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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
438/496

行方明瞭

「見せつけてくれますね、ユゼフさん」

「……怒ってます?」

「怒ってはいませんよ」


 5月8日。

 俺とサラは、エミリア殿下に呼ばれ、彼女の下を訪れた。

 そして出迎えたのはクラクフから戻ってきたマヤさんと、執務机に目一杯の書類を積み、挨拶もそこそこにジト目を向けてきた殿下と言うわけである。


「少し待ってください。この書類を片付けたらゆっくりお話ししましょうか。とりあえずそこにかけてください」

「は、はい」


 語尾がきつかった。確実に怒っていますね、はい。


 ……なんででしょう。いや、答えるまでもないか。

 

 エミリア殿下は今や王国宰相として国王フランツを補佐し、内政全体を掌握する立場にある。

 元々殿下は事務仕事自体は経験を積んでいる方だが、まだまだ不慣れな部分も多い。それに数多くの閣僚・貴族のクビが飛んだので、エミリア殿下の事務的負担は凄まじい。


 そこに、俺とサラが来たわけだ。

 しかもガッチリと俺の左手を捕まえて。もし俺が殿下の立場だったらグーで殴るだろう。


 しかし、だとしてもエミリア殿下、怒り過ぎではないだろうか。

 それにほら、殿下って事務仕事得意な方だし、しかも今は侍従武官のマヤさんも隣で作業をしているのだ。俺とサラの関係がこうなったのは今に始まったことじゃないし。


「何かあったのかな、殿下」


 こういう時は頼りになるサラさんに聞いてみるのが一番早い。エミリア殿下の一番の友は間違いなくサラさんだろうし、サラもサラで面倒見がいいし。


「……やたらめったらそういうこと口にしない方がいいわよ。たぶん刺されるから」

「え、どういうこと。そもそも誰に刺されるって?」

「私とか」


 待って、怖い。サラに刺されるってなにそれどういう状況。

 あなたを殺して私も死ぬというシチュエーションはあまり好まないのだが。あぁいや、サラの場合は「あなたを殺して私は逃げる」だっけ。


 俺なんかの為に死んでは困るので逃げるのは正しい判断だけれど、まずその前に殺さないでほしい。


「どういうことなの?」

「自分で考えなさいよ。それが仕事でしょ」


 サラにツンとはねられた。ちょっと悲しいこれはこれで好きだから問題ない。


「な、なによ」

「別になんでもないよ」


 言ったらたぶん鳩尾を殴られるので言わないでおく。


 無事内戦を生き残れたらしい、エミリア殿下の従卒であるサヴィツキ上等兵がコーヒーを淹れてきてくれた。この従卒の淹れるコーヒーは美味しいのよね。


 ちなみに隣にいるサラさんはコーヒー淹れるの下手です。以前飲んだことあるけど、泥水と区別がつきませんでした。


「……なによ」

「別になんでもないよ」

「……」


 サラさんに女子力は端から期待はしていない。女子力(物理)なら全面的な信頼を置いているが。


 もっとも、この場にいる中で一番女子力が高いのはサヴィツキくんということにはならないだろうが。何せエミリア殿下やマヤさんは「メイドに作らせる」立場にある御方だ。どう頑張っても上手いはずがない。


 従卒役になることの多いマヤさんが多少出来るかな、ということくらいだ。


 フィーネさんもマヤさんと同じだろう。たまに忘れそうになるというか忘れたくなるけど、彼女も伯爵家の娘さんだしね。



 それから数分後、エミリア殿下が一息ついたらしい。

 本来であればそのまま休んでほしいが、あの書類の量を見る限りたぶん無理だろう。


「お待たせしました、ユゼフさん、サラさん」

「いえ、大丈夫です。お疲れ様です」

「まだまだありますけどね」


 ふぅ、と嘆息して、エミリア殿下もサヴィツキくんの淹れたコーヒーを飲む。今やエミリア殿下の両肩にはシレジアというお荷物が乗っているわけだから、そりゃ疲れるだろう。


「本来であれば助けてあげたいのですが、私が手伝っても邪魔でしょう」

「いえ、そんなことはありませんよ。確かにユゼフさんは事務は遅いですけど、相談に乗ってくれるだけでも助かります」

「いつでも相談に乗りますよ?」

「ふふっ、そうですか。では今度、恋愛相談でもしてみましょうか」

「それは勘弁願いたいです」

 

 両手を上げてそう答えると、エミリア殿下はくすくすと笑った。一方サラさんはむくれた。

 そんなサラを見てか、殿下がサラに話題を振る。

 

「サラさんの方はどうですか? 確か、副連隊長になったのですよね?」

「えぇ、そうよ。近衛騎兵連隊は損耗も人事転換も少なかったから、内戦前のように訓練できてる」

「それは重畳。でも、あまり無理はしないでくださいね」

「大丈夫よ。一日六時間までしか訓練させてないから」


 やめろ、死ぬ。主に馬が死ぬ。


「しかし……人事転換で思い出しましたが、ユゼフさん、まだ少佐なんですね?」

「えぇ、まぁ」


 なんだろう。ちょっと殿下から煽られているような気がする。


『え? お前まだ少佐なの? あぁ、いや、別に他意はないけど?』


 みたいな感じ。

 いや、殿下はそういうことを言うお人ではないのはわかっているから考え過ぎなんだろうけれども……ヘーイテイトクー、に通じるものがある。


 が、どうやら先程の言葉には裏があったらしい。ポジティブな意味で。


「あれだけの武勲を立てながら、まだ少佐止まりだなんておかしいです! 軍務省に抗議を……!」

「殿下、落ち着きましょう。お立場考えてください」


 王国宰相兼王国軍少将エミリア・シレジア王女殿下による軍務省への圧力とか、小物官僚が失禁するレベルの重圧に他ならない。だからステイ、殿下ステイ。


「いいのですか、ユゼフさんはそれで……」

「別に死ぬほど出世したいという気持ちはありませんし、それに軍隊と言えどもお役所には変わりありませんから」


 それに中央集権的な官僚制度が始まったばかりのこの近世欧州風世界で素早い仕事を期待する方が間違っている。プラス、内戦後の混乱もある。官僚の中にも裏切り者がいたことを考えれば、むしろよくこの程度で済んだという感じだ。


 まぁ、いつまでもサラに抜かれっぱなしというのもアレだからさっさと中佐に上がりたいが。


「……わかりました。あとでそれとなく軍務省に」

「だからいいですって。殿下は殿下のお仕事に専念してください」

「むぅ……」


 新軍務尚書が誰になったのかは知らないが、就任間もない尚書の胃に穴をあけてはならない。


「まぁ、仕方ないですね。その件については後の事としておいて、仕事の話をしましょうか。マヤ、例の資料を」

「ハッ」


 エミリア殿下が言って、マヤさんが俺と殿下に一部ずつ資料を手渡した。

 サラの分? 必要? どうせ半分も理解できないのに?


 サラにはわかりやすく口頭で説明しとくけど、サラが理解できなくても困らないよ。


「まず一つ目。指名手配中の国事犯、カロル・シレジアについてです」


 最重要項目が最初に来た。

 シレジア内戦中に忽然と消え、何処かへと消えたカロル大公――いや、元大公。

 辺境に身を顰めて、兵力を集めて再起を図っているのか、あるいは亡命したのか内戦の混乱もあってわからなかったのだが……。


「……見つかったんですか?」


 俺が期待を籠めて言うと、殿下は首を横に振った。


「いえ、まだです。ただいくつか情報が入ったので、推測は容易です」

「……情報?」

「はい。その点についてはマヤから」


 言って、殿下がマヤさんにバトンを渡す。


「ンッ。では、私から説明しよう。ユゼフくん、私に兄が二人いることは知っているな?」

「はい。クラクフの元総督、公爵家嫡男ヴィトルトと、公爵家次男のステファンさん…、ですよね?」

「そうだ。そして両親共に、行方知れずなのも知っているな?」


 マヤさんの問いに、俺は頷く。


 マヤさんの家、つまりクラクフスキ公爵家は、王女派の中で最も力を持った公爵家であり、最も信頼のおける家「だった」のである。


 だが内戦直前、彼の家は突然裏切った。

 なんとか内戦に勝利したものの、家族はマヤさん一人を残してどこかへと消えた。メイドも執事もその行方を知らない。


 恐らくカロル大公と共にいるだろう、と予想はできる。

 だがどこに、という問いには答えられないでいた。


「だがステファン兄上から久しぶりに連絡が来てな」

「例の日和見主義が発動しましたが」

「そういうことだ」


 マヤさんが、懐からその「連絡」を取り出した。簡素な手紙で、内戦中の混乱の中届いたのが奇跡とも言える代物。

 ただし日付は4月1日になっていることから、だいぶ古い情報でもある。


 手紙の内容は、外見以上に簡素だった。


 曰く「今、アリートスにいる」である。


「アリートス……? 聞いたことがあるような、ないような? シレジアではないですよね?」

「あぁ、そうだ。そこはシレジアではない。東大陸帝国にある国境沿いの町だよ」


 なるほど、なら聞き馴染みのないのも頷ける。

 そして記憶がつながった。エーレスンド条約で設定された非武装緩衝地帯にある町で、確かシレジアの駐在武官がいたはずだ。

 手紙もそこを経由して来たのだろうか。


「どうしてそんなところに……と、聞くべきではありませんよね」

「観光とは思えないしな」


 となると、話は単純明快。


 亡命したのだ。


 しかし問題となるのはその時期。

 彼らが亡命した時は、まだ内戦がどちらに傾くかがわからなかった時だ。負けてから亡命するのならまだわかる。だが、勝つか負けるかわかる前に亡命なんてするか普通。


 となると、推測される結論は一つ。


「カロル大公にとって内戦の勝敗は関係なかった、内戦を起こすこと自体が目的だった、ということですか」

「さすがユゼフくんだ。結論が早いよ」


 褒められても嬉しくない事実だよ。

 内戦が発生させられた時点で、カロル大公が戦略的勝利を捥ぎ取ったということにようやく気付いたと言うことなのだからな。


 まったく、いけ好かないオッサンだ。


「どうして叔父様が内戦を起こしたのか、その理由はわかりますか?」


 と、殿下。この期に及んで、まだ殿下は彼の事を叔父様と呼ぶらしい。


「そうですね。最も可能性が高いのは、内戦によって軍事、経済、政治、ありとあらゆる面でシレジアを疲弊させることでしょうか」

「なるほど。となれば、その目的もほぼ達成していますね」


 そういうことになる。

 つまりカロル大公は勝利し続けている。となれば、さらに次の一手を打ってくるに違いない。


 その次の一手が、カロル大公が東大陸帝国に居る理由。



 もう、言うまでもないことだ。



「……殿下。動かせる王国軍の戦力は如何ほどですか?」

「多くありません。8個師団、かき集めるだけかき集めて、10個師団が限界です」


 なるほど。内戦前は15から20個師団あったシレジアの軍隊もついに一桁に突入か。たぶん今なら、カールスバート復古王国にも負ける勢いだろう。


 そんな最中、改革によって精強になった彼の国――皇帝セルゲイ・ロマノフによる大改革によって変貌を遂げた東大陸帝国――からの侵略を受けたら、ひとたまりもない。


 勝つか負けるかの戦争には、恐らくならない。

 何日で負けるかの戦争になるだろう。


「最早我々は、自力で立つことができません。介助が必要です」


 その事実に、殿下もマヤさんも当然気付いている。だからこそ、俺を呼んだのだ。

 そんなシレジアを介助してくれる国が、多いとは思えない。でも国を守るためには、やるしかないのだろう。


 幸い、伝手はある。そこからどうなるかは、交渉次第。 


 足元は、確実に見られるだろう。

今ヒロイン人気投票やったら誰が一番になるか気になる作者。


それはそれとして「大陸英雄戦記」はかなり投稿感覚が開きます。これは作者多忙に加え物凄い浮気癖があるからでしてその、ごめんなさい。今大陸英雄戦記含め4作くらい平行して書いてます(テヘペロ


平行している作品のひとつ「魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません」は割と感覚短めに更新できているので、もしよろしければそちらもよろしくお願いします(露骨すぎる宣伝)。

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