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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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プウォツク防衛戦 その3

「明らかに動かずロクに警戒をしていない部隊が目の前にあった場合、普通は罠だと思うのが人間と言う奴です」


 帝国軍が強行偵察を兼ねた小規模な攻勢をかけてきたとき、ユゼフ・ワレサはのほほんとしていた。

 その態度を咎める者は、彼の素性と能力を知らない者であり、彼をよく知る人物……たとえばラスドワフ・ノヴァクなどの戦友たちは、そんなやる気のなさそうな彼の態度を見れば却って安心し、


「なんだ、勝てそうか?」


 と、問う。

 そこに嫌味など微塵もなく、ただ単純に「どういう仕掛けかわからないけれど勝てるんだろ?」という絶大な信頼があるからである。


「今のところはね。と言っても、勝てたところで戦争の趨勢を逆転できるわけじゃあないけれど」

「ふーん? でも、お前が意図しないだけで変わっちまうんじゃねーか?」

「そんなに簡単に逆転で来たら今頃世界征服できてるよ」


 そう言って彼らは静かに戦場を見る。


 シレジア王国軍の見せた「露骨な罠」に、あえて飛び込んだ東大陸帝国軍の先鋒。そうすることで敵が何をたくらんでいるのかを見極める、という意味では正しい。

 なにより帝国軍は王国軍に対して数的優勢であるため、多少の損害を意に介する必要は全くない。少数の犠牲により敵軍の動向を把握できればそれでいい。


「――と、帝国軍としてはそう考えるだろう」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ。それに数的優勢は都市攻防戦においては活かしにくい。帝国軍としてはこういうところで数的優位を活かさないと、それこそ宝の持ち腐れさ」


 帝国軍の攻撃は偵察を目的としているだけに散発的でやる気に満ち溢れているわけではない。

 故に数的劣勢の王国軍は、その攻撃に対して慌てて猛反撃をくわえる必要性はなく、冷静に対処できている。そしてそこに仕掛けを施すことによって、帝国軍を欺くことができる。


 その仕掛けと言うのが、魔法の集中運用であった。


 別段、仕掛けと表現するには地味な戦術である。実際、魔法の集中運用などは野戦・攻城戦問わず実施されている戦術であるし、ユゼフも、そして帝国軍も、それぞれ敵に対して用いている。


 だがそれらの例と比べて大きく異なる点は、帝国軍に対してそれをあからさまに見せつける点にある。


「つまるところ『こっちが隠していた戦法はこの集中運用だったんだぜ!』と教えているということ。俺たちのやろうとしている戦法の全容を見せないよう、探りを入れられないよう、敵に見せつけるのさ」


 相手に対して手札を全部見せつけた――と、思わせることがこの作戦の肝であった。


 サラ・マリノフスカの天性の武運に守られた近衛騎兵隊を、諸事情からサラなしで運用し敵地深く浸透せねばならないために、工夫を凝らさねばならなかった。

 もし「諸事情」がなければ、ユゼフはこんな策を用いたりしなかったかもしれない。


「……でも、うまくいってよかった。敵が警戒してつっこんで来なかったら、却って困るところだったよ」

「敵が優秀だからこそ成立するってわけか? それだけ帝国軍の内部改革が進んでいて、脅威であるということが奇しくも証明されたわけだけだ」

「…………そうなんだよねー」


 がくりと脱力するユゼフ。


 敵が有能であることが証明され、そんな有能な敵と、少なくとも半年ほどは相対しなければならないことに気付いた彼はとしては、そういう反応を見せる。


「勝てば勝つほど厄介な敵と戦わされる。やってられねーなぁ……どっかの紅茶中毒の台詞じゃないが」

「誰の台詞だよ」

「ラデックは知らない」


 そんな会話を交わしていると、前線の空が輝き出す。上級魔術特有の魔術の発動光であり、ユゼフの作戦が順調に進んでいることの証左であった。


 地味な策であるが、そこには「地味」で片付けられない程に緻密に計算された罠が張り巡らされている。

 魔術が効果的に敵軍を薙ぎ払う地点、軌道、部隊配置、進撃路の誘引。かつてラスキノで見せた都市攻防戦をさらに高次元にまとめた作戦図は、もはや黒一色で埋められている。何も知らぬ者が見たら、落書きか、もしくは理解し難い奇特で前衛的な芸術作品にしか見えなかったことだろう。


 後世、この作戦図を見た戦史学者の一人はこう叫んだという。


『どこの誰が作ったのか書いてないからわからないが――これは戦争芸術の域に達していると表現しても良いだろう』


 と。


 数分後、王国軍魔術隊の一斉攻撃により、帝国軍前衛部隊は混乱に陥り、さらにそこに追撃をかけたことによって、帝国軍は戦死及び行方不明者1500名を出して撤退することになる。




 そしてその作戦が成功している裏で、もうひとつのユゼフの策が始まろうとしていた。


「――それでは、行ってまいります」

「えぇ、気を付けなさいよ」


 サラ・マリノフスカが育ててきた近衛騎兵連隊が、帝国軍の監視網を潜り抜け、ヴィストゥラ川を超える。帝国軍の軍服に身を纏った王国軍近衛騎兵隊が、野に放たれた狼のように獰猛に駆けていく。


 その光景を見て、サラは部下とユゼフに対する絶対の信頼と、そしてそれに相反するであろうひとつの感情を持っていた。


「…………大丈夫。大丈夫よ。ユゼフの考えた作戦だから……」


 でも、と言いかけた言葉と共に、サラはその矛盾した感情を呑みこんだ。



 12月21日。

 本当の戦いは、ここからはじまると言っても過言ではない。


 ……そしてこの戦いが「彼」の運命を決定的に変えることを、まだ誰も知らない。


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