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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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誰かがいない夢

 勝てる策と、現実世界でそれを実行するのとは天と地ほどの差がある。

 いわゆる、現実的でない策というのがそれだ。


 今回、俺が考えた作戦と言うのがまさにそれかもしれない。


 別に実行不可能なほど妄想じみた作戦と言うわけじゃないし、似たような策は前世世界でもやっていたようだし。

 ただ俺たちの置かれた状況と、俺――正確に言えばシレジア王国軍――が扱える戦力の特殊性を考えると、妄想の度合いは高くなる。


 切り札である、シレジア王国軍近衛師団第3騎兵連隊。

 サラが育てた騎兵部隊は王国最精鋭で、並の相手なら3倍程度まで互角でやりあえるだろう戦力。


 ただその部隊は、特性上、サラという一人のカリスマによって支えられているというところもある。


 ……サラに「カリスマ」という言葉を使わなければならないことに関して若干の違和感を感じるのだが、それ以外に適当な言葉が見つからないのでこの際無視してほしい。


 サラがいてこその騎兵連隊。

 個人の技量や才覚に依存した部隊の脆弱性は、その個人がいなくなった時に容易に顔を出すものなのだ。


「――私は行っちゃダメ、ってどういうことよ!?」

「そのままの意味だよ」


 そして俺は、自らの手でその状況を作り出さねばならない。それが作戦の大前提だから。


「……理由を聞いていいかしら?」

「勿論、話すつもりだよ」


 戦場に流れる血を求める……程でもないが、彼女は好戦的な性格である。そんな奴に「作戦から外れろ」と言われたら少しは文句は言いたくなるものだろう。自分が育てた大事な部下なら尚更である。


「俺が立てた作戦は、かつてサラが――サラたちが春戦争のときにやったこと、さらに言えばついこの間やったことの繰り返しだ。伸びきった帝国軍の補給線を叩くこと」

「なら……」


 逸るサラを手で制す。俺の言い訳がどこまでサラに通じるのか。サラは嘘を見抜くのが上手だから、言葉は選ばないといけない。


「けど、春戦争の時やアテニでやったこととは別の戦法でやらなきゃいけない。その戦法は、サラがいると成立しない」

「……その理由は?」


 サラがいないと成立しない。

 彼女の技量と才覚は皆が知っている。タイマンで勝てる奴は大陸でも一握りの存在、とでも言っていいほどに彼女は強い。


 じゃあなぜサラは作戦から外されるのかと言えば……。


「サラは女の子だから」

「…………バカにしてる? 回答如何によっては久しぶりに鳩尾殴ってあげるけど?」


 怖い。殴られる前なのに俺の鳩尾が記憶を手繰り寄せ早くも痛みを発している。この動悸と息切れはなんだ。更年期障害にはまだ早いと思うのだけれど。


「……コホン。怒らないで聞いて欲しい」

「もう怒ってる」

「まぁまぁ」


 サラに珈琲を勧めるも、彼女は足を組んでふんぞり返っている。一部の人からは踏んでほしいという願望を持たれるだろう美脚であるがそれはさておいて。


「帝国軍には女性士官がいないことは知っているかい?」

「……知ってるけど。まさかそれを見習えってわけじゃ」

「そうだよ」

「遺書の準備は出来た?」

「まだだから少し遺言を聞いて欲しい」

「遺産は私とフィーネとユリアで3等分だからね」


 大して持ってないだろうけど、彼女は言う。い、いやこれでも佐官だから稼ぎはいいし?


「これから俺が伝える『策』というのはその点が大事なんだ。女性であるサラには、この策では邪魔になる。だからサラには作戦から外れてもらう」

「……まどろっこしい事言ってないでさっさと理由を言いなさいよ!」

「あ、はい」


 サラの怒りが頂点に達する直前で、理由を説明する。


 俺が第3騎兵連隊に下令する作戦の概要は、「帝国軍騎兵隊に扮して、帝国軍の補給線を荒らせ」というものなのだから。

 至極単純だろう。


 幸い、帝国軍の軍服は用意できている。さすがに連隊全員分というわけにはいかない。合わせて300着程度だから、連隊の9割はこの作戦に参加できない。


 帝国軍が帝国軍の補給線を襲うという事は、王国軍がそれをするよりも効果的だろう。この状況においてはね。


「だから、サラは参加できない」


 と伝えると、サラはプルプルと身体を震わす。

 そしてひとこと、ポツリと漏らした。


「……わ」

「わ?」

「わかりやすいように最初からそう言いなさいよ!!」

「ですよね!」


 わかりやすい説明って難しいね、やっぱり!


 サラの了解が得られ、ついでに今回の俺の作戦に参加する者の選定を始める。サラの意見も聞いたが、主に俺が選んだメンバーを対岸に送る。


 200人しか送れないし、サラ抜きだ。そして……機密保持性の高い奴も選ばないといけない。万が一という事もある。


 サラを退室させた後で、色々と考え込む。

 どうやって対岸へ送るか、というのはそう難しくはない。帝国軍の軍服は着ているのだから、騙す策はいくらでもある。


 問題はその後。俺の作戦が通るのか、通らないのか。そして実行する者に、その器量があるのか……。悩みは尽きない。


 執務机に並べた資料をまじまじと見つめ長時間考えていると、つい眠くなってしまう。サラじゃないんだから難しい資料を眺めた程度で眠くなるなんて……と思わなくもないが、気づけば陽はだいぶ傾いていた。


 昼寝くらいはしても良い時間という事かもしれない。そんな言い訳を自分にしつつ、つい寝てしまった。


 長くは寝ていなかったと思う。

 でもなぜか、昔の夢見てしまった。このタイミングでは見たくなかった夢だ。士官学校にいるから、そんな夢を見ていたのかもしれない。


 まだ平和だったころのシレジア。カールスバートと戦争が始まる前。

 懐かしい教室で、サラやラデックと共に勉学に励んでいる。


 伸びない実技の成績とサラと格闘しつつ、サラやラデックに戦術や戦略を教える平和な日々。


 そんなある日、意を決して入学してきたエミリア殿下とマヤさん。

 国を守るために来た二人。


 5人となった居残り勉強は、楽しかった。


 卒業しても、平和じゃなくなっても、この5人で何かと動くことが多かった。

 これまでも、そしてこれからも。変わらないだろうその組み合わせ。


 激動の時代に誕生した不動の5人組。でもその中で、なぜか俺だけ取り残される。4人はこちらを見つめて近づかない。それどころか、遠ざかる。

 俺はそれを追いかけもせず、背を向けて反対方向へと駆け出す。


 何かを暗示しているかのような、不思議な夢――。


「――くん。――ゼフくん」


 誰かに揺さぶられるような感覚に襲われて、目を覚ました。


「疲れているようだね、ユゼフくん」

「……マヤさん」


 そこにいたのは、王都にいるはずのマヤさん。そして、


「おはようございます、ユゼフさん。起こしてしまって大丈夫でしたか?」


 マヤさんの、そして俺たちの主人であるエミリア殿下である。


「で、殿下……! いえ、殿下の前で眠ってしまうこと自体が不敬で――」

「私たち、そんなことを気にする仲でもないじゃないですか」


 微笑みを浮かべるエミリア殿下を前にして、俺は浅い眠りの中で見た不思議な夢の内容を忘れたのである。


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