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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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現状

 かつての士官学校は、荒れている。


 整備されていない路面や壁面には草の侵略が始まり、校庭は荒廃している。寮舎は士官の住処になり教室には下士官以下の兵がたむろし、そんでもってかつての女子寮に残されている私物を盗もうとする輩もいる。


 恐らく二度と、士官学校として蘇ることもないのだろう。

 勝つにしても、負けるにしても。


「はぁ……」


 そんな変わり果てた学び舎を見て溜め息を吐いていたら、背後から見知った声の主が。


「なに辛気臭い溜め息なんてついてやがる」

「……なんだラデックか」


 この学校で、同室同期として仲良くやって、そして今でも付き合いのあるラデックである。彼の手には何か液体の入っているそこそこ大きな酒瓶、そしてグラスが2個。


「なんだとはなんだ。折角、人が差し入れ持ってきてやったのに」

「差し入れ? よくもまぁそんな余裕があるもんだな」

「……ま、補給士官の役得と言ったところかな? 詳しい経路は聞くなよ?」


 そう言って彼は、俺に瓶とコルク抜きを渡してきてくれた。まぁ折角だし、詳しい入手経路とやらは聞かないでおこう。


 ………………。


「おいラデック。コルクの栓抜きってどうやるんだ」

「は?」


 いや王冠の栓抜きなら使い方わかるんだが、コルク栓は初めてだ。酒なんて普段そんなに飲むわけでもないし、飲むにしても瓶なんて使わないし。


「……お前、頭いいけど変なところで常識がないよな?」

「うるせー」


 結局コルクはラデックが抜いてくれた。頼れるお兄ちゃんである。

 ……ラデック相手にお兄ちゃんは嫌だな。自分で言ってて飲む前から気持ちが悪くなってきた。


「どーも」

「表情に微塵も感謝の気持ちが込められてない気がするが、まぁいいとしよう」


 失礼なやつだ。

 ふたつのグラスに酒を分けて、コツンとガラスの音を鳴らす。士官学校は飲酒厳禁だったのに、今こうして士官学校の景色を肴に酒を飲むなんて、つい数年前には思いもよらなかったことだ。


「――って、強いなこれ!?」

「当たり前だ。どこの世界に、度数の低い蒸留酒ウォッカがあるんだ」

「せめて俺が飲めるやつ持って来いよ!」

「相変わらずだなお前……」


 仕方ないのでちびちびと飲む。蒸留酒をストレートで。喉が焼ける様に痛い。


「んで、どうしてそんな溜め息ついてるんだ? ……いや、聞くまでもないか?」

「……まあな」


 どうもこうもない。酒の席で話すことでもないが、この不利な状況に溜め息以外の何を吐けというのだ。


「お前のことだ、色々考えてあるだろ?」

「色々? そんな考えてねーよ」

「嘘つけ。んな事言って、考えてなかったことないだろ?」


 そんなに買いかぶられても困るのだが。


「教えてくれてもいいんだぜ? 別に俺がどうこう出来るって話でもないんだがよ、この先どうやってお前がこの状況を打開するかってな」

「……ないない。そりゃないよ」


 期待しているラデックには悪いが、この状況「覆せ」と言われて、はいそうですか、とはならない。世の中にはどう頑張っても、無理な物は無理なのだ。


「しかし、なんて説明すればいいのやら……」

「別に適当に説明しろよ。どうせ半分も理解できる自信はないんだから」

「ドヤ顔で言うなよ……」


 ちなみに教室でサラに同じようなことを話したら、


『…………つまりユゼフがどうにかしてくれるってことよね!』


 と耳から煙を噴かせながら笑顔で返されてしまった。

 その反省を生かして、できるだけわかりやすく説明をせねば。変な期待をされても困るので。我々は賢いので。


「……考えていることは、負けた後の話さ」

「負けた後だぁ? え、お前、勝つ気ゼロかよ!?」

「いや、ゼロではないんだけどな……。いやさ、勝ったら勝ったで、時間に余裕はできるだろう? それなら勝った後に考えることもできる。でも負けるのなら『負けた後で考えよう』なんてことは出来ないんだ」


 勝てばそのまま帝国軍を追い返すなり、適当な僻地を割譲するなり、いっそのこと全部ひっくり返して帝国と同盟を組む、とか色々あるだろう。


 だが負ければどうにもならない。どのように負けるかも問題だし、その後のこともだ。


「それに現状、負ける確率の方が高い」

「……嫌な事言うなよ。お前の言ったこと、だいたい当たるんだからよ」

「人を予言者みたいに言うな……」

「予言者じゃねーよ。予言者だったら、もっと女心わかってるもんな?」


 痛いところを突きやがる。


「……ま、後方にいるラデックだからわかるだろうけれど、この国、余裕ないだろ?」

「ねーな。明日にでもカールスバートの援軍が到着するというらしいが、そいつらを養うのもこっちの仕事だ。装備も何もかも違うから、補給の負担が辛い」

「わかるよ。しかも、援軍の数は、帝国軍の数に比して少ない。焼け石に水なのさ」


 ヴィストゥラ川を利用し、地形を最大限に生かせば恐らく負けることはないし、ある程度戦術的な勝利を積み重ねることもできるだろう。


 だが、それだけだ。帝国軍には数の利がある。


 数の利、というのはそれだけで凄まじい。人海戦術とか物量作戦よりも優れた戦術というのは、基本的には存在しない。

 敵よりも圧倒的多数で殴るのが戦争の基本。


 シレジアには、その数を揃える余裕なんてないのだ。


「シレジアの勝ち筋は今の所一つしかない。このヴィストゥラ川のラインで持ち堪えて、オストマルク帝国軍の介入を待つ。そうすれば、東大陸帝国軍にとって数の利はなくなる」


 さすがに彼我の国力差を鑑みると、逆転は出来ない。

 だが負けもしないし、それどころか勝利の見込みも立てられる。


「それまで、俺たちはなんとしても持ち堪えなければならない」

「この士官学校で?」

「あぁ。何の因果かわからんが、アテニ湖水地方にいた敵がクラクフなり王都シロンスクなりを目指すとすれば、必ずここら辺を通る必要があるからな」


 それに河川を利用した補給も可能になる。もっともそれは、プウォツクよりもブロンベルクの方が重要になるが。


「……でも、敵が渡河する可能性があることを考えると、やはり戦力は少ない。川を利用した防御というより、渡河された地点に戦力を集めて機動的に防御した方が得策……」

「相変わらずそこら辺の話は冴えるな。俺には何を言っているがわからないが、それで勝てるのか?」

「さっきも言ったけど、勝てはしない。やってることは時間稼ぎさ」


 自分の国は自分で守る、が持論な俺にとって、最終的な勝利に他国の力を頼らざるを得ないところに妙な腹立たしさがある。でも背に腹は代えられない。


 ……だが、そのわずかな勝利の道筋にさえ、今や暗雲が立ち込めている。


「今オストマルクにいるフィーネさんから連絡があった。オストマルクがこの戦争に介入する時期が、だいぶ後ろ倒しになったそうだ」

「……マジで?」

「あぁ。最悪、春まで待たなきゃならん」


 つまり半年程は現有戦力で何とかしなければならない。

 しかも時間が経てば経つほど、国力に差がある分こちらが不利になるというおまけつき。


「なんでそんなことに?」

「わからん。さすがにその辺の情報までは紙のやり取りじゃな……。直接会えればいいんだが、事態がこんがらがっているのなら、それすらも難しい」


 もしかしたらオストマルクの方も、自分の国と臣民を守ることに精一杯なのかもしれない。 


「……だから、負けた後の話か」

「あぁ」

「具体的には、どういう話なんだそれは?」

「……言いたくない。サラにも同じこと言われたけど」

「じゃあ教えろよ。俺にだけ。『考え』ってのは表に出さないと意味はないぞ?」

「…………」


 グイっと酒を呷る。何もしていないのに、アルコールが脳を揺さぶる。

 ここからは酒の力がないと、容易に話せない。


「負けた後の話というのはどういう状態で負けるかになるけれど……最悪の場合はシレジアは併呑され、国は亡びて187年の歴史に幕を閉じる。これが最も避けなければならない未来だけど……現状のまま進めば、こうなる確率が高い。俺たちは戦犯として晒し上げられ、王家はみんな連れて行かれるだろう」

「……」


 さすがに、ラデックは茶化さなかった。冗談で済まされない事態にまで悪化しているのだ。


「最悪でない負け方としては、領地のいくつかを取られて、あとは政権が傀儡化するということかな。カロル大公が戻ってきて王位につく可能性が高い。その場合……」


 そこで、つい躊躇ってしまった。

 ラデックに全部言おうと決心したにも拘らず、だ。


「……その場合?」

「…………その場合、エミリア殿下は十中八九、皇帝の手に……要はセルゲイに皇妃として迎えられるだろうね。彼は前に殿下に求婚していたし、エミリア殿下も皇妃の立場からシレジアの統治にある程度は口を出せるだろうし……」


 そんなことが自分の口から発せられた、という事実に自殺したくなる。グラスに入っているのが蒸留酒ではなく猛毒だったら良かったのに、と思わせてしまう程に。


「一番軽い負け方は、大幅な領土割譲だけで済む場合かな。まぁそれでも、奴らはシレジアの政治にある程度の権限を要求するだろうから、この場合でもエミリア殿下の立場は……」

「おいユゼフ」


 と、喋っている途中でラデックが止めた。


「……なに?」

「お前が何で悩んでいるのかわかった」

「は? いやわかるもなにも、俺は国の――」


 と言ったところで、彼は拳で俺の頭を小突きながら、


「バカ。お前が自覚してないだけだ」


 そう言って、俺のグラスに残っていた蒸留酒を注ぐ。


「お前が悩んでいるのは『どうやって国を守るか』なんてちんけなことじゃねぇよ。柄にもなく、男らしく『どうやって女を守るか』で悩んでるんだ」

「……はぁ?」

「ま、お前の口からそんなことは出てこないから代わりに俺が代弁してやっただけだがな。なんだかんだで付き合いは長いんだ。それくらいはわかる」

「…………そうかな」

「そうだよ」


 ラデックのキメ顔が妙に腹がたったので叩いておいた。


「それじゃ結局、俺はどうすればいいんだ? 国じゃなくて、女……っつーか、お前らを守るんだったら」


 土壇場で問答の立場が逆転してしまった。

 だが俺の質問に対して、ラデックの答えは至極簡潔明瞭で、ほぼ即答だった。彼は再び良い笑顔で、


「んなもん俺が知るか! それ考えるのがお前の仕事だ!」


 と言ったので、念のためもう一発殴っておいた。



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