調虎離山
帝都エスターブルクを解放する。その上街も守る。
両方やらなくちゃいけないってのが指揮する者の辛い所である。
しかし現実はもっと不愉快です。ここにきてさらに辛い情報がまいこんでくる。
「リヴォニア貴族連合の動きが怪しい、という情報があります」
と、フィーネさん。
「怪しいっていうのは……どっちに対してです? シレジア? それともこっち?」
「両方、でしょうか。未確認情報が多いのと、情報分析の為の人員その他を解放するのがこれからということもあって、現時点では何とも」
「……詳細が知りたければさっさと仕事しろって?」
「そうは言いませんが」
しかしながら帝都占領状態にも拘わらず相変わらずの情報収集能力の高さである。オストマルクにはジェームズ・ボンドでもいるのだろうか?
外交情報に関してはクラウディアさん、もとい外務省や大使館の努力の結果なのだろうが、それでも凄い。
ただそこを褒めると(クラウディアさんが)面倒臭いことになるので黙っておこう。
「ちょっとー、ユゼフちゃーん。もっと私を頼ってもいいんだよー?」
現時点で既に面倒臭かった。
「私はこれから如何に歴史ある帝都の外観を護りながら帝都を解放しようかと思案しなければならないのですが」
「ユゼフきゅんならなんとかできるでしょ」
「無理言わんといてください」
ユゼフちゃんだのユゼフきゅんだの好き勝手言いやがってからに。
エスターブルクの街並みは大使館勤務時代にフィーネさんと接触するために出歩いたからよく覚えている。
指揮官レベルでは、地の利に関しては向こうにもほぼないと言っていい……と思う。
問題は現場レベルで、シレジア王国軍にはエスターブルクに地の利はない。市街戦というのはそういうものだ。
だからどうにかして、エスターブルクに駐屯する叛乱軍を野戦に引きずり込めれば、そこに地の利なんてものは存在しない。
情報省からの情報が正しければ戦意や士気、指揮系統に問題のある叛乱軍と野戦で対峙できるわけで、その程度の軍隊ならばシレジア王国軍で粉砕可能だろう。
しかしそれは敵もよくわかっているはず。
わざわざ地の利を捨てるようなことを敵に期待するのはばかげている。
つまるところ「調虎離山」というやつだろう。韓信の知恵を借りよう。まぁ借りるだけで実行できるんなら苦労はしないっていう。
調虎離山自体は滅茶苦茶基本的なことだ。虎を狩るなら虎が得意とする山から引きずり出せ、つまり敵に有利な場所で戦うな、こちらにとって有利な場所に誘導しろと言っている。史実じゃ背水の陣とセットだったか。
まぁそれをあえて敵に山を与えて罠を張るナポレオンとかいう化け物もいるわけだが。
「なにかいい策は思いつきましたか?」
考えているうちに、結構な時間が経ってしまったようで、待ちくたびれたかのようにフィーネさんが質問してくる。
「2、3個ほどは思いつきましたよ」
「さすが、こういうことは得意ですね?」
「褒めてるんですか、それ」
「べた褒めです。惚れてしまいそうなくらいに」
本音なのか本音じゃないのか。
どうにも演技っぽいので後者なんだろうなとも思う。
「とはいえ元々私は大佐に惚れているのですけどね」
「……そういうところですよ」
「なにがです?」
クールと見せかけて天然も合わさるのか。最近のフィーネさんは属性詰め込みすぎてないだろうか。
「とは言っても思いついた案の中には、フィーネさんをこき使う案があるのですが」
「…………」
「まさか人に注文ばかりしといて自分は何も注文を受け付けない、なんて都合のいいこと言いませんよね?」
「…………」
目を逸らすんじゃない。
「……何をしろ、と言うんですか?」
向き直ったフィーネさんの目は、まるで出会ったばかりの頃のようにこちらを警戒するものだった。まさか美人計でもやらされるのかと心配しているんだろうか。
安心してください。そんな勿体ないことはさせません。ちょっと考えたけど。
そんなことに使うくらいなら、もっとフィーネさんが活躍できるようなミッションの方がいいだろう。
「フィーネさんの得意技ですよ。たぶん」
「……不安です」
彼女のジト目は、作戦説明をする毎に益々険しいものとなった。
……そして数日後、フィーネ・フォン・リンツは帝都エスターブルクに舞い戻ることとなる。
更新がだいぶ遅れまして申し訳ありません。
理由と致しましては割烹でも書いた通り、新作執筆にうつつを抜かして既存作更新を怠ったからです。本当に申し訳ありません。
なんとか更新速度を高めていきたい(希望)ので、なにとぞよろしくお願いします。
なお更新サボって執筆した新作は↓こちらになります。(露骨な宣伝)
『大馬鹿野郎どもの狂想曲 ― 負け犬貴族敗北者に原作者が転生した場合』
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