無茶な戦い
シレジアの冬は寒い。
川の表面は凍りつき、雪は舞う。行軍などしようものなら凍傷が頻発する。
補給面で言えば、食糧や武器等のいつもの軍需品プラス、越冬用の防寒具や暖を取るための燃料などが必要になってくる。
おなじ厳寒国である東大陸帝国の軍隊もそのことはわかっている。
だからこそ、補給を重視した戦いになる。
港都グダンスクを占領したのはまさにそのため。河川輸送は馬車よりも効率が良い。川面が凍結しているため効率は夏よりも落ちているだろうが、それでも活発に行われているだろう。
「だからこそ、チャンスというわけだ」
「……チャンス?」
ラデックはアツアツのコーヒーを口にしながら首を傾げた。
12月。
早くも年の瀬で今年も終わろうとしている。シレジア王国も同様に終わろうとしている。川を挟んでの膠着状態と言えば聞こえはいいかもしれないが、シレジア劣勢だ。
数的不利は勿論、冬を味方につけることは、シレジアよりもっと寒い東大陸帝国相手には難しい。
凍結した川面を渡って奇襲攻撃――をしたいところだが、そこまで氷が厚いわけではないため、装備込の兵士が歩こうと足を突っ込んだ瞬間川の中に引き摺り込みそのまま凍死するだけ。
となると、選択肢は二つしかない。
「このまま川を挟んでの睨み合いか、こちらから打って出るか」
「……そうは言うけど、打って出るって、どうやって? 数じゃ負けてるんだろ? 数で負けてるっていうのは相当不利って、ユゼフが学校で教えてくれたじゃないか」
「うん。だから、数が少ない者が行う戦術を駆使して、なんとか敵を追い返すしかない」
ひとつが、地形を利用した徹底的な防衛戦。今回の場合は川だ。
だが長くはもたない。攻者三倍の法則はよく知られているが、戦略的には戦場を自由に設定できる分攻者
が有利。川幅が広くても渡河が絶対不可能というわけじゃない以上、突破されるのは時間の問題だ。
いわゆる主動の法則というやつだ。常に敵に対して先手を打ち、敵の思惑を潰す、あるいはそれを考える余裕をなくす。
現状、戦争の主導権は向こうにある。それを取り返すには、こちらから攻めに転じなければならない。
だが闇雲に攻めればいいわけじゃない。何度も言うが、こちらが数的不利な状態にあるのだから。
「……具体的な方法は?」
「基本的には、この前アテニ湖水地方でやったことと同じさ。敵の補給線を襲い、敵の兵站に負荷をかける。相手が音を上げた時点で攻勢に出て追い返す。今の所、それしか手はない」
つまるところ、ゲリラ戦である。少数側が多数側を負かすのに一番なのはそれだ。
ゲリラに対処をしようとすると、前線の兵力が割かれるか後方から増援を求めるしかなくなる。だが前者は正面戦力が乏しくなって攻勢を誘う羽目になり、後者は補給への過負荷が無視できなくなる。
冬になって必要な軍需品が増えた以上、より一層の補給線の負荷が強まっている。シレジア王国軍の指揮系統の再編や、カールスバート王国からの増援も来た今が好機だ。
「とは言え、問題がないわけじゃないんだけどね」
「問題?」
「あぁ。補給の問題さ」
「……は?」
「補給士官のラデックならわかるだろ? 本隊から離れて敵地でゲリラ戦をする部隊に対する補給の困難さが。今回はアテニの時と違って、川の向こうで、完全に敵地。しかも、一度やっている事だから当然向こうも警戒しているんだ」
「……あぁ、そういうことか」
川の向こうに部隊を送り込むこと自体が難しいのに、そこから継続的な補給を行わなければならない。
ゲリラ戦というのは一見簡単そうだが、その実はとても難しい。兵が休養できる拠点の構築、補給線の確保、逃走ルートの策定。どこぞの過激派宗教組織や民兵が人間を使い捨てにしたテロを行うのならその問題は解決できるが、今回は正規軍が行うゲリラ戦だ。
だからこそ、今ラデックに腹案を話しているわけで。
「なんとかしてくれ!」
「無茶言うな……」
「そこをなんとか!」
「できたら苦労はしてねぇよ!」
ラデックがキレた。
「東部に貯蔵していた食糧を引き上げる暇なんてなかったし、武器や装備もそうだ。荷役用の馬車を何台放棄したと思ってる! 今ある戦線に滞りなく補給を続けることだけでも大変なのに、川を超えて補給だと!? 冬に苦労してるのは帝国軍だけじゃねぇんだよ!」
「…………すまん」
「……いや、こっちもつい感情的になっちまった。だけど無茶なもんは無茶だ。別あたってくれ」
補給士官としては信頼できる友が「無茶だ」と言ってキレるのであれば無茶なんだろう。ここで博打をしても失う物は大きい。なにせ川を超えるのはサラの騎兵隊だ。
となると残る選択肢は……、
「ラデック。今言った『引き揚げそこなった物資』って、全部焼いたのか?」
「……まぁな。敵に使わせてやる義理もないだろう? まさかそれ使うつもりだったか?」
「いや、いい仕事だと思うよ」
残っていたとしても、帝国軍があらかた使ってしまうだろう。
だが問題はそこじゃない。
「もしラデックが帝国軍の補給士官だとして、軍需物資をどうやって運ぶだろうか?」
「……懐かしいな、それ」
「懐かしい?」
「あぁ」
はて、なんのことだろうか。
首をひねっていると、帰ってきたのは懐かしの戦争のことだ。
「春戦争で、同じことをエミリア殿下に言った。思えば、状況が似てるな……」
そこまで言われてハッと気づく。
戦闘詳報で読んだし、エミリア殿下らにも聞いた戦いだ。部隊を大きく迂回させて敵の後方補給拠点を襲撃した戦いを。あのときラデックは、帝国軍の補給状況を読んで「どこに拠点があるか、どうやって通るか」を提言した。
今回はアレの応用だ。ただし春戦争では一回限りの戦いだったが、こちらは補給の断絶した部隊で何度もやらなければならない。
これも相当な博打だが……。かと言って、他に手はあるだろうか。
一応必要な情報を集めて、ヨギヘス将軍に提案しよう。この作戦が通るか通らないかわからないけれど、提案しなければ可能性は0なのだから。
「……なら同じことをやってくれ。今回は国内で情報も多い。二度目ってことなら、結構やりやすいだろ?」
「…………やってみよう。必要な情報に注文ある?」
「そうだな。まずは――」
二人で地図と睨めっこして、帝国軍の補給状況を調べる。
そして俺は頭の隅で、別のことを考える。
サラたち近衛騎兵隊を安全に渡河させなければならない。帝国軍の目を欺く必要があるということ。軍神サラといえども単独では無理だ。だから、俺たちがそれを支援しなければならない。
ラデックによる帝国軍の補給線予想が立てられたのはその日の夕方。
そして俺が考えた陽動作戦が具体的な形になったのは翌朝。久しぶりの徹夜になった。
それらの作戦案が承認されたのは、さらに2日後の12月4日のことだった。
 




