表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
479/496

士官学校の戦い ‐陽動の陽動‐

 騎兵の真価は機動力である。それを理解しているものはそう多くはない。


 その特徴を一番に理解している者が指揮する精鋭の騎兵隊と、その特徴をその指揮官に教えた参謀が立案した作戦は、正に機動力が勝敗の決定的な差となった。


 ユゼフと、彼の指揮官であるヨギヘスの意図はまさにこれである。


 士官学校の演習場にもなったこの地において、地の利は圧倒的に王国軍にある。帝国軍の不幸はその一点につきると言っても過言ではない。


 帝国軍の陣形は異様なものとなった。王国軍は帝国軍左翼に対する攻撃を主攻として移動しているのかと勘違いし、左翼を固めて迎え撃つ準備をした。しかし実際に起きたことは逆で、帝国軍右翼部隊は稀代の騎兵指揮官サラ・マリノフスカの手によって切り崩されつつあった。


「敵右翼部隊が増強され、近衛騎兵連隊が押され始めています」


 しかし帝国軍の動きは迅速だった。

 陣形を素早く再編し、右翼を増強して騎兵隊を迎え撃つことに辛うじて成功したのである。これは、軍団を指揮するシロコフ将軍の手腕と、兵からの信頼あってこその成果である。


「無理攻めをせず、敵陣形を回り込むように後背から突撃するわ! みんな、ついてこれるわよね!?」

「当然です、隊長!」


 重厚になった防御陣地を迂回しようと、サラは馬の腹を蹴り戦場を駆ける。

 よく訓練された部下たちは、馬の駆ける音にサラの声がかき消されたとしても、彼女の動きを見て瞬時にその行動を理解してついてくる。


「敵騎兵隊、我が方の右側面に回り込むつもりです!」

「させるな! 陣形を右にさらに伸ばして迂回を妨害しろ! 薄くなった防御陣に予備戦力を投入して不意の攻撃を避けるんだ! 第11騎兵隊はどうしたか!?」

「敵騎兵隊の練度は凄まじく妨害すらままなりません!」


 近衛騎兵連隊の練度と士気を前に、シロコフは防戦一方となる。

 だがしかし、防戦一方とは言え対応できていることは確かであった。このまま戦況が推移すれば、やがて敵は息切れして反撃の隙が出てくるだろう。


「それまでの辛抱だ……」


 シロコフは士気の維持に努める事となる。


「ここまで予定通りだと空恐ろしいものがある。君が敵じゃなくてよかった」

「私もサラ・マリノフスカが敵でなくてよかったと思っていますよ、ヨギヘス閣下。あんなにいやらしい騎兵運用は見たことありません」

「君の入れ知恵じゃないのかね?」

「なんのことでしょうか」


 しかしそんなシロコフ将軍の奮闘も、織り込み済みだったというのは皮肉と言うべきか。もし彼が優秀でない、凡才の将であったら、これから起きる悲劇は回避できたのかもしれない。


「では当初予定通り、我々は敵左翼に向けて突撃する。――功名を挙げよ!」


 ヨギヘスは叫ぶ。

 右に左に振り回され、混乱を収束させつつあった帝国軍を、再び混沌の坩堝の中に突き落とすために号令した。


「騎兵第4連隊を先頭に敵左翼軍を攻撃する。敵軍が体勢を再び整えるまでが勝負の鍵だ。諸君の健闘を祈る」

「「了解!」」


 王国軍主力本隊が突撃を敢行した。


 つまるところ、シロコフが陽動だと思っていた部隊が本隊であり、本隊だと思っていた部隊こそが陽動だったのである。

 そして人間というのは、一度それが真実だと思い込むと、それをまた覆すことに多くの時間を費やすものである。


「大将閣下、左翼が攻撃を受けています!」

「例の陽動部隊か。左翼部隊は防御に徹しろ。反撃は右翼から行う。ここで敵の陽動に乗せられてこちらの戦力を削るわけにはいかんしな……」

「しかし、敵陽動部隊の戦力は思ったよりも多く……」

「なら……あの丘上までの後退を許可する。あそこなら地形効果を受けられるだろう。敵左翼本隊の撃滅成功後、そちらに増援を送ると伝令してくれ」

「ハッ!」


 これがシロコフの、人生における最大の失敗であったと後に彼自身が告白している。


 シロコフからの命令を受け取った帝国軍左翼指揮官コズロフスキ中将は命令通り、後退を始める。丘上に陣取ってしまえば魔術による長距離攻撃で優位に働くし、敵軍の突撃を緩和できる。


「大将閣下の増援が来るまで、ここを死守する! ここを突破されれば、我らは全滅だ!」


 コズロフスキの檄は帝国軍の士気を高め、王国軍陽動部隊に対して優位な形で迎撃することができる……と信じていた。

 しかしこれが陽動部隊ではなく、本隊であり、帝国軍左翼部隊と王国軍主力部隊とでは戦力に圧倒的な差があったことが、彼にとっての不幸だった。


「帝国軍が丘上に陣を敷き、迎撃の構えを見せています」

「数は概算で5000と言ったところか……ゴミも同然だな。いくら地形が優位とは言え、こちらは2万。油断大敵とはよく言うが、この戦力差は最早小細工は不要。力でねじ伏せるのみ。――伝令!」


 ヨギヘスは魔術大隊に連絡する。

 戦場の地理をよく知る王国軍は、事前に「敵がもし後退して防御を築くならこの丘の上であるに違いない」と察知していた。故に、その予想通りに丘上に陣取ってしまった帝国軍は最早的でしかなかった。


 事前に丘上に照準を合わせ待機していた魔術部隊が、事前に予測していた帝国軍の動きに合わせて、事前に策定していた攻撃計画に則って、圧倒的火力に物を言わせて敵を蹂躙する。


 もはや戦闘とは言えない「作業」によって、帝国軍左翼部隊の防御陣は呆気なく崩れ、彼らに待っていたのは王国軍主力部隊による突撃だった。

 丘上になだれ込む王国軍の津波に、帝国軍は最初の数分間は秩序ある反撃をすることができただろう。


 しかし結局、帝国軍の反撃はそこまでなのである。


「敵の防御は崩れた。追撃戦に移行せよ! 敵の戦闘能力を完全に奪え!」

「突撃だ! 騎兵隊も予備部隊も投入し、敵軍を蹂躙せよ!」


 ヨギヘスと、各前線指揮官の声がこだまする。

 この時すでに左翼部隊は有用な戦力の殆どを失い、がら空きになった帝国軍中央部隊左側面に王国軍が殺到する。


「閣下、帝国軍左翼部隊が壊滅されつつあります!」


 シロコフがその報告を受けたとき、全てを察した。そしてそのときには、全てが手遅れだった。


「クソ……! 全軍後退、後退だ! 陣形を反時計回りに回転させて王国軍主力部隊と相対する。動ける騎兵部隊は敵軍左翼、近衛騎兵連隊を妨害して本軍を援護せよ!」


 敵の戦場で戦っていることに、シロコフはようやく気付いた。

 ここはシレジアであり、帝国軍は侵略者であることを自覚したのである。連戦連勝の中にあって忘れていた感覚を取り戻すのに、時間はかからなかった。


「敵に左翼を突破されたと言っても全体兵力の優位は我々にある。北西の廃村へ後退しつつ持久策を取る。後方支援部隊に連絡を取って籠城戦に備えよ!」


 この時点で、帝国軍は1万弱の兵を失った。

 しかしそれでもまだ、彼我の戦力差は倍以上あり、決着はつきそうにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ