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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
458/496

コンビ

 10月20日。陣地に引き籠って、全く攻めてこない敵軍の戦力が日を追うごとに増してくる様子を見ながらニートしていたらなんかサラに呼ばれた。


 まぁ、こちらも敵が欺瞞作戦に引っ掛かってくれたおかげで何も動きがなかったからいいんだけど。

 一応敵襲時の対処法は旅団長に伝えてあるし、大丈夫だとは思う。


 サラ率いる騎兵隊が仮の陣地としているのは鬱蒼とした森の中。俺がそこに到着した時は既に真夜中で、最低限の篝火と月明かりだけが光源。幽霊が出そうな雰囲気だ。


 そんな状況下にも拘わらず、俺とサラは割とすぐに邂逅することが出来た。


「で、サラ。いったい何の用で――」

「ユ――ゼフ――――!!」


 そして話を振る前に、サラが勢いよく飛びついてきたわけである。押し倒される格好になるのはいつもの事だが、月明かりしかないこの森の中でやられるとは思わなんだ。


「サラ、痛い」

「鍛えてないからよ!」

「鍛えたところでどうにかなる問題でも……」


 抱き着いたまま離れないサラと共に立ち上がろうとするも、サラの方が体格がいいためなかなか起き上がれない。上半身だけ起こすのがやっとだ。


「ったくもう、いきなりなんなのさ」

「いや、久しぶりだしユゼフ補給しようかなって」

「久しぶりってほどでもない気がするけど」


 確かに戦争が始まってからこんな風に堂々といちゃつくことはなかったけれども、会う機会ならいくらでもあったじゃないか。

 という理屈は、当然サラの頭の中にはないわけで、


「誰も見てないし、誰もいないし、ユリアも妹か弟が欲しいって言ってるし、いいでしょ?」

「いや全然よくない」


 まず誰もいないというのは間違いである。草葉の陰に隠れたコヴァルスキ准尉が恨めしそうにこちらを見ている。きっと「リア充爆発しろ」などと呪詛の言葉を並べ連ねているに違いない。俺だったらそうする。


「そういうのは良いけど、時間と場所を弁えなよ」

「えー……」

「それに見物人もいるし」


 サラにコヴァルスキ准尉の存在を教えると、ふてぶてしい表情は更にその度を増しながら、やっと立ち上がってくれた。


「……コヴァに覗き見の趣味があったなんてね」

「どう考えても出迎え要員でしょ。俺は一応ここに仕事しに来たんだからな?」

「はいはい。……仕事が終わったら、別に何してもいいのよね?」

「…………まぁ、そりゃね」


 ここでダメと言えるはずもなし。士気に関わる上に、俺も別に嫌じゃない。


「じゃ、さっさと仕事終わらせましょう!」


 言って、抱き着くことをやめたサラだが身体を密着させるのは相変わらず。腕に感じるサラの体躯は、何度経験しても慣れるものでもない。


 そんな俺らを見るコヴァルスキ准尉の顔は、先程のサラ以上にふてぶてしいものだった。


「お待ちしておりました、ワレサ大佐」


 心なしか、彼の言葉がきつい。


「……うん、待たせたね」

「はい。とりあえず仮の司令部にお連れします。そこで現状をお話しますので」




---




 仮司令部は小さな湖の畔にあり、最低限の篝火・焚火があるのみ。何人かが歩哨に立っており、またいくつかの騎兵隊が警戒に出ていることもわかった。


 その仮司令部の中央で、丸太を即席のテーブルとし、地図を広げる。

 そこでサラとコヴァルスキ准尉が状況を説明してくれた。


「――というわけで、マリノフスカ中佐の判断で攻撃を中止しました」

「なるほど。いつものサラの勘ってわけね」

「私の勘は外れたことないから」


 知ってる。サラの勘は勘というより未来予知に片足突っ込んでるチート能力だ。パラメータがバグってるんじゃないの? これがゲームだったらどう考えてもNerf待ったなしだ。


「ま、ともあれサラの判断であれば信用は出来る」

「ありがと。でも、なにがどう危ないのかはわからないわ。もしかしたら罠かもしれないし、ただの勘違いということもあるかも」

「サラが戦場で勘違い起こすとは思えないけど……確かに過信もできないか。そのために俺を呼んだわけだしね」


 万が一、というのは世の中にはある。

 ただ、サラの「勘」の精度と、状況を考慮すれば恐らく勘が正しいだろう。


 敵は17回もサラの騎兵隊によって輸送隊に被害を出している。何らかの対策があって、それを勘で察知したとしてもおかしくない。


 ともかく一度現場を見たいな。夜なら敵の数も少ないだろうし。ついでに、騎兵連隊の状況も確認したい。


「わかったわ。じゃ、私とユゼフは『二人で』現場に行ってくるから、コヴァはその間に各中隊指揮官に自分の隊の状況を確認するように伝達しといて」


 なんか今サラッとこの夜道を二人きりで行くことを決めたよねこの中佐。公私混同というのではないだろうかサラさんよ。

 が、コヴァルスキ准尉は冷静である。


「畏まりました。ではついでに、お二人の護衛に二個小隊程つけられるかどうか、ベム大尉に相談してまいりますので」

「ちょっと待ちなさい。私たちに護衛は――」

「司令部派遣の参謀たるワレサ大佐と、連隊を率いるマリノフスカ中佐の二人が護衛もなしに戦場をうろつくわけにはいかないでしょう、常識的に考えて」


 ごもっともです。


「ぐっ……コヴァ、あんた言うようになったわね。……でもこの隊の指揮官は誰か覚えているかしら」

「なるほど。では第3騎兵連隊の指揮官たるワレサ大佐、どう思われますか?」


 あぁ、うん。そう言えば名目上の指揮官は俺だったね。忘れかけてたけど、エミリア殿下からそう言われたんだった。


「コヴァルスキ准尉が正しい。調整頼むよ」

「ちょっとユゼフ!?」

「ハッ! 直ちに!」


 慌てて胸ぐらをつかむサラをよそに、コヴァルスキ准尉はしてやったりという笑みを浮かべながらその場を立ち去った。


 鬱憤溜まってるのかどうか知らないけど、サラさんもうちょっと自重しよう?




---




 二個小隊の護衛付きで、俺とサラは、サラが勘によって攻撃を中止した街道へと到着した。

 周囲に敵影なし。真っ暗な闇夜の中、月明かりと手に持つ篝火だけが頼りである。


「で、ユゼフ。なにかわかった?」

「うーん……暗いからなぁ。もうちょっとよく調べないと」


 街道には、帝国軍輸送隊のものと思われるわだちがいくつも残っている。先日雨が降って一度真っ新な地面になっているにもかかわらず、である。

 かなり大規模な部隊であることがよくわかる。


「サラ、雨が降ってからこの街道に帝国軍輸送隊は何回来た?」

「えーっと……」


 こめかみに手をあてて必死に思い出そうとするサラ。

 その脇で、俺らがふしだらな真似事をしないかと監視する役目を自らに課していそうなコヴァルスキ准尉が代わりに答えてくれた。


「連哨戒の目が節穴じゃなければ2往復です。1往復目は小規模な輸送隊でしたが、連隊の攻撃準備が整っていないというのと、馬車の数に比して護衛が多く、マリノフスカ中佐の判断で攻撃はしていません。2往復目が、例の部隊です」

「ありがとう、准尉」


 とすると、この轍には二つの輸送隊のものがあるというわけか。

 詳しく見るためにその轍に明かりを近づけたところで、サラの勘の真意がわかった。どうやら思ったより単純な話らしい。


「――なるほどね」

「もうわかったの?」

「うん。たぶん、だけど」


 ヒントは轍の深さだ。


 当たり前の話だが、車輪が通った跡である「轍」の深さは、同じ道、同じ馬車を使用しているのならば、その馬車の重量に左右される。


 んでもって、轍の深さが浅くなっているものがいくつかある。


「まさかそれが、中佐が勘で攻撃しなかった隊?」

「んにゃ。小規模部隊の方だよ。もっというのであれば、小規模部隊の復路だね」

「……復路?」

「そういうこと」


 輸送隊が運んでいるのは、戦闘部隊を養うために必要な物資。食糧だったり武器だったり、嗜好品だったり生活必需品だったりと様々だ。

 当然それらは、目的地で荷下ろしされる。いくつか持って帰るゴミなんかはあるだろうが、ゴミは基本的に現地で処分する。王国軍だってそうだし、帝国軍だってそうだろう。


 つまり、普通の輸送隊の場合は行きは重い荷物を背負っていて、帰りは軽々なのだ。


 それが、浅い轍がある理由。


「……じゃあ、ほかの轍は?」

「ひとつは小規模輸送隊往路の轍、あとのふたつはサラの勘でやめた輸送隊もどきの轍の、往復分かな?」


 時間経過による風化もあるから確定的な事は言えない。でもサラの勘と、帝国軍に置かれている状況を考えてみれば、行きつく先というのは見えてくる。


 帝国軍にとってサラの騎兵連隊は脅威だ。輸送路は遮断され兵が飢える。ただでさえ目前には敵の主力がいる(ように見える)のに、この状況が続いたら負けは確実。なんとしても早期に排除すれば、味方は飢えから解放されるし王国軍に一撃をくわえられる。


 そう思うのは自然な事である。


 だが下手な護衛ではサラの騎兵連隊では相手にならない。なにせ王国最精鋭だ。

 じゃあたくさんの護衛をつければ……となると今度はサラの騎兵連隊が攻撃に出ない。実際、さっき准尉が言ったように小規模だけど護衛がいっぱいいる輸送隊にサラは攻撃をしていない。


「だから罠を張った? でもなんの罠よ? それが轍の深さと関係あるわけ?」

「あると思うよ。往路でダメでも復路でまたサラが引っ掛かってくれると信じて、罠を乗せたまま往復したんじゃないかな」


 気持ちはわかる。そう何度も繰り返しできる手というわけでもないし。


「もったいぶらないでなんの罠か言いなさいよ。面倒ね」

「わかったわかった。つまり――馬車には荷物ではなく、反撃用の『歩兵部隊』が積まれていたんじゃないかということさ」


 サラ騎兵連隊がまんまと罠にかかったところで歩兵部隊を馬車から出して展開させて反撃する。時間的猶予が限られるが、兵の練度が高ければ可能だろう。


「……よくそこまでわかるわね。あんた帝国と通じてるんじゃないの?」


 冗談交じりに、サラが笑いながらそう言ってきた。


「あくまでも予想さ。外れって可能性もあるよ」

「ユゼフの予想が外れたことなんてあったっけ?」


 いや、いっぱいあると思うけど。


「ともかく敵の実態はわかったわ。あとはどう料理するかだけど、どうせユゼフのことだから何か対策も浮かんだんじゃない?」

「『どうせ』って……」


 期待されているのはサラの嬉しそうな顔を見ればわかるんだけど、もうちょっと言い方という物が……。


「どうなのよ?」

「……あるけど」


 本当にすぐ思いついちゃったところが、なんとも恨めしい。


「サラ。とりあえず仮拠点に戻って部隊の状況把握。その後で、作戦を説明するよ」

「わかったわ。コヴァ、戻るわよ!」


 

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