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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
444/496

防衛会議

 東大陸帝国再侵略の情報は、ユゼフ・ワレサが構築した情報網によって察知され、エミリア王女を通じて数日後には王都シロンスクの総合作戦本部にもたらされた。


 内戦によって疲弊したシレジア王国にとっては深刻な問題であり、国家の存亡をかけた一大事であることは明白である。

 しかし続く報告によって、その空気が一気に弛緩することになる。


「総司令官は皇帝セルゲイ? しかも直接指揮を執るだと? 本当か?」

「信頼できる情報筋からのものです。絶対ではありませんが、かなり確度の高い情報であります」


 王国軍総司令官兼王国軍総合作戦本部本部長代理となったヤン・マレク・ローゼンシュトック元帥以下、残り少なくなった王国軍の高級将校たちの会議の席上にて、その情報がもとらされたのである。


「総司令官。それも皇帝自らが出征か……」

「内政において比類ない成果を挙げているとは聞いているが、猛将という一面もあるのだろうか?」


 本来であれば、シレジア王国軍と東大陸帝国軍とでは戦力に差がありすぎる。帝国は、軍制改革による軍縮でその規模を減らしているとはいえ総兵力は300個師団を超える。一方でシレジア王国軍は根こそぎ動員しても10個師団がせいぜいである。


 真面にやりあえば、絶対に勝てない。

 しかし最前線に皇帝自らが出向くとなれば、話は別である。


「だとすれば、こちらとしては都合がいい。速攻を仕掛け、皇帝を討ち取るなり捕らえればいい」

「それが出来なくとも、怪我でもさせてやれば逃げ帰るのではないか? そうすれば敵の士気も崩壊しよう」

「違いないな」


 彼らの考えに、間違いはない。

 戦力差が大きい故にそれ以外の選択などありはしないのだから。


 そこに、春戦争によって自分たちが「帝国という強敵と戦い、勝った」という自負が合わさり、確信となって言葉になったのである。


 それに疑義を挟む者は、そう多くはいない。


「…………」


 ただ一人、ヘルマン・ヨギヘス大将の助手として会議に出席したために発言権がない、ある青年を除けばだが。




---




 数時間に亘る会議を終えて、俺はなんとも言えない気持ちの中で出口を目指す。

 内戦の武功で昇進したヨギヘス大将は、同じく昇進したタルノフスキ少将とどっかに行ったために一人でいる。


 今日の俺の仕事はヨギヘス閣下の付添だけだったし、別に仕事を振られたわけではないから気楽でいい。だが、このモヤモヤをヨギヘス大将にもタルノフスキ少将にも伝えられないというのは、ハッキリ言えば気持ちが悪い。


「浮かない顔ですね、ユゼフさん」


 そしてエントランスに来たあたりで、そう呼び止められたのである。


「――殿下! あの、どうしてここに?」

「あら、王国軍の将校たるこのエミリア・シレジアが王国軍総合作戦本部にいてはおかしいですか?」

「いやあの、でも王国宰相でもありますでしょう?」


 王国宰相というのは、決して暇な部署ではないはずだ。しかも内戦直後で色々とやることがあるこの国で。

 だがそんな心配は無用、とばかりにエミリア殿下は綺麗な笑顔で言ってのける。


「安心してください。今日の仕事はもう終わりました」

「……まだ昼の3時ですよ?」

「さすがにもう慣れましたから」


 相変わらずエミリア殿下のスペックがおかしい。

 軍事的才覚を持ち武勲を挙げ、事務処理もきっちりこなし、王族故にコネはいっぱいあってしかも俺より年下で美少女と来たものである。


 役満どころではない。字一色大四喜四暗刻単騎待ちと言った方がいいだろう。


「……あの、なにか?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 あまりにも殿下とのスペックの差に泣いていたら、キョトンとされてしまった。


「相変わらずおかしな人ですね」

「……えっ?」

「ふふっ、冗談です」


 どうしよう。冗談に聞こえない。



 エミリア殿下が総合作戦本部にやってきたのは、ローゼンシュトック元帥に会うためであったらしい。だけれども元帥閣下もまた忙しい身である。そのことを伝えると、殿下は潔く諦めた。


「大した用事ではありませんから、後日でもいいんですよ」


 とのことである。


「ところでどうしたんですか。浮かない顔をしてましたよ?」

「……あぁ、その話なんですが――」


 と、口を開きかけたところではたと黙る。

 まだここは総合作戦本部のエントランスだ。ここで喋る内容ではない。


 エミリア殿下もそれは察してくれたらしい。


「では、あちらで話しましょうか」


 そう言って、殿下は出口付近に待機している軍用の馬車を見た。




 馬車の中で、俺と殿下は二人きり。これなら漏れる心配はない。


 ゆっくりと流れる王都の街並みを横目に、今日の会議の内容をざっくりと話した。


 帝国の情報提供者から再侵略の報を受け取った時点でおおまかな内容は殿下も知っているのだが、問題となるのは俺の懸念である。


「懸念、ですか。確かにユゼフさんの言う通り、皇帝セルゲイは有能ですが……それは内政に関してのみではないのでしょうか?」

「そのことは作戦会議の席で王国軍諸将が言っておられました。ですが私は……」

「そうは思わないと?」

「はい。確かな根拠があるわけじゃないのですが」


 東大陸帝国皇帝セルゲイ・ロマノフは、皇帝となる前は帝国軍少将の地位にあったことはわかっている。だが皇族が少将の位を持っているからと言って実力や武勲が伴っているとは限らない。


 セルゲイの内政手腕は、誰もが舌を巻く。

 軍制改革、農奴解放、外交関係の見直し、軍警分離、積極的な経済政策。どれを取っても、歴史に残る大偉業だろう。


 そんな人物が軍事的才覚を持っているとしても――まさかそんなこと、と笑って済ませられることではない。


 それに俺はかつて、エーレスンド条約締結時にセルゲイを見ている。

 セルゲイがエミリア殿下にどんなことを話したのかも知っている。


「その印象から話せば、彼は確かな戦略眼を持っています」

「だから、不安だと?」

「はい」


 そんな彼が皇帝になり、シレジア再侵略の計画を立てた。そしてその情報がシレジア王国にもたらされた。情報によれば、彼は最前線で指揮を執るという。


 このような情報を得て、何も思わない方がおかしいのではないだろうか。


 前世で好きだった作品に、確かこんな台詞があったと思う。


「……世の中に流れている情報ってものには、必ずベクトルがかかっている」

「ユゼフさん?」

「あぁ、いえ。私の好きな言葉です。世の中に流れている情報は、願望だったり、あるいは誘導しようとしていたり、その情報を発信した者の利益をはかる方向性が付加されている……というものです」


 これは俺にも経験がある。


 春戦争の前、俺はオストマルク帝国で駐在武官として情報収集をしていた。その時、まだ出会ったばかりのフィーネさんやリゼルさんと協力して情報を得た。


 特にリゼルさんが「グリルパルツァー商会」の伝手を使って得た情報というのは、かなりのベクトルがかかっていた。

 つまり、当時皇帝派と皇太大甥派で分裂していた東大陸帝国内の誰かさんによって「政敵を失脚させよう」という願望と共にかなり信頼できる情報が送られてきたのだ。


 そのおかげで、俺らはイヴァンⅦ世の目論みを完全に粉砕した。


 その誰かさんは、間違いなく皇太大甥派だ。

 時は経ち、また戦禍が差し迫る中、俺が積極的な情報収集を始める前に向こうから情報が勝手にやってきた。


 このベクトルの正体はなんなのか。

 言うまでもない。


「皇太大甥派……いえ、皇帝セルゲイが意図的に流した情報である。そう、ユゼフさんは仰りたいのですか?」

「はい。推測の上に推測を重ねた、根拠のない妄想でありますが」


 全く、嫌な事ばかり想像心がかきたてられて嫌になる。


 ただ、この推測が真実であった場合、疑問点がまた浮かび上がる。

 つまり情報を流した者の「意図」は、いったいなんなのかということだ。


「……そこからは、情報を集めないとわかりませんよね」

「えぇ。殿下の許可があれば、すぐにでも始めたいと思います」

「わかりました。許可しましょう。ただ恐らく時間がないので、可及的速やかにお願いします」

「畏まりました」


 さて、となると仕事が勝手に増えたな。久しぶりに、祖国の命運をかけた情報収集というわけだ。腕が鳴る。とりあえず前回と同じくリゼルさんとフィーネさんに協力を頼んで、あとは独自の情報網も使おう。


 とりあえずマヤさんにも報告しないとな。珍しく殿下は今一人で――え、一人で? 王女ともあろう人がマヤさんという護衛もなしに?


「殿下。少しいいですか?」

「はい。なんでしょうか?」

「なんでマヤさんがいないんですか?」


 そう言った瞬間、スッと目を逸らす殿下。え、なにこれ怖い。これ以上追及して良いのか迷う……が、殿下はその立場上護衛を付けないとダメだ。

 だからハシビロちゃん並にジッと見つめて無言の圧力をかけてみる。


「そ、そんなに見つめられると照れます……」

「あぁいや、その、すみません」


 いけないいけない。


「コホン。で、なんでいないんですか?」

「それは――その、何と言いますか」

「殿下」

「いえ、大丈夫ですから。別にマヤと仲違いを起こしたというわけではないですし」


 裁判長、証言が取れました。


「仲違いしたんですか」

「し、してません! ただ、ちょっと……」


 そう言って、また殿下が目を逸らした。だが今回は見つめることをせずとも相手が自供してくれた。

 殿下は頬を赤く染め、胸の前で両手の指をわさわささせながら、


「た、たまには一人で買い物したいじゃないですか……」

「…………」


 乙女か。いや、乙女ですけれども。


「殿下……」

「わ、わかっていますよ! マヤにも止められました! で、でも、最近忙しかったですし……」

「殿下」

「うぅ……申し訳ありません」


 言って、殿下は若干涙目になりながら謝った。こう見ると、エミリア殿下は士官学校時代から変わらないお人である。微笑ましくもあり、そしてちょっと、いやだいぶ問題である。


「殿下、気持ちはわかりますがやめましょう」

「はい……。戻ってマヤ連れてきますね……」

「あ、その必要はないですよ?」

「はい?」


 いや、マヤさんが付添って……こう言ってしまっては何だが、楽しくなさそう。確かに護衛としてはぴか一、優秀な侍従武官だとは思う。

 が、一緒に買い物を楽しむ相手として見ると落第点である。


 ほら、彼女真面目だから。エミリア殿下が買い物をしている最中も「護衛中ですから」と言って気を抜かず鷹のような目をしながら周囲を射抜くに違いない。


 そんな買い物があるか。


「というわけで進路変更です」

「どちらへ?」

「決まってます。楽しそうに買い物をして、かつ護衛としても優秀な人ですよ」


 俺がそう言うと、エミリア殿下はすぐにその答えを見出したのか、ポンと手を叩いた。


 うん。マヤさんには非常に申し訳ないが、ここは彼女に任せよう。

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