帝国の野望
東大陸帝国帝都ツァーリグラード郊外の、とある別荘。
「ステファン。聞きたいことがある」
「なんだい兄さん、改まって」
そこに、クラクフスキ公爵家の子息、マヤ・クラクフスカの兄であるヴィトルトとステファン2人の姿があった。
「例の、シレジア諜報員に関する資料。なんでもっと早く言わなかった」
「違う資料に埋もれてたんだよ、俺だって万能じゃねーんだから」
父に従い、祖国を裏切ることに決めた長兄ヴィトルトと、リスクなしで美味しい所だけ吸おうとしている日和見主義のステファンの会話は、いつだって和やかなるものではない。
「本当にそうか? 隠してたんじゃないのか?」
「隠す気なら、最後まで隠してるよ」
「だがお前が早く出さなかったおかげで、大多数の諜報員を取り逃したと、皇帝官房長官が怒っていたが?」
「帝国の警察力が低すぎんだろ。俺のせいじゃない」
ヴィトルトは真面目に詰問し、ステファンは不真面目に答える。
正反対の態度を取る兄弟であるが、彼らがそのような行動に出る理由は共通である。
つまり、自分の親、クラクフスキ公爵の取った行動である。
「父上の計画に支障が出る。そういうことでは困るな」
「計画……計画ね。はいはい、計画計画」
「真面目に聞け」
その計画自体、ステファンは父の真意を知っている。
なにが父を突き動かしたのか、なにがこの大博打を打たせたのかも知っている。故にステファンは、こうして不真面目にヴィトルトに付き従っているわけだ。
なにせ今の段階では、公算は五分五分。少なくともステファンにはそう見えていた。
「もし計画が失敗したら、俺たちは歴史上最も愚かな一族だと語り継がれることになるぞ」
「今の段階だと、殆どそうなってると思うんだけど」
「現状の評価など、どうでもいいさ」
一方のヴィトルトは、ステファン程に計画を絶望視していない。
確かに父の――いや、カロル大公一派の計画はある意味において売国的で、ある意味においては理想主義的な側面がある。人類史上二度目の大規模な挑戦であり、成功確率は低い。だが成功すれば、得る者は大きいだろう。
名誉という言葉だけでは足りない、偉業とも言うべき目的の為に。
「……まぁいい。ここにいる限り、お前が状況を変えることはできないんだからな。二重スパイなんて器用な事お前が出来るとも思えない。それに一応言うが監視と検閲はきっちりやってるからな?」
「おぉ、怖い怖い。兄弟だというのに、信用されてないね」
「安心しろ。俺にも同じのはついてるし、父上にもたぶんついてるだろう。この国に来てから、ずっとな」
「愉快な事だな」
ステファンの冗談に、ヴィトルトは「確かにな」と言って笑ってみせた。
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同日。帝都ツァーリグラード郊外、春宮殿。
「陛下、どういうおつもりですか?」
「どう、って何がだ。クロイツァー」
「決まっています。あの売国奴一家のことですよ」
東大陸帝国第60代皇帝セルゲイ・ロマノフと、その側近ミハイル・クロイツァーは、いつもと変わらず古く腐りかけた帝国の改革に邁進していた。
「あのような売国奴を利用せずとも、シレジアなど陛下の御力を以ってすれば――」
「鎧袖一触だな。あんな国、内戦がなくても3ヶ月あれば併呑できる」
そして今二人は、クラクフスキ公爵家の処遇について話し合っている。と言うより、クロイツァーが一方的に聞いている。
「なら、なぜですか?」
「簡単さ。スケープゴートだよ」
若き皇帝はペンを休めることなく、クロイツァーに説明する。
今や精強に改革された東大陸帝国軍であれば、シレジア王国軍など最早問題にならない。問題となるのはその後、その統治についてである。
「カロルにしてもクラクフスキにしても、裏切り者の綽名はそう簡単に拭い去ることはできない。そう言う奴を、占領後のシレジア統治を任せればどうなる?」
「――元王国民の不満が増大しますね」
「当然だな。カロル、クラクフスキという売国奴の下で必死に働こうなどと言う奴はおらん。だが、だからこそいい」
そう言ってから初めて、セルゲイはペンを置いた。
そして従卒が淹れたコーヒーを片手に一息ついて説明する。
「奴らは優秀な人間だ。たぶん、嫌われ者だということをわかってなお素晴らしい統治を見せるだろう。だがそれでも不満を持つ奴は、武器を手に取って群がり始める」
「……そうして、群がった敵を討つ、ですか?」
「そうだ。だがもっと正確に言えば、彼らにそれをやらせる」
言って、悪魔のような顔をこの皇帝は浮かべた。
ここまでくれば、クロイツァーはその意味を理解する。
「なるほど。彼らは裏切り者というレッテルだけでなく、同族殺しという不名誉も背負うのですか」
「そして同族殺しなんてことをやらかした奴らを、俺が皇帝として処断する」
「……そう、うまくいくでしょうか」
「さぁな。案外、もっと彼らは統治するかもしれない。なんにせよ、戦争が楽しみだよ」
笑い、そして皇帝はひと時の休憩を終わらせて、執務に戻る。
その直前、クロイツァーは尋ねた。
「……陛下。それじゃ、陛下がまるで悪役ですよ。何の為にそのような事をしているのか、わからなくなります」
冗談じみて、セルゲイの親友であるクロイツァーは笑って聞いた。
その問いに対してセルゲイもまた、笑って答える。だが内容は、すごく真面目に。
「決まっている。世界平和だよ」
と。
大陸英雄戦記2周年ですって
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なんかもう、ほんと、ペース落ちててごめんなしあ。




