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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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もっとよくない報せ

 いい報せ、というのはなかなか来ないものだ。

 悪い報せというのは何故か友人を連れて勝手にやってくるのだけど。


 勲章だの昇進だのと面倒が増えて辟易しているところに来てしまえば、さらに頭を抱えることは間違いない。まぁ単独で来ても頭を抱える問題ではあったが。


「我が国のバカ――じゃなかった、ヴァルター殿下に関しては申し訳ありませんでした」


 もっとよくない報告の冒頭、フィーネさんはそう言った。

 自国の皇子のことを貴族令嬢であるはずのフィーネさんがそう言ってしまうのは些か問題がある気がするが、この部屋にそれを密告しようなどと考える奴はいない。


 開幕そんなことを言うということは、もっとよくない報せというのはこのバカのことなのだろう。


「構いませんよ。無能で愚かな王侯貴族というのはどこの国でも悩みの種ですから」


 いやホントに。

 考えなしの鶴の一声というのは恐ろしいのである。急に言われても困る。


「申し訳ありません。そして、これからも、ヴァルター殿下は貴国に御迷惑をかけ続けるかと思います」


 フィーネさんは眉を下げて、再び謝罪の意思を示しエミリア殿下に頭を下げた。


 ヴァルター皇子。全名ヴァルター・アウグスティーン・ダミアン・フォン・ロマノフ=ヘルメスベルガー。

 オストマルク帝国帝位継承権第7位。


 そして、エミリア殿下の婚約者だ。

 正式に破談したわけじゃないから、まだ殿下は皇子の婚約者である。まぁ事実上縁は切れているだろうけれど。


 それはさておきバカ皇子エフッエフッ、ヴァルター皇子は、オストマルク帝国とシレジア王国を同時に裏切った国賊とも言える存在である。


 オストマルク帝国の現在の基本方針は、民族宥和・少数民族保護と権利向上である。かつて俺が彼の地にて大使館にいたとき、それを頑張っているリンツ伯爵家、クーデンホーフ侯爵家の姿を見たものだ。


 が、今回ヴァルター皇子はその盆をひっくり返した。しかもとても厄介な形で。

 

「ヴァルター皇子のしたことは、端的に言えばリヴォニア民族主義です。民族宥和・少数民族保護という基本方針に反発し、帝国において最も比率が高く権力の座にもついているリヴォニア民族を絶対的な頂点とする思想を基本とする……厄介極まりない考えです」


 ということである。


 民族宥和・少数民族保護政策の弊害ということだろう。少数派に対して予算と手間をかけたおかげで、多数派であるリヴォニア人から不満が噴出した。それをヴァルター皇子が拾い上げて、今回のような暴挙に出た。


 帝国の貴族階級は全員がリヴォニア人だ。

 そこにリヴォニア民族主義という燃料を投下すれば、大炎上待ったなし。


 貴族と言うのは一部例外を除けば「特権は持ってて当たり前、むしろ拡大するのが当然の事」と思っている生き物だし、そこに「我らリヴォニア人は他の民族と比べて優秀で清廉で神聖にして不可侵なる偉大な民族である。そこら辺に居る雑多な蛮族とは違う」という過激な民族主義が合わさると、大炎上どころか瞬間核融合炉と言ったところだろうか。


 少数民族はそれに反発するのは必至だ。


「彼らには長期的視点と言うのがありません。目先の利益追求にだけ執心し、帝国を滅ぼすことについては秀でた才能を持つ彼らですから」


 と、フィーネさんは不満を露わにしていた。


 ……まぁ、民族宥和政策の最先鋒たるリンツ伯が過去に政敵を多数追いやったその反動が今来たと言う側面もあるのだろうが、言わないでおこう。


「それでフィーネさん、その問題、解決できそうですか?」

「……不可能ではありませんが、時間がかかります。如何にバカと言えど、相手は皇族ですから」


 曰く、帝国王侯貴族には司法権が及ばないらしい。

 王侯貴族を裁けるのは同じ王侯貴族だけ。特に皇族を裁けるのは、皇族だけという不文律がある。


 腐っても皇子なヴァルター皇子は、そこを利用して今回のようなことを犯したのだろう。そしてリンツ伯に反対する貴族は、ヴァルター皇子の権威を使って事態を正当化しようとしている。


 皇族の権威を使われてしまうと、さすがのリンツ伯も難渋するか。


「これを機に、彼らがリンツ家を弾劾するという可能性もなくはありません。ですので、暫く私たちは表立って動くことができません」

「……だから『これからも迷惑をかける』ですか」

「はい。ですが某国が軍事行動を起こしたら、さすがに軍を動かすことはできると思います。彼らにとっても今『シレジア崩壊』というものが起きたら困りますからね」

「……それは、オストマルク帝国の公式の言葉ですか?」

「いえ、私個人の言葉です」


 ですよね。


 まぁシレジアというケーキを分け合う機会がなくなるから、リヴォニア民族主義者の連中も黙って東大陸帝国の台頭を許したりはしないだろう。

 シレジアがケーキ扱いかよ、と思わなくもないが現在の国際情勢を見れば仕方ないと言えば仕方ない。俺がオストマルクでもそう考える。


 というか、リンツ伯やクーデンホーフ侯も同じことを考えているに違いないのだから。やり方が違うだけで。


「しかし情報省所属の武官として言えば――情報支援は惜しみません」

「ありがたい話です。今は何か、情報はありますか?」

「……東大陸帝国側の情報は、入ってきていません。しかしそれ以外の国でしたら、いくつか」


 言って、フィーネさんがいくつか資料を出した。


 リヴォニア貴族連合の統治機関、元老院の長が間もなく交代するということに関する情報。次の長はヘルメスベルガー公爵家で、親オストマルク派であること。


 またキリス第二帝国の内政改革に関する情報。女帝メリナ・アナトリコンは国内の忠誠を思ったより得られず苦心しているらしいこと。


 カールスバート復古王国は内戦による傷を癒しつつあり、内戦によって消耗した軍の再建と再編が進んでいるらしい。カールスバート内戦時の貸し借りを利用して、彼らに対東大陸帝国戦への助力を頼んでみるのもいいかもしれない。


 そしてある意味一番厄介かもしれない日和見主義の神聖ティレニア教皇国。東大陸帝国と結託して未回収のティレニア問題を掲げてオストマルクを牽制するか、東大陸帝国の台頭を恐れて妥協するか、全然考えが読めない国だ。

 どうやら今回の事に関しては目立った動きがないようだが……。


「現在、情報省が確認していることは以上です。西大陸帝国やアルビオン連合王国は、新大陸権益の確保に忙しいらしいですからね」

「なるほど」


 新大陸ね。たぶんアメリカのことだろう。前世でもイギリスとフランスがアメリカ大陸に植民地持っていたし、この世界でも同じような事が起きていると言うことか。


 とりあえず連合王国の皆さんは頑張ってボストンでお茶会を開けばいいと思います。


「さて、大佐の方から何か情報はありますよね?」

「……」


 うん、まぁ、情報は交換する物だからね……。


 対東大陸帝国方面の情報はこちらの方が持っている……のだが、内戦のゴタゴタのせいでその情報網が崩壊している。一から作り直している段階だから情報が少ない。



 だから、現在最も機能している情報提供者に頼るしかない。

 俺はエミリア殿下の方を見る。それだけで殿下が察してくれた。


 エミリア殿下は執務机にあったベルを鳴らし、隣室に控えていた彼女――マヤさんを呼びだした。


 マヤさんの兄、日和見主義なステファン・クラクフスキからの情報である。

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