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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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士官学校の戦い -思い出を武器に-

 東大陸帝国軍第Ⅳ軍司令官ウラジミール・シロコフ大将は膠着するプウォツク戦線に焦りや怒りを感じてはいない。オストマルク帝国の政変の報が届いた時から、戦争全体の勝利を確信したからである。


 であれば、無理に攻める必要はない。熟した果実がいずれ木の枝から落ちるのであれば、怪我を覚悟で梯子を持ち出す必要はないのである。

 しかし一方で、怪我をしてでも果実をもぎ取ろうとする者の存在を――つまり、シレジア王国軍の動きを警戒せねばならないのだが。


「我々は防衛のことに気を引き締めておけばいい。敵も戦力に勝る我々に攻めあぐねている。補給線の守護のみを念入りにせよ」


 シレジア王国軍騎兵隊と思われる補給線遮断作戦は帝国軍にいらぬ出血を強いていた。冬の寒さに震えている兵士たちにとっては目の前の敵より手元の食糧の方が不安な状況である。


 ……つまり、この時点で帝国軍はシレジア王国のことを見ていなかったのかもしれない。自分の食糧と補給線のことで頭が一杯で、すぐそばには大陸で一、二を争う軍事的才覚を持った卑怯者がいることを忘れていたのかもしれない。


 1月31日。

 帝国軍前哨部隊からの報告に、シロコフ大将は多少なりとも心を突き動かされた。


「王国軍がプウォツクの街から出、北上しております!」

「……ほう。この時期に、この空で、戦力に更なる開きがある我々に対して攻めに出てこようと言うのか。川と言う自然の防壁と、都市という人工の防壁を捨ててまで……」


 敵はもしかして寒さに頭がやられたのだろうか? シロコフはそう口にしそうになったが、慌てて口を閉じた。そうすることで味方に油断を招くことを恐れたからだ。


 しかし、それでも帝国軍は王国軍の意図を理解できなかった。


 戦力差は巨大だ。報告によれば敵の総数はどんなに多くても3万。対してこちらは10万である。無論、補給の問題と治安維持、シレジア王国軍による補給線の圧迫問題によって10万全てが戦場に出せるわけでもないが、それでも7万程は戦闘に参加できる。


 戦力差はほぼ2倍以上で、誰がどう見ても、正面からの戦いになれば王国軍に勝てるはずはない。


「つまりは、普通じゃないという事か。しかし都市防衛戦を切り捨ててまで打って出る必要性がどこにあるんだ……?」


 それともオストマルクの政変の影響が、彼らに重大な思考力の低下を引き起こしたのだろうか。十分にあり得る話だが、油断はできない。ここに来てから帝国軍は事実として、シレジア王国軍の巧みな防衛戦術の前に進むことが出来ていないのだから。


「……敵は攻めてくる。とすれば準備をするしかない。前哨部隊を下がらせて迎撃の準備だ。敵が速攻に出たとしても間に合うように陣形の再編を行え!」

「ハッ!」


 シロコフは檄を飛ばして部下に命令する。帝国軍の練度は高く、シロコフの命令が実行されるまでに時間を要さなかった。


「戦力差が倍であれば多少の戦術的な不利は覆すことができる。焦ることはないさ」


 彼はそう部下に言ったのだが果たしてそれは自分に対して言ったものだっただろうか。妙な不安が、シロコフの心臓を鷲掴みにした。




---



 他方、帝国軍の動きを知ったシレジア王国軍は「概ね予想通り」と言った反応だった。


「ここで迎撃の準備を整えないほど無能だったらこちらが困る」


 ……とは、王国軍司令官ヨギヘス大将の言葉。

 無能が突拍子のない行動をした結果、却って敵の行動をぶれさせた結果勝ってしまった……あるいは負けてしまった、というのは多くある。

 その点で言えば、王国軍は目の前の敵が有能であることに感謝をした。


「帝国軍は東西5キロの距離で横陣を組んでいます。両翼に騎兵を配置したオーソドックスな陣形ですね」

「大軍であれば奇をてらう必要はない。それは奴らにもわかっている」

「だからこそ、こちらにとって都合がいいですね」

「キミの作戦の為にもな?」


 ハッハッハ、と笑うヨギヘスとユゼフ・ワレサ。

 そして彼らの傍にいて話の意図の読めないイリアと、ユゼフの相棒であるサラ・マリノフスカであった。立場上、彼女らは作戦に口を出せる訳もないため、疑問符で脳を埋め尽くさねばならない。


「どうするのが最適だと思う? 正面からの突破というのも楽しそうではあるが?」

「出来なくはありませんがそうは問屋が卸さないでしょう。今回は……というよりは今回も、味方の被害を避けたいですから」

「ここらへんの地形的には――」


 ヨギヘスとユゼフが何かを話している。

 それを完全に理解するどころか1割も理解できないサラであるが、いつぞやのように泣いたりはしない。彼には彼の役目があって、自分には自分の仕事がある。


 だからサラは、途中で聞くのを辞めた。勝利の後、どんな宴を開こうかとか、そんなことを考えるようになる。それに慣れていないイリアは、上司になってしまった後輩の言葉に必死について行こうとするも、終ぞ理解することはできないままであった。


「……で、ユゼフ。わかりやすく」


 そして会議が終了すれば、サラがわかりやすい説明を求めてくるのである。イリアも激しく頷く。途中経過は違えど結論は同じ。ならば考えない方が楽、というのは誰が言っただろうか。たぶんきっと目の前の男だろうとサラは思う。


「相変わらず?」

「私が理解できるくらいの作戦立てたら敵にも悟られるんじゃないの?」

「……」


 ユゼフといつも一緒にいる訳でもないイリアであったが、この時ばかりは彼の内心が理解できた。恐らく「それでいいのか」だろうと。


「帝国軍は倍の戦力を持っている。そこで単純に戦力を正面からぶつけてもダメ、ってのは理解できるよね?」

「私もそこまでバカじゃないわ」

「なら簡単だ、正面からじゃなければ……」

「後ろ……は、無理そうだから横から?」

「御名答」

「……それでいいの? 単純すぎて敵に読まれそうなんだけど」


 サラは首を傾げる。

 だがユゼフは、それも承知の上だと笑って見せた。


「サラ、ここはどこだい?」

「は?」

「いいから、ここはどこだい?」

「え、プウォツクの北よ? 川を超えていくつかの丘陵と森を超えたら帝国軍がいる」

「まだ半分かな……。プウォツクは、俺たちシレジア王国軍にとってはそれだけじゃないでしょ?」


 ユゼフがそう言っても、サラは理解できなかった。

 けれど、イリアはできた。


「……士官学校。みんな、あそこにある士官学校を卒業してる」

「お、イリアさん正解。サラってば、いよいよ後方担当の人にまで後れを取ってるよ?」

「い、いいのよ! 別にユゼフがいつも傍にいて考えてくれてるし!」

「はいはい……」

「で、その士官学校がなんだっていうの?」

「……重要な事さ。俺たちにとっては苦楽を共に過ごした場所で、ここで多くの演習もやってきた。そうでしょ?」

「そうね、このあたりの地形は今でも――」


 と言ったところで、やっとサラは気付いたのか言葉を止めた。


「……そういうことなの?」

「そういうことさ。サラには重要な任務がある。近衛騎兵連隊を率いてほしい」

「…………わかった。具体的な作戦を教えて」


 その時イリアは気付いた。サラの眼に、闘志の炎が映ったのを。

 そしてユゼフがそれを見て、満面の笑みを浮かべていることに。


「いいコンビねぇ……羨ましいわ、ほんと」


 イリアの呟きが2人に聞こえることはなかった。だけれども、勝利を確信することは十分にできた。

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