敵じゃなくてよかった
ユゼフが敵でなくて、本当に良かった。
そう思うことは何度もある。
例えば、私たちが初めての実戦を経験したとき。
例えば、東大陸帝国と初めて戦争をしたとき。
そして今、東大陸帝国と戦っているとき。
ユゼフは帝国が用意した罠を、あっけなく見抜いてみせた。
呆気なさ過ぎて信用できない、なんてことは私たちの間にはない。ユゼフがそう言うのだから間違っていることはない。
もしユゼフの言っていることと現実が乖離を起こしていたならば、恐らく現実の方が間違えているのではないかとさえ思う。
でも当の本人にそのことを言うと、
「俺なんかよりサラが敵じゃなくて良かったと思うよ」
と返されてしまった。
私なんかが何の役に立つのだろう。
自分を不当に卑下するつもりは毛頭ないけれど、ユゼフの実力にはかなわないのに。
確かにユゼフは貧弱で虚弱で女々しくて意外と女たらしで堂々と二股かける奴で将来的には四股くらいはしそうな奴だけど、彼の知略に適う者なんて大陸にいない。
……今まさに、帝国軍の用意した罠がユゼフによって蹂躙されているこの光景のように。
「別に大したことじゃないよ。奇襲されることがわかっているなら、その状況を最大限利用してこちらから奇襲をかけるだけさ」
と、自信満々――なんて言葉からは157キロくらいは離れていそうな態度に、いつも「どうしてこんなに卑屈な人間が完成してるのだろう」と思う。
大したことじゃないと言いつつ、ユゼフは本隊から魔術兵を1個小隊程連れてきて、罠つき帝国軍輸送隊が再び目の前に現れるのを待った。
そう何度も現れるようなもんじゃない、と思ったけど、ユゼフは「違う」と言う。
「帝国軍にしてみればサラの騎兵隊は厄介極まる存在だ。これまでに何かしら対策を講じてきただろうけど、その対策もサラの騎兵隊によって蹂躙されて堪忍袋の緒が切れている状態。何が何でも、サラの首を討ち取りたいんだ」
何が言いたいのかわからない。首を傾げると、さらに彼の口は達者になる。
「つまり帝国軍は鬱憤が溜まっている。侵攻先には数万の王国軍が存在しているように見え、そして後方補給路は荒らされまくっている。上司としてはどうしようもなく『評定に響く』んだ」
そこまで言ってから、なるほど得心が言った。
私たちが暴れて、それに対処できない無能者というプレッシャーが、帝国軍上層部を襲っているのだとユゼフが言った。
だから罠を張り、精鋭を用意して、私たちを待つ。
私たちがそれに気づかずのこのこと出てきたところを叩く。
そうすれば補給路の安全が確保され、私たちは討ち取られ、評定は上がる。
「よくそんなことまで想像できるわね」
「簡単な心理学の問題だよ。ま、期待して待っててね。成功すれば、サラが好きな一方的な蹂躙が待っているよ」
人を戦争狂みたいに言う。
一方的な蹂躙が好きなんて一度も言ったことない。そんなことよりも、戦いが終わればユゼフと一緒に居られる時間が確保できることの方がうれしい。
だから私は、彼の言うことをなんでも聞く。彼の言うことが間違っていたことなんてないんだから。
そして昼ごろ、帝国軍輸送隊はのこのことやってきた。
先日と同じ陣容、数、そして殺気。
私の勘が、同じ部隊だと告げている。
それをユゼフに言ったら、彼は苦笑いして「やっぱりサラが敵じゃなくて良かった」と言う。そして魔術兵に命令すると、その後起きたのは一方的な蹂躙だ。
魔術兵1個小隊の魔術攻撃なんてたかが知れている。
でも上級魔術の発動光とその威力は単発でもかなりのものだ。それこそ敵の不意を打ち、「自分たちが奇襲するんだ」という甘えた考えを持つ輩の肝っ玉を盛大に蹴り上げたような感覚だ。
最初の一発で、勝負は決まった。
魔術攻撃の一発目で敵の罠と戦列は崩壊。奇襲部隊が奇襲されるという事態に狼狽する。
それでも流石精鋭ということだろうか。狼狽は一瞬の出来事で、すぐに戦列を立て直そうと指揮官の指示が飛ぶ。
……けど、どんな精鋭でも一瞬で戦列を敷くなんてできない。騎兵が突入するに際して、敵陣形の混乱は一瞬でも長いくらいだ。
「――連隊吶喊! 蹂躙せよ!」
私は叫び、私が育てた部隊を率い、馬の腹を蹴り、目の前で混乱から立て直しつつある帝国軍部隊を絶望の谷底へ突き落す。
サーベルと、馬と、私の軍服はすぐに敵の血に染まる。
目の中に血飛沫が入ることなんていつもの事だからもう慣れた。
「立て直せ! 陣形を整えろ! 槍を構えろ!」
混乱と絶望の中でも必死に指揮を執ろうとする、身なりの良い軍人がいる。指揮官だ。
こんな状況下でも逃げもせずに部隊をまとめあげようとするその心意気やよし。敵ではあるけれど称賛に値する。
そんな敵に対して、私たちは礼儀を尽くして――蹂躙しよう。
抵抗力が亡くなるまで、帝国軍の偉い人たちが絶望するまで、私たちはそれを続けよう。
数十分間の、戦闘と呼ぶには一方的な出来事が終わると、私は怪我をしているわけじゃないのに血まみれだった。
個人戦果なんて気にしたことないから数えてないけど、サーベルは既にナマクラも良い所。剣ではなく鉄の塊になってる。さっさと捨ててしまおう。
「サラ! 無事――みたいだね?」
「当たり前よ。こんな中途半端な精鋭気取りの部隊に私がやられると思う?」
「そんなことなかった気がするけど……やっぱりサラが敵じゃなくて良かったよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。ユゼフの作戦がないとこんな一方的なことにはならなかったと思う」
戦いが終わった安堵感と共に、私たちは表情を崩して笑った。
ユゼフはすぐに被害状況だの、戦果だのを纏めようとぶつぶつと呟いているけれど、私にとってそんなことはどうでもいいし、あとでもいいじゃないかとも思う。
私は血まみれになった軍服を脱ぎ去って、大好きなユゼフに飛びついた。
一仕事終わったら、あとはプライベートなことを思う存分にする。それが私の士気を保つ方法だ。
「ちょ、ちょっとサラさん!?」
「さん付け禁止よ。あと私、今結構疲れてるの。ちょっとくらい慰労があっても良いでしょ?」
そう言って私は、力に任せて彼を人目のつかないところに連行するだけだ。
戦いが終わるまではダメって言われて、そして今戦いは終わったのだ。別にいいわよね?




