姉妹との再会
ゆるい国境審査を超えると、そこはオストマルク帝国である。
2万人の観光客の群れに、戦争の気配を察した地元住民たちは窓からコッソリ眺めるだけ。
しかしとてその群れを堂々と見る奴がいる。
「フィーネさんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで。しかもなんか懐かしい格好で」
いつぞや以来の町娘姿だった。
風景に馴染んでいるようではあるが、ぶっちゃけフィーネさんには似合わない格好でもある。
「こんなところとは何様ですか。ここは私の国です。それに軍服を着ていると敵兵と思われ拘束され、慰み者にされるということもあり得そうですので」
「……まぁ、そうですけど。」
国境ギリギリにまで出向くとは予想外でしたもんで。
風の噂では、リンツ伯爵家は内務省の監視下に置かれて下手に動けないはずでは。
……いや、でもあのリンツ伯爵だからな。あのフィーネさんの父親だからな。これくらいはやれるだろう。
「まぁ、それはそれとしてですけど」
「それはそれとでなんか失礼な思考を流された気がします」
「心を読む魔法使わないでください」
で、それはそれとしてだ。
オストマルク帝国の為に我らシレジア王国軍はオストマルク帝国の地でオストマルク帝国軍と戦う。
文章にするとよくわからないが、実際問題これが正しいので訂正しようがない。
より子細に述べるならば、シレジアにとって味方となり得るリンツ伯爵家の勢力を解放・伸長させるための軍事介入ということである。
おう、こう書くとまるでシレジアが大国になったみたいだ。亡国寸前なのに。
「そういうわけですので、協力をお願いします」
「ここは私たちにとってのホームです、期待してください」
……と、言う割にはフィーネさんの顔は浮かばれない。
ふむ。もしかしたら、さっきサラさんに言ったようなことをリンツ伯かヴェルスバッハあたりに言われたのかもしれない。
「あ、もし裏切る時は事前に言ってくださいね。こちらにも心の準備というのがありますので」
「…………」
目で「なに言ってんだこいつ」と言ってきた。
あれ? そういう話ではないのか?
「オストマルクにとって現シレジア政権がどうでもいい存在になった時、分割戦争に乗り遅れまいと便乗参戦することはあり得る……と考えたんですけど、帝国はまだ見捨てる気はないんですか?」
「……さて、どうでしょうね」
フィーネさんは顔をそむける。
感情の起伏が緩やかな彼女の心理を読み解くのはなかなか難しい作業だが、今回はよくわかる。今のは彼女にとっても本当にわからないと言うことだろう。
まぁ、それもそうか。
俺らが今帝都を占領している奴らを追い出したところで「よくやった。君らにもう用はない」と言われる可能性も「よくやった。これからも頼む」と言われる可能性もある。
どっちになるのかは、乱数の神様次第なのである。
「……大佐は、どう思いますか? シレジアの行く末がどうなるか」
俺に(珍しく)気持ちを読まれたと悟ったのか、あるいはそれ以外の気持ちがあるのか、フィーネさんの方から聞いてきた。
「正直に言えば、半分諦めています。今考えているのは、如何にして負けるか。それだけです」
「…………どうやって負けるか、ですか」
「えぇ。場合によっては悲惨な結末になりますが、上手くいけば勝つことよりも良い未来が待っていたりしますからね」
領土も主権も何もかもを失い虐殺祭、あるいは「洗衣院」みたいな施設を作られて……なんてこともある世の中。そんな最悪を避けるのが最近の悩み事。
勝つことに関しては「半分諦めている」と言ったが、本当のところは殆ど諦めてる。表だってそんなこと言えないから、半分諦めてると言っただけ。
「ま、これに関しては勝ってから決めましょう。あなたのお父様の心内が重要でもあるみたいですし」
「そうですね。……あぁ、でも大佐」
そう言って彼女は、何かを思い出したかのように上を見たあと、クスリと笑ってこう言い放った。
「『私たちのお父様』と呼ばれることに関して、お父様はまだ諦めていない様子でしたよ?」
「なんで?」
この期に及んでなに考えてんだろうね、この一家は。
その後、更に数キロ歩いたところで、フィーネさんと同じく情報省に所属する職員と、さらにはリンツ伯爵家の関係者とも合流。
まぁ、その関係者というのが、
「やっほー! ひっさしぶりー! 元気にしてた?」
「元気ではないですね。そちらは……聞くまでもないですか、クラウディアさん」
「まぁね。それとユゼフちゃん、私の事そろそろお姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「本当にあなた方一家はこの期に及んで何を考えているんですか?」
そういうわけで、久々リンツ姉妹の揃い踏みとなった。
「まぁ、私はすぐにここから離れるよ。軍人じゃない私がついていったところで足手纏いでしょ?」
とのことである。
どうやら、情報省職員ともどもシレジア王国軍に情報提供しにやってきたようである。
……まだリンツ伯爵家は、シレジアを味方だと思ってくれているというアピールでもあるのだろう。その関係を維持させなければならない。
「まず情報省から、帝都の近況を述べさせてもらいます」
フィーネさんは情報省職員からいくつかの資料を渡され、そして彼女の口から状況報告がされる。
「まず、帝都エスターブルクを占拠している不遜な賊徒共――要は内務省派閥の叛乱軍の総数は約5万程です。詳細な資料はこちらを。特徴としては、市街地守備隊ですので騎兵戦力は少ないです」
「……意外と少ないですね。騎兵云々は当然ですが」
「はい。どうやら内務省と言えども軍全てを掌握するに至ってないようです。また叛乱軍と言っても、軍上層部の命令によって仕方なく動いているというのが過半と思われます」
「つまるところ、実質戦力は2万程度と考えても?」
「問題ないかと。ですが、都市攻囲戦となります」
やはりそこが厄介である。
今回、春が来るまでに解決しなければならないのである。猶予は2から3ヶ月。だが、エスターブルクのような大都市を占拠するのにその程度の時間しかないというのはほぼ絶望しかない。
また、フィーネさん……というより、情報省から注文が。
「なお、戦闘において市街地への被害は極力抑えて欲しいと」
「なにその無理ゲー」
「むりげー……?」
つい前世の単語が出てきてしまった。
いやいや、市街戦で市街地の被害を抑えろというのは無茶が過ぎる。政治が許容できない、というのは理解できる。リンツ派はあくまで解放者であって破壊者ではないことを、内外に示したいのであろう。
それはわかる。非常によくわかるが……。
「期待はしないでくださいね?」
「私は期待してますよ」
「勘弁してくれよ……」
項垂れる俺の姿を見て、リンツ姉妹はニヤニヤ笑っていた。




