第三次ガトネ=ドルギエ会戦 その2
「結論から言おう。少し予想外だ」
ガトネ=ドルギエ平原で行われた会戦の初日は夕刻と共に終わり、帝国軍総司令官にして皇帝セルゲイ・ロマノフは高級将校を集めて軍議を開いた。
その劈頭、上記の台詞を発したと言われる。
「あぁ、済まない。別に弱気になっているわけじゃない。王国軍が存外にもよく戦っているのでな」
「何をおっしゃいますか、眉一つ動かさず指揮なさっていたのに」
セルゲイがクツクツと笑い、副官たるクロイツァーは呆れながら真面目に答えた。
第三次ガトネ=ドルギエ会戦の初日、帝国軍は無謀とも思える攻撃と続く王国軍の反攻によって3000以上の損害を出していた。
敵の攻勢を誘い出すための疑似突出であり、それ故に損害は覚悟していたものの、流石に3000の損害は予想外だったということである。
現在帝国軍は、ガトネ=ドルギエにある小高い丘の上を陣取っている。平原全体を見渡せるその丘は王国軍も喉から手が欲しくなるほどの緊要地形であり、実際初日の夕刻は丘の争奪戦となっていた。
しかしその争奪戦も、王国軍が慎重に動いた結果、小競り合い程度で終わってしまった。
「王国軍も反攻に慎重でした。あまりわざとらしい動きを見せてしまうと、敵にこちらの罠を看破させられる恐れがあります。数の優勢はともかくとして地の利は彼らにあります。油断はしない方が賢明というものです」
と、参謀のひとりが話す。
ガトネ=ドルギエの平原は帝国軍も過去2回戦ったことのある場所であるが、あくまでそれだけである。王国軍、いや王国民にとっては裏庭も同然であるため、その自然地形を生かした戦いをされると如何に数の利があっても相殺されてしまう。
しかも今回の場合、帝国軍は暫くの間数の利は存在しない。
「陛下。我々の軍団は他の軍団よりも急進して進撃した故に、数の利もなく、兵達の体力と士気が低下しています。それに加えてこの緒戦における敗北は、今後の行動に影響が大きくなりますぞ?」
参謀は皇帝を目の前にしても臆することなく意見する。
並以下の皇帝であればその発言を不敬として忌み嫌うかもしれない。だがこの皇帝セルゲイは軍人として、総司令官としても器のある男だったことが、この戦争で証明される。
「では、参謀はどうすればいいかと考える?」
「……少なくとも、第二陣として到着予定のシュレメーテフ上級大将閣下の軍団を待つべきです。数の利が得られれば、地勢不利は簡単に覆すことが可能ですし、それだけで敵を押しつぶすことも可能です。この状況で、敵の決戦思想に乗ってしまう道理はないかと」
「なるほど、一理ある」
批判とも受け取れる参謀の意見を受けて尚、セルゲイは楽しそうに笑みを浮かべる。こんな戦いを待ち望んでたと言わんばかりのその笑みは、やや不気味なものであり、セルゲイの魅力を引き立たせるものだった。
数秒の思考の後、セルゲイは参謀の意見は採用しなかった。
「理由を聞いても?」
「あぁ。最も大きなのは――これは貴官らには秘密故に詳細は言えないが――政治的な理由だ。政治的な理由で、のんびり長期戦をやっていられない。ここでシレジア王国軍と『決戦』し、彼の国の軍事力を可能な限り削ぎたいのだ」
「政治的、ですか」
「あぁ。戦利品は早い者勝ちと相場が決まっているからな」
その言葉に、参謀を含む複数人の高級将校が納得したような反応を示した。なるほど、そういう理由であれば確かに今ここで痛快にシレジア王国軍を消滅させた方がいいだろう、と。
一方、わからぬ者は後でわかった者に聞いてみよう、と考えていた。
「他にも細かな理由はないでもない。ここで王国軍に逃げられて戦線を再構築して粘られたら、こちらも兵站の問題や戦死者の問題に頭を抱えなければならないのでね。戦争というのは如何に自分の戦死者を減らすかにあるんだよ」
「だからここで決戦に臨むと?」
「その方が、最も効率が良い」
言って、またセルゲイが笑う。
この時参謀が感じ取ったのは、セルゲイが「戦争狂」としての才能があること、そして戦争そのものを好んでいるということではないかという不安だった。
内政においても軍事においても狂気的な彼の所業は、果たして帝国をどう導くのだろうかと。
「しかし陛下。政治的な理由はどうあれ、ここで勝たねば意味がありません。なにか策はおありですか?」
考え事に夢中になった参謀の代わりに、クロイツァーが代弁するかのように質問する。彼はセルゲイの旧友であるからセルゲイの考えも当然の如く読めるので、これは他の将校への説明の機会を与えたということである。
「まぁな」
だがセルゲイは、ただひとことそう言っただけだ。
また何かあくどい事を考えているのではないか、という笑顔を見せながら。
「策をお聞かせくださいますか?」
さらにクロイツァーが深く聞く。
具体的にどんな戦術で以って王国軍を打ち破るのか。高級将校が皇帝陛下の案を待ち望んでいた。
だが、セルゲイが放った言葉は、帝国軍諸将の度肝を抜いた。
「休戦の使者を王国軍に出すぞ」
長い長い沈黙の後、クロイツァー以外の将校が一斉に口を開いた。
「「「……は?」」」
唯一違う反応を見せたクロイツァーは、旧友の意図を察したのか肩を竦めた。
そんな困惑する参謀連中とクロイツァーの反応に満足した皇帝は、自らが考えたその策謀を彼らに伝えた。
そして、決戦の二日目が始まる。
最初はなんか惨めな戦いをし無様な逃げようを見せる帝国軍、ついに皇帝の命令により停戦の使者を出します。なんだセルゲイくんってば意外とヘタレだね!




