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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
475/496

旧内務省地下監獄

 かつて高等警察局という秘密警察組織が存在した内務省。

 高等警察局が勅令により解体されたとき、彼らが持っていた地下監獄も閉鎖されたはずであった。


 しかし今新たに皇帝が擁立されて高等警察局が事実上復活、地下監獄も再び使用されることとなった。

 その第一号となったのが、ローマン・フォン・リンツ「元」伯爵、そしてレオポルド・ヨアヒム・フォン・クーデンホーフ「元」侯爵である。


「やぁリンツ伯爵、そしてクーデンホーフ侯爵ご機嫌いかがかな? あぁ、そういえばもう伯爵でも侯爵でもなかったのでしたか、失礼いたしました。で、どうです? 政治犯用監獄の住み心地は?」

「そうですね、陛下。もう少しベッドが柔らかければ文句はなかったのですが」

「なるほど。ではあの世のベッドが柔らかいことに期待すると良い」


 鉄格子越しに、ヴァルター新皇帝とリンツ元伯爵が会話する。

 なんら実のある話ではなく、ただ単純にヴァルターが「勝者の特権」を振るって見たかったというところである。それを、あの政変以降毎日続けているのだから相当暇なのだろうと、リンツとクーデンホーフは思っていた。


「ふむ。さすがに毎日となると反応が鈍いか。まぁいい。貴様らの処刑日はもうすぐだ。その時に、貴様らの泣き叫ぶ姿を楽しみにしているさ。……それと、リンツ殿の娘たちにも『見せしめ』が必要になるだろうねぇ?」


 一人の父親として、ヴァルターの言葉は反吐が出るほどの発言であるが、そこで怒ってやるほどリンツはサービス精神が旺盛ではなかった。

 それに、リンツには既にヴァルターなど眼中になく、頭の中も別のことでいっぱいだった。


「……つまらん」


 そしてそれを悟ったヴァルターは肩を竦め、看守に厳格な見張りをするよう伝えると、そのまま帰って行ったのである。


「やれやれ。皇帝陛下殿の定期回診も、そろそろ飽きたな。我が愚息よ」

「そうですねお義父さん。監獄の中の生活もつまらないですし」


 隣り合う二つの牢屋、互いに壁越しに会話を続ける親子。彼らの会話には一切の緊張感がなく、ここが牢屋であることを忘れそうになる。


「そういえば、シレジアはどうなったのか? そろそろ滅んだか?」

「いやぁ、アレがいる限り簡単に滅びはせんでしょう。時間の問題ではありますが、多分春までは持つはずですよ」

「ではその前に手を打たなければならない、というわけか」


 そしてなにより不可解なのは、彼らの政治的な話、反撃の話を、看守が一切咎めることはないという事である。


「……もう少しひそひそ声で相談すべきじゃないですかね、お二方」


 一応、そんな風に看守は咎めると言うにはあまりに遠慮がちな助言を伝えるが、それを意に介さない二人。特にリンツは、


「何、気にすることはない。この地下監獄の防音性は確保されている。政治犯たちの大声の助命嘆願が外に漏れないようにという配慮のおかげでな」

「わたしが報告すれば終わりですよ?」

「報告するつもりかね? 言っておくが、私の腕は君が思っているより長く、強烈だぞ?」

「…………」


 そのやりとりの答えは、政変当日、リンツとクーデンホーフがこの牢屋に閉じ込められたときまで遡る。


 ヴァルター新皇帝の手によって投獄された二人は、その新皇帝からありきたりな「勝利宣言」と安い罵倒を受けた。ヴァルターの話を流しながらどうするべきかと頭を抱えたクーデンホーフを余所に、リンツは今ここにもいる看守一人に向けてこう言ったのである。


「やぁ、君は確か旧高等警察局に所属していて……今は地下監獄管理係に左遷されたアルバン・ロートくんだったかな? 誕生日は8月21日、母親はマリー、父親はアヒム、兄弟はなし。祖父は確か内務省の事務官だったか……」

「な、なぜそれを……!?」


 自分の姓名、誕生日、家族構成などを言い当てられた看守ことアルバン・ロートは当惑する。

 如何に情報収集を生業とする情報省のトップとはいえ、一官吏である自分のプロフィールをなぜ知っているのかと驚愕した。


 そして同時に、もしそこまで知られていたとしたら……と、背筋を凍らせたのである。その不安は、直後に的中する。


「何、君は少々興味深い経歴の持ち主だからね。知ってて当然さ」

「いったい、何の話を――」

「君は結構『臭う』のさ」


 クンクン、と鼻で何かの臭いを嗅ぐ仕種をするリンツ。そして、ひとしきり嗅いだ後にリンツが放った言葉が、彼の今後の行動を決定づけた。


「君の身体からは、14人分の少年たちの血の臭いがするのさ。ついでに、泣き叫び、助けを求める声も聞こえるよ。『高等警察局』という身分は便利だし……左遷先の『地下監獄管理係』も天職だろうね?」

「…………!」


 その瞬間、アルバン・ロートはリンツの手駒となる。

 そして一連の会話を聞いていたクーデンホーフは別の意味で頭を抱えていた。


 リンツは全てを言わなかったが、アルバン・ロートにとってはそれで十分だった。

 彼は自分の生命・名誉を守るために、リンツやクーデンホーフが手紙を通じて連絡を取り合うことに関して検閲すらも行わず一切関与しなかったし、ついには彼らの味方となる人物との面会も拒否しなかった。


 例えばリンツの娘である、フィーネ・フォン・リンツ。例えばリンツの部下であるクルト・ヴェルスバッハなど……。


「軟禁状態である娘や部下たちに会えるとは、監獄生活も悪くないね」

「ヴァルター陛下が帝国史上最悪の愚帝であることが幸いしましたよ。我が伯爵家を監視している帝国軍帝都防衛師団第445歩兵大隊は、政変前から情報省に協力的でしたから」

「協力的にさせたのはヴェルスバッハくんの功績だろう?」

「はて、なんのことやらわかりませんね」


 こうして、内務省地下監獄は切迫する情勢下にも拘らず連日笑顔が絶えなかったという。


「ヴェルスバッハくん、上の様子はどうだい?」

「いい感じに釣れています。我らがこんなことをしていることもつゆ知らず、リンツ元伯爵家不利と見て次々に『我らはヴァルター皇帝派である』と名乗りを上げる者が多くいます。貴族だけでも既に39家を超えました」

「うんうん。君の作戦は上手くいったようだ。シレジアには悪いことをしたが、まぁ彼らなら大丈夫だろう」


 ヴェルスバッハの「作戦」は簡単だった。

 ヴァルター皇子の謀略に感づいた彼は、あえてそれを見逃した。それどころか内務省派閥の人間を通じて支援さえした。ヴァルターの側近を買収し「政変実行時期は冬が最善」とまで助言した。

 それが罠であることを知らないヴァルターはまんまと時期尚早の政変を実行し……そして、またそれを理解できない「裏切り者たち」が次々と自白し、ヴァルターに協力しはじめたのである。


「もう炙り出しは必要ないだろう。ヴェルスバッハは、今でもこちら側についている貴族や官僚たちの保護に全力を尽くすように」

「わかっております。全力で恩を売ってやりますとも」


 張り巡らされたヴェルスバッハとリンツの築いた罠の上で、ヴァルターは愚かにも踊っていたという事だった。

 無論、シレジアが危機になったことには変わりはないのだが、ヴェルスバッハにしてみれば「シレジアにそこまで義理立てする必要はない」という。

 彼の忠誠心はあくまでも、リンツに向けてであってシレジアにはない。シレジアを犠牲にして自国の安全を図ることに異を唱える者など、情報省には存在しない。


「大変結構。で、フィーネ。シレジアはどんな感じかな? もっと言えば、愛しの彼はどうしてる?」

「この状況下でもお父様は相変わらず……。まぁ、いいです。ハッキリ申し上げて『危機』のひとことに尽きます。我が国からの軍事的支援が受けられなくなったため、反撃しようにもできませんから」

「それはわかる。それに対して『愛しの彼』がどう思っているかと聞いているのだ」

「……戒厳令下なので情報の伝達に不備がある可能性があるためハッキリとしたことは言えないのですが」


 フィーネはユゼフの策を聞いているわけではない。そもそもリンツ伯爵家一味がこんなにも自由気ままに行動していることを想像は出来ても確信しているわけではないので、下手に情報を渡せなかったこともある。

 だがフィーネは漏れ聴く情報を基に、それを分析し、情勢を鑑みて父親に受け渡すという、彼女のいつも通りの職責を全うしていた。


「どうやらカールスバート王国軍とシレジア王国軍が合同でオストマルク帝国へと侵攻する兆しを見せています」

「……なるほど。自分たちの手で帝都を解放しようとしているという事だな」

「恐らく」

「いい手だ。政治的にも戦略的にも」


 リンツは「カーク准将」として従軍経験もあったため、ある程度戦争も知っているため、それがどんな効果をもたらすかを把握できた。


「全く、彼の味方になってよかったと思いますよ」

「ヴェルスバッハくんもそう思うか? 私もだ。私が他の有象無象の帝国貴族と同じように反シレジア同盟に固執していたら一体どうなっていたのやら」

「帝国解体ですか? それはそれで、私の国の為にも見てみたかったものですが……」


 ハッハッハ、と笑う二人。

 クーデンホーフとフィーネから見れば、この状況下ではシャレにならない冗談だったのだが。


「コホン。で、愚息よ。これからどうするつもりだ? お前の手が長いことはわかったが、軍の指揮系統もヴァルターが握っている今、手を出しようがない。あの少年を高く評価しているのは知っているし、私も奴のことは有能だと思っている……。だがそれでも、オストマルク帝国軍相手ではカールスバート・シレジア王国混合軍では勝負にならんだろう」

「でしょうね。ユゼフくんはそこを理解していないはずがないでしょう」

「ではどうするつもりだ? 黙って、それを見過ごすのか?」

「まさか」


 リンツはにやりと笑うと、いつものように、ヴェルスバッハとフィーネに伝える。


「ヴェルスバッハ。君は私の『友人』に言伝を。あいつもきっと状況はわかっているだろうし、ユゼフくんとも面識がある。なにより有能な男だ。言伝の意味を理解してくれると思う」

「わかりました。直ちに」

「うむ。フィーネは勿論、ユゼフくんにこのことを報告。具体的な方法は任せる。なんなら、シレジアに直接出向いていい。こっちにはクラウディアがいるしな」

「いえ。万が一ヴァルターが私の不在を知ったら面倒です。なので、私も残ります」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃあ皆、いつも通り頑張ってくれ」

「「ハッ!」」


 二人は面会を終え、看守は「報告すべき事由ナシ」と報告書に記載する。


 そしてクーデンホーフは、


「娘をこいつに差し出したのは正解なのだろうか……?」


 と、自らが遠い昔に選択した行為が正しかったのかと自問自答していた。


鬼、悪魔、リンツ伯爵家。フィーネちゃんが結婚を成し遂げられたらここにユゼフくんが加わるという地獄。

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