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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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風雲急を告げる

「…………はぁ、やんなるね、こういうのは」

「なんともまぁ、止められたら大逆転だっただろうに……」

「俺の腕はそんなに長くないんだよ」


 オストマルク政変の話は、1月20日には俺の下に届けられた。敵と対峙して、かつエスターブルクが戒厳令下にあるなかよく届いたものだと感心する。


 だが、届けられた情報は全部見なかったことにしたいほどに陰鬱な内容。


「外務省と情報省のお偉いさまは拘束され、愛しのフィーネ嬢も軟禁か。婚約者殿にとっては気が気じゃない、って感じか?」


 おどけた口調でそう茶化すラデック。この状況でそれができるのか、と罵りたくなるかもしれないがそうでもない。俺があまり気落ちさせないよう配慮した結果……だよね? ざまあ見やがれとか思ってないよねあんな美人な奥さん持ってるラデックが。


「けど、これで確信したよ。東大陸帝国はシレジアと戦争してるんじゃなく、オストマルクと戦争してたってことがね」


 当然と言えば当然だが、内戦が終わったばかりでボロボロのシレジアに数多の策謀を張り巡らせる意味はハッキリ言えばない。だがバックに大国オストマルクがいれば話は別。

 最初からオストマルク相手にどう立ち回るかが、東大陸帝国の侵略戦争においては重要だったということである。


 そしてそれに乗っかったのが、ヴァルター皇子。いや、今はヴァルター皇帝か。


「ヴァルター皇帝の布告や、内戦の時に話したという思想を鑑みるに、今回の蜂起の理由はリヴォニア民族主義だろうね。外務省や情報省が主導する、民族融和に反発したってことだろう」

「となると、帝国内にいる同じような考えを持つリヴォニア貴族が賛同してくれそうだな。奴らが支援して政変を起こしたとなると、情報省・外務省だけでは荷が重い……ってことか?」

「さすがラデック、わかってらっしゃる」

「って、リゼルが教えてくれた」


 台無しだよ。


「……でも、それがどうしたってんだ? ヴァルターのクソ野郎の動機がわかったところで、対処しようがないだろう」

「んにゃ、そうでもない」

「?」


 東大陸帝国は、シレジアを占領した後のことも考えているとしたら、ヴァルター皇帝はオストマルクを操るための駒でしかないだろう。操りやすい駒というのは利害関係がハッキリしていて、且つバカであることが望ましい。

 そしてバカさ加減が露呈して統治が不安定化したところに東大陸帝国が介入。軍事侵略なのか政治侵略なのかは知らないが、ともかくこれが成功すれば大陸東部の覇権は握ったも同然。


 問題は、ヴァルターの無能ぶりが第一手目の時点で露呈しかけているというところだろうか。


「兵は拙速を尊ぶとは言っても、この場合、ちょっと拙速し過ぎかな」

「……というと?」

「ラデック。開戦前の国際状況を鑑みるに、オストマルクとシレジアが軍事的に協力して東大陸帝国と相対することは決定事項だと言っていいだろう? その前提でオストマルクに政変を起こすとしたら、どのタイミングが最適だと思う?」

「はぁ? んなこと急に言われても……」

「ラデックにわかりやすく言うなら……そうだな、ノヴァク商会がグリルパルツァー商会と資本提携しようとしていると考えよう。でもそれをよく思わないワレサ商会がグリルパルツァー商会に工作を仕掛けて、それを阻止しようとして来る。さて、ノヴァク商会としてはどのタイミングでグリルパルツァー商会が『やっぱり提携の話はなし』と言ってくるのが辛いか」

「ワレサ商会とかとんでもねえことしでかしそうだな」

「そうだね。リゼルさんを寝取るくらいはするかもしれない」

「冗談でもそういう事言うな。もぐぞ」


 本当に申し訳ないのでもぐのは勘弁してほしい。


「で、どのタイミングが嫌かって話か?」

「そう。最初から提携を断られたらどう思う?」

「別の商会を探すなり、自力でなんとかするなりを考える」

「じゃ、資本提携が完了して事業を開始して軌道に乗ったところで提携解除されたら?」

「ちょっと辛いが、そこまで行ったらやっぱり自力でなんとかできるだろう。提携の度合いにもよるが、ノウハウをある程度吸収できるし、シェアも同様に伸ばせてる。あとは経営手腕次第」

「では最後に……提携が決まり、あと数日で計画が始動するって段階で『やっぱなし』と言われたら?」

「…………完全に梯子を外されたな。自力でやろうにも他を探そうにも、時間がない……って、そういうことか」


 そういうことだ。

 つまり、オストマルクの政変の時機が早すぎた。理想は三月か四月だろう。

 オストマルク帝国軍がシレジアに向け出兵し、ある程度軍隊を辺境に寄せたところで政変を起こせば、帝都はがら空き、軍隊は混乱で機能不全、シレジアは時間的余裕なく春を迎えて東大陸帝国軍に押しつぶされる。


「ヴァルターがドジったってことか?」

「その可能性が高いかな。優秀と言う話は全く聞かないけれど、無能という噂はよく聞く人だから」

「なんとまぁ」


 東大陸帝国がそのタイミングをわざとやった、というのは考えられない。どう動こうにも、一月の時点で政変を起こす合理的理由が見当たらない。


「民族感情に後押されて早まった真似をしてしまった。まぁそのおかげで虚を突かれることになったかもしれないが……」

「だな。リンツ伯とクーデンホーフ侯も拘束されてるんだろ? つらいってもんじゃ……」

「あ、その点に関しては心配してない。少なくともリンツ伯の方は?」


 ラデックが首を傾げる。普通なら「婚約者の親父さんだろ! 心配しろよ!」となるだろうが、残念ながらその親父さんはそんじょそこらの普通の伯爵じゃない。


「リンツ伯爵が何も対策せず、相手に先手取られて自分だけ拘束されるっていう状況が果たしてあり得るだろうか。いや、ない」


 何か遠大なる策謀を企てた結果、そうなったのではないかと疑っている。

 だって「あの」リンツ伯だし。


「なんだその謎の信頼は……」

「あの人と一緒に仕事をしたことがある人はみんなそう思ってるんじゃないかな。少なくとも俺はそう思ってる」


 だからまぁ、こう言ったらフィーネさんやクラウディアさんに怒られるかもしれないけれど……リンツ伯爵家に関しては心配していない。


「とは言っても苦しい状況かもしれないし、こちらも対策を考えた結果がこの作戦というわけだ」


 ラデックに資料を手渡すと、驚いたような顔をするが別に大したことじゃない。オストマルク政変と聞いて計画書を立てた、と言えば聞こえがいいかもしれないが、中身はスカスカで概案だけだ。


 ヴァルターが政変を完遂させるには、軍隊の忠誠心が必要だ。

 それがなければ、国内を十分に統治できない。だが急な政変だから、その忠誠を集められる工作はできていないか、できたとしても中途半端だろう。

 ヴァルター皇帝に従う貴族は多いかもしれないが、貴族が従える兵には非リヴォニア系が……そこにはシレジア系住民もいる。そんな軍隊に向って『リヴォニア民族主義の為に!』と言えるか?


 答えはNO。


「俺たちが出来ることと言えば、その上と下の忠誠心の食い違いだ。多民族のオストマルク帝国軍が忠誠を誓っているのはあくまで『民族融和的な帝国』であって『リヴォニア民族主義』じゃあない」

「そこを突く、ってことか?」

「そういうこと」

「でもどうやって? 政治宣伝でもするのか? 今にも負けそうな国が」

「それよりもいい考えがある」


 ラデックに、資料を見るよう促す。

 そこにはこう書いてあることだろう。


『カールスバート王国軍とシレジア王国軍の部隊を組み合わせた多民族混成部隊をオストマルク帝国へと向かわせ、帝都を解放する』


「……この状況下で、王国軍から部隊を引き抜こうってか!?」

「気持ちはわかる。俺だって嫌だ。でも他に策が考えられない」


 敵はミスをした。そこにつけ込み、帝都を解放する。

 そしてカールスバートとシレジアの混成部隊がオストマルク政府のために、オストマルク帝国軍内部の民族融和派と肩を並べ民族主義派と戦うという事実は、帝国内部の民族融和派を勢いづかせることができる。政治宣伝と軍事介入を同時に行える。


「まぁ目の前にいる敵をどうにかしなくちゃならんから、そのままってわけにもいかないんだろう。ある程度段階を踏む必要がある」

「……間に合うか? 時間的に」

「間に合わせるんだよ」


 今は一月。

 行動開始は二月。

 東大陸帝国軍を何とかしたあと、カールスバート王国軍と合流し、エスターブルクへ向かい、帝都を解放しヴァルターを追いやり、政権を安定化させてオストマルク帝国を再度味方に付ける。

 

 それを少なくとも四月の中ごろまでに完了させたいところだ。それを過ぎれば、たぶんアウト。


「エスターブルク解放までにシレジアが持てばこちらが勝ち。持たなければ東大陸帝国の勝ちだ。結構わかりやすい構図だろう?」

「そらそうだがよ……簡単に行くのか?」

「行くわけないだろ」


 簡単に言っているが、それこそ「言うが易し」の典型だ。


 相対する東大陸帝国軍の動向、オストマルク内部の情勢、そして何より心配なのが「もうひとつの反シレジア同盟参加国」の存在。

 勝つか負けるかで言えば、負ける算段の方が大きい……。


「けど、やるしかない。これが最善手」

「……なるほどな。で、俺は何すればいい?」

「部隊の選定と補給線の確保、いつも通り。けど今回はオストマルクへの出征となるから、グリルパルツァー商会の娘さんの旦那さんに要請するとしようか」

「はいはい」


 持つべき者はコネのある友である。

 彼のこの手の仕事で裏切られたことはない。


「ともかく時間がない。俺もヨギヘス閣下へと計画を提出するけれど……いざとなったらエミリア殿下の『ご聖断』を以ってするしかない」


 あとは、運を天に任せるのみ。

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