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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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総力戦

 エスターブルクへの道は長い。冬にこの長距離行軍は堪える。

 ヨーロッパと同様、この大陸内陸部は南に行くほど海が遠くなるため寒くなるという事態が起きる。そのため、寒さがドンドンきつくなり、ときどき雪も降る。

 雪に憧れていた子供の頃が懐かしい。……あ、これは前世の話ね。


 とは言え、良いこともある。オストマルク帝国が政変で機能不全となっているおかげで、国境審査は激甘だったのはまさに不幸中の幸いである。

 もっとも、不幸を呼び込んだのが帝国の政変のせいなのだが。


「はぁ……つっら」


 思わず声に出してしまった。白い吐息と共に、声がサラにまで届く。


「なに、そんなにふさぎ込んで」

「あぁ……。まぁ、サラに相談してもわかるかどうか……」

「たぶんわかんないけど、愚痴くらいなら聞けるわよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えよう」


 今、俺たちの置かれている状況は最悪だ。

 もっとも楽観的に見ても、最悪の一歩手前だ。


 祖国の半分は東大陸帝国軍に蹂躙され、味方だったはずのオストマルクは政変により混乱。味方になってシレジアを救うのではく、敵になってトドメを差してくるかもしれない。


「それを何とかするために、今こうして軍を進めてるんでしょ?」

「あぁ。2個師団しかないがなんとかなる……なりたい……。けど問題は……戦術的などうこうよりも戦略的、政治的なあれこれさ」

「なんだかよくわかんないんだけど……」

「要は、戦いには勝てるけど戦争には勝てないかもってこと」


 オストマルクは友好国である。同盟国と言っても、多分差支えない。


 しかし、同盟国だからといってシレジアの為に心中してくれるわけじゃない。同盟だの条約だのというものは「利益があり続ける限り有効」ということを忘れてはならない。


 つまり、自国に不利益があると判断したら、国家というのは多少の不義理を覚悟して条約や関係を破棄するのである。

「相手が一方的に条約を破棄するなんて思わなかった」なんて、バカの言い訳だ。破棄することによって得る利益が、関係を維持することによって発生する不利益を上回れば、そう判断するのが常識。


 表だってそんなことを言わなくても、である。


「オストマルクの場合、シレジアが東大陸帝国に対する肉壁とか囮とかの役目を果たすということが最大の利益だったわけ。つまり、勝てはしなくても負けはしないような戦いをしていれば……、均衡状態の天秤にとびきりの錘を乗せるわけだ」

「でも、今は負けそうだから裏切るかもってこと? そんなのあまりにも……」

「シレジアなんかのために帝国臣民を犠牲にする必要性はないからね……」


 そういった政治的、戦略的環境が、今のシレジア最大の危機だ。

 それにこのシレジア・東大陸帝国戦争に、オストマルク以外の国……たとえばティレニアとかリヴォニアとかが介入してきた場合、オストマルクは尚のことシレジアに構ってられなくなる。


「まさに『戦術的な勝利の積み重ねによってのみ戦略的勝利を得ることはできない』ということさ」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「それを今考えてる」


 オストマルクに与える利益を考えなければならない。

 現状、東大陸帝国に対してシレジア一国で勝ち切る方法はない。行動が制限される冬場でさえ、戦線を維持するだけで精いっぱいなのである。

 たぶん、春になれば負ける。時間がない。


 そのない時間の中で、東大陸帝国軍をシレジアから駆逐し、オストマルクとの関係を維持できるくらいには国力や戦力を整えなければならない。


 なにその無理ゲー。


 ……いっそシレジア見捨てようか、と真剣に悩む。

 とは言え、サラ相手と言えどこんなことを言ったら殴られそ――


「なんだか、シレジア見捨てた方が楽そうね。エミリアに怒られそうだけど」

「……言っちゃうのか」

「何が?」

「いや、羨ましいと思っただけだ」


 素直っていいね、こういうとき。サラだから妙に憎めないし。


「シレジアを見捨てる云々は脇に置いといて、これから考えるべきはどうやって救うか、救えたとして戦後どうするか……勝てたとしてもシレジアは体力ボロボロだろうし、良くて東大陸帝国かオストマルクの属国になる可能性もある……」

「なかなか大勝利ってわけにはいかないのね」

「春戦争が異常だっただけで、戦争なんて本来こんなもんだと思うよ」


 小国の悲哀というべきか、取れる選択肢が多くない。独立を維持するにはやはりどこかの国にべったりとくっついて媚び諂うのが最善だろうか。

 というか、まわりが強すぎる。地政学的呪いを受けてるシレジアは永久デバフとスリップダメージでいつか死ぬ運命にあるのではないか。自分がこんなことをして無意味に滅亡を先延ばしして、却って被害を大きくしているのではないだろうか。


 いっそ、春戦争の時にシレジアは東大陸帝国に併呑されるなり属国になるなりが楽だったのではないだろうか。あぁ、でもそれだとセルゲイが皇帝とならなかった可能性もあるのか……。その後シレジアを舞台に、元反シレジア同盟が共通の敵を失ったことで対立、戦争を始める、と。

 クソ、世界情勢面倒くせえな。まさに複雑怪奇、内閣総辞職待ったなし。


「考えるのが嫌になってきた……」

「気持ちはわかるけど、考えるのやめないでよね。ユゼフのアイデンティティなんて9割そこにあるんだから」

「無報酬なのにここまで頑張らないといけないのか……つらい」


 どうして自分はこんなポジなんだろうか。サラのような脳筋に転生したかった。美少女の肉体を手に入れ戦場で暴れ回ること、これこそバ美肉の極致と言えようか。


「ったく……」


 そんな思考が漏れているのかそうではないのか、サラは――いや、サラも頭を抱えていた。

 そしておもむろに、


「そんなに報酬が欲しいなら、私があげるわよ」


 と言って、俺の頭をやや強引に抱き寄せてきたのである。ついでに頭も撫でてくる。


 ……え、どういう状況? お母さん?


「な、なにこれ」

「私が疲れて帰ってくるとユリアがよくやるのよ。よしよし、って」

「なにやらせてるんだ……」

「ユリアが勝手にやるのよ!」


 ちょっとサラが言葉を強くする瞬間、頭を抱き寄せる力も強くなる。

 つまり何に当たる。何とは言わないが、男が理想とする窒息死ランキング永遠の1位である。


「コホン」


 そして天国が見える寸前になって、わざとらしい咳ばらいが聞こえる。


「お二人さん、仲良しなのはいいんだけど、一応、今行軍中だからな?」


 ラデックである。

 彼はそう言って俺とサラを引き離すと同時に、書類の束を俺に押し付けてきた。


 ラデックの仕事は補給及びその他後方支援。

 そして中身をざっと見るが、装備品に関する書類のようだった。

 のだが……。


「装備の欠品が酷くないか? 特に剣と胸甲……秣も少ないぞ」

「そう言われると思ったが、これ以上は無理だ。嫁さんに頭下げて融通してもらって、それでも足りずにブラックマーケットにも手を出してる俺の身にもなってくれ」


 ラデックは思ったよりも有能な男である。

 そして、彼が「無理」とさじ投げた。つまりはそういうことなのか。


 闇の物品にまで手を出すとは、まさに総力戦。


「はやく戦争終われば、こんな苦労せずに済むんだけどな?」

「んじゃはやく戦争終わらせるために物資をだな……」

「無茶を言うな……」


 ごもっともである。


 ラデックとそんな会話をしている脇で、サラは


「本当、どうなるのかしらね。この国」


 と、溜め息を吐いていた。

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