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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
473/496

一月政変

 オストマルク帝国。

 東大陸帝国、西大陸帝国、キリス第二帝国と並ぶ第四の「帝国」であり、「第二の西大陸帝国」とも称された大陸東方の強国である。


 ユーリ大帝による富国強兵政策は後代の皇帝たちにも受け継がれ、その後隣国との紛争やカールスバート共和国の独立、反シレジア同盟等の大陸東方地域の歴史を突き動かしてきた。

 そして近年においては、反シレジア同盟を半ば終了させる、シレジア王国との友好関係を築き上げた。それはオストマルク帝国による新たな大陸新秩序の構築というシナリオの第一段階とも呼べるものであったが……。




---



 大陸暦640年1月某日。


 オストマルク帝国 帝都エスターブルク行政区画

 外務省 大臣執務室


 外務大臣レオポルド・ヨアヒム・フォン・クーデンホーフ侯爵と、彼の孫娘にして外務大臣秘書官であるクラウディア・フォン・リンツ伯爵令嬢はいつもと変わらず執務に取り組んでいた。


「シレジア王国は敗戦濃厚。このままじゃシレジア全土は丸々あの若き皇帝に呑みこまれてしまうけれど、お祖父ちゃんはいつまで指をくわえてみているつもりなの?」

「……仕方なかろう。物事にはタイミングというのがあるんだ」

「絶好の時機を逸したと思うけど?」

「…………」


 主従が逆転したかのような会話。

 実際問題、東大陸帝国がここまで快進撃をすることなど予想はしていなかった。冬季においても攻勢を緩めず、シレジア王国に――そう、あのエミリア王女と、妹の婚約者(候補)ユゼフ・ワレサを擁するシレジア王国に――「時間稼ぎ」しかさせない皇帝の手腕に、両人は驚いていた。


 故に、この時のオストマルク帝国は傍から見れば、珍しく後手に回っていたと言える。

 だが当人たちには先手を取れなかった事情もある。


「情報省から寄越された情報の中に『地方反乱の恐れアリ』という一文があれば、軍隊を動かそうなどと考える奴はいない」

「そうだけどさー」


 外務省、軍務省、内務省、その他の情報組織を統合し新設された「情報省」を率いるのは、クーデンホーフ侯爵の義子、クラウディアの父であるローマン・フォン・リンツ伯爵。

 情報収集や情報の使い道をよく知っている人物であり、彼をよく知る者からのその評価は高い。

 そんな彼が寄越してきた情報に疑問を抱くものなどいなかった。


 ……ただ一人、例外を除いて。


「ですがクラウディアお姉様。その情報にはおかしな点があるのです」


 ノックもなしに執務室に入り、姉にそう言ったのはクラウディアの妹フィーネ・フォン・リンツである。


「お父さんを疑うとは、フィーネも言うようになったね」

「……そういうわけではありませんが」


 そう言いながら、彼女は険しい表情で祖父の下へ書類を提出する。

 情報省に勤めるフィーネが、祖父の下にこうして情報大臣から外務大臣へ連絡を取ることは珍しくはないが、今回の場合はそうではないことがあった。


 渡された書類が「非公式な情報」ではないことだ。


 通常、公式な情報であればフィーネに頼まずとも良い。適当な連絡員を使えばいいし、実際、今までそれをやり取りしていた。

 もしフィーネのような「絶対的な信頼を置ける者」を使いに出す場合、彼女の持つ情報の価値は必然的に高く、そして公にされてはならない「微妙な」な情報になる。


 だが今回フィーネが渡したのは公式な情報だ。


「シレジアと東大陸帝国が開戦する前、情報省から外務省へ情報提供があったことは事実です。しかし、その内容が真実ではない可能性が、内部調査によって浮上しました」

「誤報だったと?」

「……いえ、情報工作を受けたという事です」


 フィーネが持参した公式情報の書類。

 その書類の作成者の名は、情報省第四部クルト・ヴェルスバッハ部長。

 彼は元カールスバート共和国軍首都防衛司令官ヘルベルト・リーバル中将の転生後の姿であり、ユゼフからリンツ伯へと送られたプレゼントである。


 ヴェルスバッハはカールスバートの民族主義者でありながら、気味の悪いほどにオストマルク帝国への忠誠を誓っている男であり、そして情報工作の達人であった。


「奴が書いた情報となると……これは信用していいだろう。不本意ながら」

「あのオッサン、こういうことに関しては超一流だからね……」


 書類の内容は明瞭。

 なぜならタイトルが「情報省内部における防諜施策の成果 大陸暦639年第Ⅳ期活動報告書」であるから。


 情報省は先述の通り、いくつかの情報組織が統合されてできたものである。故に、元の組織への帰属意識が残っており、それによる派閥や勢力争いが続いていた。

 ヴェルスバッハや情報大臣リンツ伯は、定期的に人事異動や配置転換、あるいは非公式の「処刑」でもって「外務省派閥」が情報省内部における主流派となるよう工作している。


 そしてヴェルスバッハが先月行った防諜活動もその一環である。

 極めて淡々と書かれた防諜活動の成果。淡々と書きすぎて、事の重大性に気付けないほどに。


「防諜活動によって、先ほど申し上げた『地方反乱の可能性』というのは全くのデマでした。情報源をたどったところ、一次情報は元内務省高等警察局の局員でした」

「内務省派閥によるクーデター、ということか」


 内務省高等警察局とは、オストマルク帝国に存在していた秘密警察であり、外務省とリンツ伯の権謀術数によって解体された歴史を持つ。

 そのため情報省内部における外務省派閥と内務省派閥の争いは、上記のような防諜活動を定期的に行わせるくらいには深刻な問題であった。


 だからこのような成果は日常茶飯事で、だからこそヴェルスバッハは淡々と書き綴ったのかもしれない。そこにある危険性に気付かず。


「でもなんでそんなことするのよ? あいつら、こんなことしてメリットあるの?」

「……お姉様、事実だけを見れば、彼ら内務省派閥の工作によって『シレジアと東大陸帝国の戦争において我が国が下すべき決断が遅れた』ということです」


 クラウディアは、先程の自分の台詞を思い出す。


『シレジア王国は敗戦濃厚。このままじゃシレジア全土は丸々あの若き皇帝に呑みこまれてしまうけれど、お祖父ちゃんはいつまで指をくわえてみているつもりなの?』

『絶好の時機を逸したと思うけど?』


 その台詞の裏に、もし内務省派閥の工作があるのだとしたら……。


 内務省派閥の手によって情報が歪められ、判断が遅れたオストマルク帝国。その間、北方の隣国は敗色濃厚となり、滅びがいつになるものかと戦々恐々としている。


 内務省の思惑なんて、この事実だけで、自然と思い浮かぶ。


「奴ら、セルゲイに魂を売りやがった!」


 クーデンホーフ侯爵が代表して、憤怒の表情を浮かべ執務机を叩いた。

 彼らのやったことは、さすが元高等警察局と言ったところだろうか。一瞬の『判断の遅れ』が国家にとっての致命傷となることをよく知っている。


 だが侯爵はそれと同時に先手を打たれていることに気付いた。

 であれば、奪い返すための行動をする。ヴェルスバッハのおかげで内務省派閥は日に日に減勢しているのだから、外務省が一丸となって動けばまだ何とかなる。


「クラウディア。軍務大臣と面会を入れて欲しい。至急だ。できれば今日にでも」

「わ、わかった。愛しの妹の未来の旦那のためにも頑張らないとね!」

「お姉様、こんなときに何を言っているんですか!」

「えへへー」


 クラウディアは笑いつつ、扉に手をかけ――ようとしたとき、それはひとりでに開かれた。

 手を引き、後ずさりする。

 姉妹とその祖父は、勝手に開いた扉の向こう側に立つ、ひとりの男を見やる。


「失礼だが侯爵。その面会の予定は永遠にキャンセルしてもらおう」

「…………なんの権限でだ?」

 

「侯爵」はわかりきっていた質問を投げかける。

 男はその期待に応えて、大仰な態度でわかりきっていた答えを投げつける。


「決まっている。私が、この国でもっとも尊き一族に連ねる男だからさ!」


 そこに立っていたのは、オストマルク帝国帝位継承権第7位にして、シレジア王国第一王女エミリア・シレジアの元婚約相手でもある、ヴァルター・アウグスティーン・ダミアン・フォン・ロマノフ=ヘルメスベルガー皇子であった。





 この日、帝都エスターブルクに以下の布告がなされた。


 一、オストマルク皇帝フェルディナントを廃位、次代皇帝は第七皇子ヴァルターとなる。

 一、帝都エスターブルクを無期限の戒厳令を敷く。

 一、不正の温床となっている情報省の活動停止、及びそれに加担していた外務省への査察。

 一、情報大臣リンツ伯、外務大臣クーデンホーフ侯の爵位剥奪の後に投獄。

 一、上記貴族の家族は、復活した内務省高等警察局の監視下に置く。

 一、王侯貴族及びリヴォニア系住民以外の民族の公職追放。

 一、第二次反シレジア同盟の結成を表明。東大陸帝国、リヴォニア貴族連合との外交交渉開始。


 後世に言う、一月政変である。

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