平和?
みなさんおはようございます。
大陸暦639年5月6日。
季節は春と夏の間で気温は程よく、前世日本のようにじめじめとした梅雨もギラギラ輝く太陽もないシレジアはまさに最高であります。
朝はまだ寒いけれど布団にくるまれば問題ないし、好きな人と一緒に寝るとさらに温まります。
「……んにゅ。ゆえふー……すぅ……すぅ……」
そこそこ腕力があるサラさんが寝ぼけて思い切り抱き締めてくるおかげで息がしづらいことを除けば、なんと私は幸せなのでしょうか。
こうなった経緯を知りたいか?
別に大した話じゃないが好きあっている者同士一緒に寝ることは問題ありませんね? イチャイチャしても問題ありませんね?
どこかの世界で壁が猛烈に殴られているような気がしなくもないが、問題ないのです。
彼女のそこそこ目立つ胸に顔を(強制的に)埋められて嬉しいと思う前に助けてと泣き叫びたくはなるのだけど、この苦労はわかっていただけますか。
いただけない。
失礼しました。では最後に。
「ゆえふー……すきー……よー……むにゃ……」
畜生、かわいいやつめ。
※この後滅茶苦茶以下省略。
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らしくもなく鼻歌を奏でるサラと共に王都にあるとある喫茶店、いつぞや以来の「黒猫の手」でお茶をしている。
目的は勿論デート。ただし相手が相手なので俺は荷物運びとか財布役と言った方がいいかもしれない。
俺とサラは束の間の平和を甘受している。内戦の傷跡は未だ大きく残る王都だが、活気は徐々に取り戻しつつあった。
そんな王都でデート。そうなった理由は「内戦中にエミリアがユゼフとデートしたってどういうことよ! 私全然したことないのに!」とサラが怒ったから。
王女殿下とデートしたことがばれた時は眉間に一発貰ったし、デートしてない事に気付いた時にもう一発貰った。
まぁ、俺としても彼女と普通にこういうことをするのは吝かではない。
なにせ俺とサラは「デート」と言えば、それは世間一般における男女交際的な意味ではなく、戦場を往来し敵の将兵の首を刈り取り、敵の陣形を破砕すると言う意味になる。
だからたまにはこういうのはいいものだ。自然と笑みが零れた。
「……なにニヤついてんの?」
「別に。平和だなって」
「ふふっ。そうね。私とユゼフが捥ぎ取った平和と言ってもいいわ」
サラはそう言って、ケーキを豪快に頬張る。あ、ちなみにこれ2個目です。さすが騎兵中佐、よく食べる。まぁ食べなきゃ比喩でもなんでもなく死ぬ職業だけれども。
こっちは見てるだけでお腹がいっぱいだ。大人しく砂糖多めのコーヒーを飲んでおこう。
「はい」
「はい?」
サラがフォークに敵兵の首――じゃなかった、ケーキを突き刺してこちらに向けてきた。
「……いや、食べなさいよ。恥ずかしいでしょ」
「あ、ありがとう」
いただきます。
「美味しい?」
「うむ」
「よかった。私これ苦手なのよね」
「おいィ?」
人になんてものを――まぁいいけど。甘酸っぱくて好きだよ。
隣の席の客が思い切り鉛筆をへし折っていたけれど、うん、大丈夫。ほんとに大丈夫。
「このまま、二人きりでこうしてたいわね」
「このままサラがケーキ食べ続けてたら破産しちゃうよ」
「そういう意味じゃないわよ……」
いや、ほんとにこのままだとサラさん普通に6個とか食べちゃいそうだから怖い。それにこのフィーネさんとかに見られたらたぶんまた面倒なことになるんじゃないか。
フィーネさんは今、シレジアにはいない。
オストマルク帝国情報省所属の彼女は、情報収集しては本国に報告し、情報を集めてはシレジアに戻りを繰り返している。フィーネさんの職務上仕方ないし、重要情報は手紙ではなく直接じゃないと防諜上問題がある。
と言っても、王都と帝都の間を特急馬車で数日で帰ってきて「中佐に少しでも早く会いたいですから」と真顔で断言する人なのでそこまでは寂しくもない。
寂しさを感じているのはむしろサラの方である。
「フィーネって今何してるかしらねぇ……」
「王都を発ったのが一週間前。片道三日、報告に一日と考えると今日あたり帰ってきてもおかしくはないかも」
「じゃあ今頃クラクフかもね」
「そうだな」
クラクフには、現在マヤさんとラデック夫妻がいる。
クラクフスキ公爵領は現在大荒れである。両親と兄二人が失踪し、最高責任者不在であるため、マヤさんが残って領地経営をある程度しなければならない。
マヤさんは政治経済にそこまで詳しくないので、ラデックが軍務をこなしつつそれを手伝っているらしい。
リゼルさんあたりが「この機を利用してクラクフにさらなる権益を――」とか考えている光景が目に浮かぶ。
でも「ある程度」が終わったら、王都に戻って再びエミリア殿下の侍従武官に戻るようだ。ラデックたちもそれについてくる予定。
だが内戦の混乱状態からはまだ完全に脱していない。
特に人事がまだまだ混沌としている。理由は内戦によってその場しのぎの人事異動が多発し、裏切り者が続出したせい。
なにせ俺やラデックなどの士官の地位さえまだ定まってない。
俺なんて未だに、書類上の職責は「キリス=オストマルク戦争におけるシレジア王国軍観戦武官」で階級も「少佐」のままだ。
ちなみにサラだけは身分が確定していて、近衛師団第3騎兵連隊副連隊長で階級は中佐。つまり今、階級上は俺が部下でサラが上司である。出世競争はサラが一歩前に進んでいる。
「そうは言っても、内戦中はずっと中佐だったし、フィーネもユゼフのこと『中佐』って呼んでるじゃない」
「あくまでそれは一時的な措置だから」
こういうところを見ると、やっぱり内戦は終わっていないと思う。
いくら終結宣言が出たとはいえ、片付けるべき問題は多い。
「ま、難しい問題はよくわかんないわ。こういうのはユゼフやエミリアに任せた方がいいし」
「信じてくれてありがとう」
「当然よ。私のユゼフだもの」
そういうことを恥ずかしげもなく言えるサラはやはり男前だ。もしくはサラの頭の中が一番平和なんじゃないかとも思う。
けどサラは簡単に言ってくれるが、頭の痛い問題が多すぎる。
シレジア王国内にはまだ敗残兵がそこら辺をうろついており、治安は悪い。
それに叛乱を画策したカロル大公やそれと共謀したクラクフスキ公爵が行方不明だ。
特にカロル大公及び大公の叛乱に与した閣僚全員のクビが飛んだ(一部の閣僚は物理的に飛んだ)ので、政治は大混乱。外交官を含めた王国政府幹部人事も考えなければならない。
王国はかなりの人手不足に陥っている。
なにせエミリア殿下が大出世して、今やシレジア王国宰相の地位を得ているんだから。
2月13日の1日のPV数が過去最高の285,000弱となりました。ありがとうございます。(と言ってもユニークアクセスは普通でしたから、まぁその、あれなんですが)。
これからもユゼフくんのリア充ぶりにご期待ください(壁とキーボードを殴りながら)




