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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
455/496

時間稼ぎ

 敗残兵の再編成及び周辺住民の疎開、それをしつつ帝国軍の予想進撃路から物資を引き上げる。

 いわゆる焦土作戦の実行が決定された。


 ヨギヘス大将以下1万5000の軍団が、いくつかの部隊に分かれて疎開作戦を行う。


 その傍ら、俺らは疎開作業中に襲われないように時間稼ぎをしなければならない。

 ヨギヘス大将の懇意で、ケプラ准将指揮する旅団がその時間稼ぎに協力してくれるそうである。階級的にも年齢的にもこちらが下だが、ヨギヘス大将からの命令でケプラ准将には俺の意見をよく聞くようにと言われているらしい。

 

 まったくありがたい話である。


 そのケプラ准将の旅団とサラの近衛師団第3騎兵連隊を足し合わせた、ヨギヘス大将命名の「ケプラ独立混成旅団」の戦力は8000。まぁなんとかなるだろう。


「そういうわけだラデック。時間稼ぎのためにお前の協力が必要なんだ。ま、そんな難しいこと頼む予定はないから安心してほしい」

「…………」


 そしてなぜかラデックが無言のジト目で返答してきた。


「なんだその反応は」

「……いやなんだよなぁ、お前がそういうことを言うときって」


 はてな? 俺はそこまでラデックに無茶ぶりしたことが今までにあっただろうか。いや、ない。


「こっちは身に覚えしかないんだが」

「細かいこと気にするな! それに国民を守ってこそ軍隊だし」

「はぁ…………で、なにすればいいんだ?」


 うむ。さすがは便利な友――じゃなかった、頼れる友である。話が早い。


「とりあえず北に移動する。ここじゃいくらか防衛がしにくいからな。オソヴィエツに行く。あそこは川と森と小高い丘の天然要塞、防衛にはうってつけだ」

「んでもって帝国軍が拠点にしそうなアウグストゥフやエウクからに近く、街道もオソヴィエツを掠める形で通っているな。なるほど、帝国軍にとっちゃ目の上のなんとやらか」

「そういうことだ」


 アウグストゥフやエウクはここら辺で一番大きな街だ。ただ城塞都市ではないため防衛力はない。また幾多の戦いが繰り広げられたアテニ湖水地方の南端ということもあり、今から疎開をする暇はない。


 他にも周辺に集落やら村はあるが、全ての住民を疎開することは叶わないだろう。


 だがここからさらに南に行くと、大きな都市であるビャウィストクがある。アウグストゥフやエウクからそこへ進撃するためには、オソヴィエツの付近にある街道を通らなければならない。


 ここは戦略上の要衝ということになるわけだ。




 ヨギヘス大将と別れた翌日、予定通りオソヴィエツに到着した俺たちは、ここを拠点とした時間稼ぎ作戦を開始することになった。


 その際一番大変なことになるのは、補給担当の人間とケプラ准将指揮する旅団である。


「まず確認として、私たちの目的は敵に一撃を加えて撃滅する事ではなく、あくまで味方の準備と住民の疎開が完了するまでの時間稼ぎにあります。具体的な期間で言えば――1ヶ月です」

「1ヶ月を、この戦力で!?」


 作戦会議の席、ケプラ准将からはそんな驚きの言葉を貰った。


「そうです、閣下。これでも短くした方なのですが」

「簡単に言ってくれるな……。いや、私は士官学校も真面目に通ってなかったからそこら辺は君に任せるが、大丈夫なのかね?」

「こんなことを言える階級でも年齢でもありませんが……信じていただければ」

「……今は信じよう。君の才覚ではなく、君を信じろと命令したヨギヘス閣下をな」


 ま、急には信じることもできないか。でもこちらの意見を聞いてくれるだけありがたい。


「続けます。大前提として、彼我の戦力差は絶望的です。敵は40万。先鋒として出される偵察部隊も数万の軍隊でしょう。対してこちらは僅か8000。さらに劣勢であるため士気は高いとは言えず、また戦力に対して防衛すべきエリアがとてつもなく広大です」


 守るべきエリアは、ここオソヴィエツを中心とした半径40キロ。それを当分の間8000の戦力で護らなければならない。

 さらに50キロ程先には帝国軍が当分の拠点とするアウグストゥフやエウクがあり、南には都市ビャウィストクもある。


 そこが落とされたら殆ど戦争は負け確定だ。シレジア北東部領土がガッツリ削られることになる。

 味方の態勢が立て直すまでに何としてでも止めなければならない。


 しかし何度も言うように、戦力差は絶望的。

 だから工夫を凝らさなければならない。


「准将閣下の部隊にはオソヴィエツに防御陣地を築いてもらいたいのですが」

「それは既にやっている。まだ時間がかかるが、明日には十分な防備ができるはずだ」

「いえ、それでは不足です。三個師団程度が十分に防御できる陣地にしていただきたいのです」

「……なんだと?」


 こちらの戦力は確かに8000しかない。

 だがそんなこと、帝国軍が知るはずもない。帝国軍にしてみれば、敗走したローゼンシュトック軍団に、予備戦力として残されていたヨギヘス軍団が合流すれば大戦力足り得ることを警戒するはずだ。


 その警戒中に、目の前に大規模な防御陣地が現れたら……こちらの戦力が多大であることを信じて、攻勢を待ってくれるかもしれない。


「やや希望的観測、という気もするな。敵が誤認してくれることを期待するわけだろ?」

「無論、騙す努力はします。准将閣下には陣地を築く傍ら、麾下の兵に十分に行軍訓練をさせておいてください。それはもう念入りに、敵からはいくつもの部隊が行進しているように見えるくらいに」

「…………なるほど。一流の詐欺師だな君は」


 なんだか准将の目が痛い。やめて、そんな目で俺を見ないで。


 しかしまぁ、これでも不足なのだろう。敵がバカであることを期待するのは間違っている。

 だからあらゆる布石は惜しまないでおこう。


「ラデック。近隣の村や集落から出来るだけの物資を徴収してほしい。その際、布とかそういう物をたくさん持ってきてほしいんだ」

「なんだ? 案山子でも作るのか?」

「惜しい。連隊旗を作るんだ。凝ったデザインにはしないけど、遠目からならばれないだろう」


 連隊旗というのは、その名の通り1個連隊ごとに渡される軍旗だ。

 連隊ごとに旗の意匠が異なり、連隊の誇りとなり、連帯の規律、士気、そして何より指揮統率に必要不可欠なものとなる。


 故に、そんなものが三個師団分、大規模な防御陣地に立てられ、そして行軍する軍隊が多くいる(ように見える)のならば、誤認もするというものだ。


 んでもって、さらに念押ししておく。


「疎開をしていない、疎開をしないエリアに設定した村や集落に噂を流します。具体的には『王国軍は戦力を集め反撃の準備を整えている』『戦力は3万以上』とか、そういうのです。それらは、サラの騎兵連隊に任せるよ」

「……えっ、私そんな地味なことしなきゃいけないの?」

「大丈夫、安心しろ。どっちかって言うと、これはついでのことだから」


 戦力8000のうち、騎兵は3000で歩兵・魔術兵は5000。どう考えても後者が主戦力なのだが、今回の場合はサラの騎兵連隊こそが鍵となる。


「サラとサラの育てた精鋭の騎兵連隊が頼りだ。それ次第で、この詐欺が成功するかが来まる」

「なら仕方ないわね! なにをすればいいの?」


 鼻息を荒くしながら俺の説明を待つサラの顔は、頼もしい上に可愛い。そんな彼女に作戦を伝えるのは、ちょっと楽しいことだ。

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