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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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凍土の攻勢

「なかなか面白い顔をしていますよ、ユゼフさん」

「……面白い顔とはなんでしょう」

「鏡を持ってないことが残念です」


 寝て起きて、エミリア殿下に開口一番言われたことはそんなことだ。


 変な夢を見ていたような気がするが、目の前にエミリア殿下がいることの驚きで全てを忘れてしまっていた。まぁ所詮夢だから問題ない。


「お久しぶりですね、ユゼフさん。元気ではなさそうですが」

「元気云々を言えるような状況ではありませんので……お久しぶりです、殿下。それとマヤさん」

「あぁ、久しぶりだな。だが意外と余裕がありそうだが?」


 マヤさんはそう言ってくれるが、余裕なんてない。

 今必死に、エミリア殿下にばれないよう必死に取り繕っているだけだ。


「まぁ、取り繕っている余裕はあるということでしょう、マヤ」


 ばれてーら。


「取り繕う暇もないほどに追いつめられている、ということじゃないとわかって安心しているんですよ、これでも」

「……エミリア殿下には嘘は通じませんね」

「当たり前です。何年ユゼフさんと一緒にいると思ってるんですか」


 そう言われるとぐうの音も出ないが。


「――ではユゼフさん。感動の再会をじっくりと……と言いたいところですが、状況の説明を」

「畏まりました」



 かいつまんで、状況を説明した。

 戦略的状況、戦術的状況は勿論、エミリア殿下の仕事でも外交上、国際情勢におけるシレジアの立場を含めた大きな視野で状況説明だ。


 戦術的不利というのは今に始まったことだから別にいい(いやよくはないのだけれど)。

 問題はやはり外交上の問題で、それはエミリア殿下の両肩にかかっている。


 なのだが。


「国土の過半を奪われた我が国に味方しようと名乗る国は案外少ないのです。在リヴォニア貴族連合のシレジア大使館からの情報が途絶えがちになっているんです」

「……それはリヴォニアの妨害でしょうか。それとも、大使館自体がそのようなことを?」

「…………考えたくはありませんが、両方でしょうね」


 カロル大公派閥の根は深い。

 叛乱貴族の全ての人員を刷新しようにも人材が致命的に足りないからだ。一応、能力のある大公派貴族に王女殿下への忠誠を誓わせて、それを監視する者を派遣してはいるが……絶対数が違う。


 監視役が買収や脅迫、あるいは説得で寝返らない保証はどこにもない。


 特にリヴォニア貴族連合へは、網を張ってない。オストマルク、東大陸帝国、カールスバート、そしてキリスにシレジア王女派の種を撒くことは成功したが、リヴォニアはまだだ。


 オストマルクが牽制していたが……その件のオストマルクが動けない現状、リヴォニアの動きはどうしても気になる。

 最悪の場合……待っているのは第三次分割戦争か。ある意味、前世ポーランドと同じ歴史を歩むことになる。それだけは避けなければならない。そうしなければ、自分が軍人を志した意味がない。


「ですので、冬の間はこの戦線を守り切ります。戦力の再集結と再配置の完了し、オストマルクからの支援が期待できる春頃に一転攻勢、奴らを弾き飛ばすのが長期目標です」

「……なるほど。無難……というよりそれしか手がないですね。問題は持久戦になること、でしょうか?」

「左様です」


 さすが殿下、話が早い。

 持久戦となると、国家の持つ体力の勝負だ。敵は侵略側で補給線に過大の負荷がかかっているとはいえ、大陸の覇者とならんと欲する東大陸帝国である。さらにセルゲイの近代化政策による強化済み。


 この状況から、せめて戦況を均衡にまで持って行かなければならないのだから胃が痛くなる。本当に、なんでこんなことになったのだろう。結局俺は少数側で戦わねばならない呪いを受けているという事なのだろうが。


「そこで立案したのが――」

「敵補給線の攪乱、だろう?」

「……さすがマヤさん。伊達に王女補佐をしていませんね」

「いや、さっきサラくんに聞いた」


 褒めて損した。


「コホン。だがサラくんの表情を見たが……彼女、不服そうだったな」

「そりゃそうでしょう。折角の活躍の機会に出撃できないんですから……」

「いや、そうじゃない」

「?」


 首を傾げると、マヤさんはどう説明したものかと顎をさする。


「なんというかな、作戦に参加できないことに不満を感じているわけではないと思うんだ」

「……そうですか?」

「そうだ。長い付き合いだからね、わかるんだよ」


 それ言ったら、俺の方がサラとの付き合い長いんですが……。


「君は鈍感だからな。その欠点は彼女を恋人にしても変わらないようだ」

「はぁ……」

「ただ、どうだろうな。早めにこのことは彼女の真意を聞いて解決させた方がいいだろう。士気にも関わるだろうしな。お互いに」

「……ご忠告、ありがとうございます」


 とはいえ、その暇があるだろうか。


 帝国軍は恐らく年内に、この士官学校に布陣する王国軍に接触し「一回は当たってみよう」と考えるんじゃないだろうか。

 冬だから補給の心配はあるがお互い様。当たってみて行けそうだったら攻勢、という余裕たっぷりの決断を相手が下すかもしれない。そして今回は王国軍は完全に受けの姿勢だ。


 サラを含めた第3騎兵連隊は斥候・偵察の任があるし、俺も作戦立案やらで忙しい。お互いに予定の合う時間をみつけられるのかどうか――、


「――失礼します!」


 と、言う言葉と共に、扉がノックされた。

 殆ど間髪入れず、伝令の兵が中に入って――そしてエミリア殿下の存在に気づき慌てて敬礼をし――たどたどしい言葉で報告を読み上げた。


 ちなみにその伝令兵は、外見だと中学生くらいに見える。こういう雑務をこなす兵は新兵がこなす者とはいえ……人員不足は極みにあるとみえる。


「第753偵察隊が帝国軍斥候と接触した模様、ヨギヘス閣下が司令部要員に対して緊急の召集をかけています。会議の開始は30分後。ワレサ大佐殿も急ぎ準備を願います」

「わかりました。すぐに向かいます。……そういうわけです、殿下。急用が出ましたのでこれで――」

「なるほど。ならば私もオブザーバーとして会議に出席しましょう」

「殿下!?」

「ご安心を。ここで王権を振るう真似はしません。ちょっと話を聞くだけです」


 とか言いつつ、なにやらちょっかいをだしてやろうか、などと考えて笑みを浮かべるエミリア殿下がそこにいたのである。

 マヤさんは「殿下は最早王族である前に軍人であらせられるのでな」と言って肩を竦めたのである。




 そして30分後、案の定、会議は波乱のものとなったのである。いろんな意味で。



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