クラウディアの日記 前篇
新章に手こずっていて間が空きそうなので間話挟んでお茶を濁します。
ちょいちょい書籍版のネタがありますが、ほんのちょっとなので安心してください。
たいりくれき622年8月11日。
あたらしい妹ができた。なまえはフィーネ。
私やおかあさんと同じ色のかみの女の子だ。
私には妹はもう1人いるけど、でも、この子もかわいい。きっとしょうらいはおかあさんみたいにきれいなひとになるんじゃないかな。
「クラウディア。お姉さんなんだから、ちゃんとしてね」
「うん、わかってる!」
たいせつな妹ができた。
3人の弟と妹のめんどうは大変だろうけど、でも私がいちばん子だから。
「がんばる!」
でも3人もいると、どの子がどういう子かわすれちゃいそう。だからメイドのアニアに言って、ノートを買ってもらった。
みんなのことを日記にすれば、もしわすれちゃってもだいじょうぶなんじゃないかな。
もじも一杯おぼえたから、きっとだいじょうぶ!
624年9月19日。
フィーネはちょっと、おとなしい子だ。
まだ2才だけど、ちょっとえんりょしてるかんじがする。
だからお姉ちゃんがかまってあげないとだめだよね。
「ねぇ、フィーネ。いっしょにあそぼ?」
「……ん」
小さくうなずいて、そのあと雨がふるまで中にわであそんだ。
でもあまりたのしくなさそう。もうひとりの妹のヴェラや、弟のライナルトはすごくたのしそうにあそんでくれるのに。
もしかしたらはずかしがりやさんなのかも。
626年2月25日。
お父さまが新しい先生をやとった。
フィーネの先生だ。
私は学校に入ってるけど、フィーネはまだ3才。文字を覚えるのはこれからだ。
こっそり様子を見てたけど、大丈夫そう。
フィーネが先生に習った通り文字を書いて「これ、なに?」と聞いたら、先生が「あなたの名前よ」って答えた。
そのしゅん間、フィーネがちょっとうれしそうな顔をしたの。
おかげでフィーネの部屋がちょっとの間「Fine von Lintz」って書かれた紙でうめつくされてたけど、私もはじめて自分の名前が書けたときはうれしかったから、その気持ちはわかるよ。
626年8月22日。
フィーネの4才のたん生日。
みんなでお祝いした。お仕事で忙しいおじいさまも来て、家はにぎやかだった。
たん生日のプレゼントは「何がいい?」ってお父さまが聞いたら、フィーネなんて答えたと思う?
私が4才のころは、あのドレスがほしいとか、お母さまがもってる青い石がほしいとか言ってたと思うけど、フィーネはちがった。
「えっとね……お父さまがいつも読んでる、ご本がほしい」
だって。
本がほしいなんて、かわってる。
もちろん私も読んでるけど、さすがにお父さまがいつも手にしてる本は読めない。でも、フィーネはそれが欲しいんだって。
お父さまは「本当にそれでいいのか?」と何度も何度も聞いてたけど、フィーネは折れなかった。
結局たん生日のプレゼントは、お父さまが読んでる「帝国地理及び在帝国諸民族の文化的特徴とその関連性」っていう、よくわかんない本になった。
……フィーネ、あれ読めるのかな?
626年10月10日。
「おねえさま、これ読んで……」
読めなかったらしい。
やたら分厚い本を抱えて、フィーネが私の部屋にやってきた。
読んで、と言われても私も読めない。
いや、文字は理解できるけど、何言ってるのかサッパリわからない。
『ルーシェ民族は元々は騎馬民族で定住をあまりしなかった。馬の扱いに長けていたため大陸帝国勃興以前はその騎乗技術を駆使して大陸を暴れ回り、異民族からは「コサック」と呼ばれ畏怖の対象と――』
「おねえさま、【畏怖】ってどういう意味?」
「え、えーっとね……」
626年10月11日。
「お父様、フィーネにあげた本、私にもくれませんか?」
「……」
「あと、難しい辞書も欲しいんです」
「…………あぁ、うん」
妹に恥ずかしいところ見せられない。
627年9月1日。
フィーネが貴族女子学校に入学する。
私やヴェラと同じ学校だ。
制服姿のフィーネは可愛かった。なんていうかそのまま持ち帰りたいくらい。
貴族女子学校は5年制学校で、5歳から10歳まで。勿論女子しかいない。
俗的に言えば「お嬢様の学校」だ。
入学試験はないけど、爵位の無い平民は通えない。グリルパルツァー商会みたいに「爵位を買う」という選択肢もあるけど。
寮制なんだけど、私みたいに家から通う子もいる。
フィーネも家から通う。私と同じ馬車で通学。これからが楽しみ。
でも私、いま5年生なんだよね。あぁ、なんで私こんなにお姉ちゃんなんだろう。
628年2月21日。
前期末試験で、フィーネが他の子と圧倒的差をつけて首位に立った。
私でさえ1年生前期末試験は3席だったのに……。
やっぱり誕生日にお父様の本をねだる子は違うのかな。
でも、ちょっと心配。
貴族の女子って、嫉妬深い。
それはもう蛇みたいに。
男の子がいない女子校なぶん、隠さなくていいから彼女たちは露骨だ。
しかも私たちは「子爵」だ。
この学校には公爵様の子女もいるし、学年によっては王女様もいる。
……面倒なことにならなければいいんだけど。
628年3月7日。
面倒なことになった。
フィーネが同じクラスの伯爵様のグループに目の仇にされてるらしい。
フィーネはフィーネで「これくらい普通じゃないの?」みたいな態度を取るから余計面倒なことになってる。それは嫌味じゃなくて本当にフィーネが思ってることなんだろうけど、他から見たらそんなの関係ないよね。
お姉ちゃんとしては、なんとかしないとね!
628年4月1日。
フィーネなにやってるの!
いくら昨日の夜お父様から新しい本を貰って嬉しくてつい徹夜して読み込んだからって、伯爵様の子女に向かって睨みつけちゃダメだよ!
あと、本で知ったことを矢鱈目鱈言わないの! そこで、
『リーンハイト伯爵って、確か昔、陛下に献上した馬が陛下を思い切り蹴飛ばして重傷を負わせて大変なことになったんですよね……?』
とか言わないの! 顔真っ赤にしてるじゃない! それはこの学校じゃ喧嘩を売る時の言葉よ!
あと、リーンハイト伯爵の馬が陛下を蹴飛ばしたのは80年前の話なんだからそろそろ忘れてあげなさい!
628年4月8日。
伯爵様子女のグループがフィーネに嫌がらせを始めた。
そのせいかフィーネも元気がなくなってる。
当然の結果だけど、姉としては胸が苦しくなる光景だ。でも、いくら後輩とは言え相手は伯爵の娘で、私たちはたかだか子爵の娘。
うーん、どうしうよう。
628年4月19日。
このままじゃ妹は殺されちゃう。
悩む前に行動する!
あまり変な事言わないでね、ってフィーネに釘を刺したあと、私はこの5年間で築き上げたコネをフルで活用した。
貴族上級学校に上がった公爵様子女の先輩たちに、私が独自に調べ上げた情報を渡して、その代わりとしてフィーネと仲の悪い伯爵様を牽制するように言ったり、クーデンホーフのおじい様に無理を言って手をまわしたり。
勿論、頭も一杯下げた。
でも可愛い妹のためと思えば苦じゃない。
628年5月2日。
一連の工作が身を結んだのか、伯爵様のグループが無条件降伏。ふっふーん!
628年8月20日。
あれ、ちょっとフィーネ、調子に乗ってない?
いくら1年生後期末試験がまたしても圧倒的1位だとしても、なんか変じゃない?
気のせいかな。ゆっくり様子見たいけど……、でも、私はもう卒業だ。
うー、変な事しないよね……?
630年3月19日。
上級学校が忙しくてフィーネの様子を全然見れてなかったおかげで、フィーネがどういう学校生活を送ってるかわからなかった。
でも、後輩から得た情報によると。
なんか、フィーネ親衛隊が出来てるらしい。
……羨ましい! 私も親衛隊ほしい!
630年3月20日。
ってことを友人に話したら「クラウディアにもあったよ? てか今もあるよ?」って言われた。
なにそれ聞いてない。
631年9月1日。
フィーネが5年生になった。
すっかり大きくなって、昔みたいな恥ずかしがりも1年生の時のような世間知らずもない。
お姉ちゃん、ちょっと感動。
相変わらず学年首席なせいで敵も多いけど、フィーネは一周回って「努力していない人の醜い嫉妬」って思ってるらしい。
まぁ、だいたいあってるけど、それでいいのか妹よ。
それはさておき、あと1年経てばまた私はフィーネと一緒の学校!
上級学校は全寮制だから、もっとフィーネと会う時間が増える! たのしみー!
631年10月15日。
ちょっとお父様、フィーネが士官学校に入るなんて聞いてないよー!
ずっと前から決まってたって、私に言ってよ! 4年間も待ち続けた私の気持ち返せー!
631年12月20日。
問題発生。
勿論フィーネのことだ。
フィーネが例の伯爵様の娘を泣かせたらしい。
原因は伯爵様の方にあるんだけど、それをフィーネが完膚なきまで言葉のキツイ正論で殴ったみたい。
こんな感じ。
「私が不正をしているのではなく、あなたが不誠実に生きていたからでしょう」
「私は努力をしていますしそれを誇りとしています。あなたは何もせずいつか親か伴侶から貰うだろう地位に誇りを持っています」
「私はあなたとは違います。まぁ、ただの嫁であれば化粧の仕方とナイフとフォークの持ち方を知っていれば事足りるでしょうから問題ないと思います」
「え? 覚えておけ? いえ、私は士官学校に行くので、たぶんあなたのことは思い出せませんよ」
うん、言い過ぎだね。
これは、フィーネのことをちゃんと見てこなかった私にも責任がある。
いくら上級学校が全寮制だからと言って、私、お姉ちゃん失格だよ。
とにかく、方々に謝り倒してこないと。リンツ家の名が汚れちゃうからね。
私はお姉ちゃんで、次期当主なんだもの!
632年1月1日。
新年の集まりを機に私は屋敷に戻り、久しぶりにフィーネと会った。
「フィーネ! あまり変な事言うの禁止!」
久しぶりにお姉ちゃんしてます。
まぁ、妹は「何か問題でも?」みたいな顔してるけど。
だから私は、フィーネの好きな正論と長年集めたフィーネの弱点をそれはもうチクチクと。
最後にはフィーネの顔面を真っ赤に染めてあげた。ふ
ふん。フィーネがお風呂に入っているとき歌う曲の名前は全部把握してるのよ! メイドに口止めしても、私の耳にはバッチリ入るのよ!
「なんで全寮制の学校に行って家に戻らないお姉様がそんなこと知ってるんですか……」
勿論、企業秘密。
乙女には秘密がいっぱいだからね。
でもなんでフィーネって「リコリスの花束」なんて随分古い曲の鼻歌やるんだろう。これそんなに有名だっけ?
632年2月5日。
フィーネの行動は多少マシになった。
まぁ、それでもまだ色々小さな問題は起こしてるみたいだけど。急には変わらないよね。
このままなくなってくれればお姉ちゃんは一安心だよ。
632年2月6日。
あ、何もないよ?
最近の傾向としては「安心した!」⇒「問題発生!」ばかりだったけど、リンツ家は今日も平和です。
632年8月20日。
色々あって、フィーネも貴族女子学校を卒業した。
来月からはフィーネは軍人になるべく、帝国軍第二士官学校情報科へ行く。
あ、士官学校入学試験は安心と信頼の首席だったらしいわ。
でも、士官学校は全寮制で5年制。
暫く会えなくなっちゃう。私も貴族上級学校出たら、社交界デビューして、コネ作って、お父様やお爺様の仕事を手伝わなきゃいけないし。
……はぁ。
632年11月11日。
書くことない。
632年12月29日。
ヴェラが雪道で滑って転んで大きなこぶ作った。
633年1月1日。
フィーネは帰ってこなかった。
どうやら士官学校1年生最初の新年は帰ってこないのが普通らしい。
633年5月15日。
……さみしい。つまんない。
フィーネの弱点集めたい。フィーネの弱点なりふり構わずバラしたい。
フィーネって脇腹が弱いのよね。
あと猫が弱点。苦手とかじゃなくて、好き過ぎて弱点になるの。
……うー、凄い言いたいのにー!
636年1月1日。
久しぶりにフィーネに会えた!
やった! 帝国万歳!
……と思っていたら、フィーネ、なんか荒んでない?
士官学校楽しくなかったのかな。
聞いてみても、全然その話しないの。授業がどうだったとか、そういうのばかりで。
友達とか、素敵な殿方の話とか、普通するでしょ? お父様にしなくても。ヴェラや私に言ってもいいと思わない?
でもその話しないし、こっちから聞いても反応しない――どころか、すっごい嫌な顔するの。
もしかして、ヤバいかしら。
636年8月20日。
フィーネが軍属としてジェンドリン男爵の護衛を勤めることになった。
なんか士官学校の研修制度なんだって。護衛程度で研修ができるのかな?
と思ったら、お父様に聞いたら真意は違うらしい。まだ確定じゃないらしいけど。
でも士官学校から離れて家に戻ってくる。
久しぶりにフィーネといっぱい話せるし、その間にいろいろ聞いちゃお。
お姉ちゃんだしね。
636年12月11日。
私が仕事から戻ってきたら、フィーネがぶつぶつ言っていた。
曰く「こんな屈辱は初めてです」らしい。
フィーネが屈辱を受ける?
なにそれ面白そう。
お父様からの特別任務を請け負ったフィーネが敗北を知ったらしい。何があったのかは知らないけど、もしかしてこれはいい機会なんじゃないかしら。
作戦変更。
深入りせずに様子を見守る。
見守るのも、お姉ちゃんの仕事。
637年1月3日。
面白いことが起きた。
なんと、なんと、なーんと!
フィーネに会いに男の子がわが伯爵家に来たの!
やだ! しかもシレジアの軍服!
名前はユゼフ・ワレサ。
貴族じゃないのに、あの若さで大尉だと言う。シレジア軍の人事制度がどうなってるかしらないけど、余程変なコネがあるか実力があるかしないと不可能。
それだけで、並々ならぬ人間であることがわかる。しかもフィーネに(正確に言えばリンツ伯爵家に)「外務大臣に会いたいから根回しして」なんて言うなんて。
そんな物件どっから掘り起こしてきたのフィーネ!
あ、もしかしてフィーネってあの子に負けてるってことかな?
私の与り知らぬところで面白いことになってるじゃないの。これは「色々と」期待できそうね。
637年2月26日。
外務大臣執務室で、お爺様がフィーネに「ユゼフ・ワレサについてどう思う?」と聞いた。
するとフィーネからの返答は単純至極。
「優秀だと思います」
それだけ。
ふふふ。
貴族女子学校で伯爵の娘泣かせた子がこんなこと言うなんて、ね。
「はー、会ってみたいなー!」
そう、言わざるを得なかった。
クラウディアお姉様が集めたフィーネさんの弱点集ほしい




