が――」

「いや、サラの近衛騎兵連隊は待機。部隊を下げて敵の攻撃を受け流すよ」

「ちょっと、またなの!?」

「我慢してサラ。しばらくすれば、思い切り暴れ回れるから」


 でも、今やっていることも相当しんどい。ご覧のように、血気溢れるサラを抑えるのに精神を消耗する。本当にこの子はロデオなんだから。


 敵の攻勢に対してシレジア王国軍は、俺の命令に素直に従って後退を開始。真正面から迎え撃つことなくその衝撃力を逸らし、被害最小限で事なきを得る。


「はぁ…………」


 この戦いの間、サラと言えば近衛騎兵連隊の知名度を生かした威嚇、陽動、及び通常の騎兵隊としての索敵行動くらいしかさせていない。

 本人は今すぐにでも帝都に突撃して、中にいるだろうフィーネさんと握手でもしたいだろう。


 が、ここは我慢。


「お疲れ、サラ」

「…………」


 サラが両腕を開いて無言で立っている。

 文句は言わないであげるから、要求を呑め、というやつだ。


 その要求を拒否すると大変なことになるので、俺は素直に従う。まぁ、拒否する理由もなし。俺はサラに近寄って、そのままハグする。


「…………ん、よろしい」

「……まぁ、何に怒っているかは想像できるけど、今は我慢だよ。いずれチャンスが来るから」

「来るかしら、本当に」


 いずれその時が来る。そう信じて帝都前面に軍隊を展開させてから既に1週間が経っている。

 喧嘩っ早いサラにとっては、悠久の時のようだろう。


「来ると信じたいね」

「私はユゼフのこと信じてるけど、まだ微妙に信用できないわ……」

「フィーネさんのこと?」


 サラからそんな言葉が出てくるなんて、ちょっと意外だった。サラとフィーネさんはなんだかんだ仲良さそうだったし、信頼関係はそれなりに構築できていたと思っていたんだけど……。

 サラは俺から離れる。そして同時に身振り手振り交えて、誤解を解こうと説明する。


「違う違う。フィーネも……まあユゼフに対するそれの40%くらいは信用してるけど」

「それ多いの? 少ないの?」

「私にしては多いかも」


 普段どんだけ他人のこと信用してないんだ。そんな風には見えないのに。


「問題は、オストマルクって国がね……。特にフィーネの親父」

「リンツ伯か……確かに信用できないね」


 俺もあの人のことは、半信半疑なままだ。確かに情報戦のスペシャリストであるけれど――いやだからこそ、信用できないとも言える。


「けど、それ以外のいい方法が思いつかない。現状、これがベターな選択なのだ……と思う」

「不安ねぇ」


 そこは言わないでほしい。こっちも不安なのだから。


「ま、今のところ心配すべきはオストマルクより味方の方かもね」

「え?」


 サラがふと俺の後ろを見る。つられて俺も同じ方向を見ると、


「………………」


 なんていうか、鬼か悪魔のような形相で睨みつけてくる我が軍最高の補給担当官でリア充ことラデックの姿が。


「どうしたラデック。親の仇でも見つけたか?」

「いや。俺の仇だ」


 なにそれ怖い。大丈夫? 足があるから生きてはいるんだろうけど。


「なぁユゼフ。なんで俺が怒っているかわかるか?」

「全然わからん」

「……少しは考えるふりくらいしろ! なんで1週間も何もしてないんだ!!」

「なんだそんなことか……」


 なんか重大な問題でも起きたのかと思った。


「そんなことじゃない! お前本国からこんなに離れた所に軍隊進めやがって、補給のことは少しは考えろボケ! オストマルクのゴタゴタのせいでグリルパルツァー商会の力も頼りにくい環境だし、本国はもちろんあんな状況なんだぞ!? せめてなんかやれよ!!」 

「あー……うん。今は無理かなー」


 ゴメン、そう言えばラデックに事の詳細を全部話せてなかった気がする。


「無理か……まぁ無理なんだろうな。お前のことだからちゃんと理由があるんだろうな……」

「あれ? 意外と早く納得してくれた?」

「納得ってか、諦めてる」


 さよか。


「なんでまぁ、せめて愚痴とか改善要求くらいはするが我慢しろ」

「え? うん、はい。なに?」

「後方の一時補給拠点、本隊から離れすぎてる。もう少し前進させたいんだが」


 感情的な愚痴の後にちゃんとした要求を叩きつけることができる。良い後方担当官です、本当に。そしてラデックの言っていることは、ちゃんと考慮に入れるべき事案である。


 が、


「ごめん、そこの位置が理想なんだ」


 ラデックが頭を抱えた。

 こうなることを予想していたのだろうか。


「理由を聞いても?」

「勿論。ただし、他言は無用」

「わかってるよ」


 帝都攻防戦において、我々は帝国の正統なる政府よりなされた要望に基づいた作戦行動なのである。今こうして帝都前面にあってその力を行使していないのは、そのためだ。


 俺たちには時間がない。そして奴らにとっては、時間こそが勝利の秘訣だ。

 それをどうにかする。どうするかと言えば、カギを握るのが今さっきまで起きていた小競り合い、そして帝都に侵入中のフィーネさんとなる。


「ワレサ大佐、ご歓談中失礼いたします。大佐あてにこのような手紙が……」

「おお、噂をすればなんとやらですね。ありがとう」


 伝令の若い兵(たぶん俺より若い)より、伝書鳩に括りつけられていただろう小さな手紙を開く。そこには小さく、そして簡素な文章があった。


『亀裂限界。準備開始。 F』


 なんというか、性格が出ていると思う。


「ユゼフ、なにそれ?」

「ん? ラブレター」

「…………破り捨てていい?」

「冗談だって」


 まぁ破り捨ててしまっても問題ないけど。


「ラデック。後方に補給基地を作った意味が無駄にならなくて済みそうだよ」

「……本当か?」

「あぁ。とにかく作戦は第二段階。準備開始だよ。サラ、近衛騎兵連隊を――」


 長い待ち時間は終わり。サラの願いは、案外早く達成された。


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